第24話 吸血鬼な俺と、海水浴
「あっつ~、帰りてぇ~」
砂浜に張ったビーチパラソルの下で、俺は羽織ったパーカーの胸元を扇ぐ。
「全くですね。水浴びの何が楽しいのやら。動物じゃあるまいし」
すると、俺と同じようにパーカーを羽織り、麦わら帽子を深く被った妖崎が仏頂面で呟く。
恨めしそうな妖崎の視線の先には、海に入り楽しそうに水をかけ合う先輩、リン、夜切先生の姿がある。
さしずめ、吸血鬼で強い日差しが苦手な自分に比べ、問題無く日差しを浴びることが出来るあいつらが羨ましいのだろう。
「帽子被ったり、日傘差したりすれば大丈夫じゃないか?」
しかし、俺がそう提案しても妖崎は口をとんがらせたままだ。
「嫌です」
「な、何で?」
「カッコ悪いからです」
「そ、そっか」
きっと妖崎にも何か考えがあって、上手く言葉に出来ないだけなのだろう。そう思った俺は、それ以上何も言わないことにした。
「あの~? 二人とも?」
顔を上げると、夜切先生がビーチパラソルを少し持ち上げて俺たちを見下ろしていた。
「ごめんね、私たちだけではしゃいじゃって」
そう言って申し訳なさそうにはにかむと、夜切先生の胸がぷるるんと揺れる。
俺は、一瞬でもそれに目を奪われた自分を自覚し、咄嗟に目を逸らす。
「正也君? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「そう? 実はさっき、そろそろ皆で海の家でご飯食べようかって話してて、昨日のお詫びもしたいし、正也君と妖崎さんも……」
「先生ー! そんな男放っといて遊びましょー!」
すると、ボールを抱えたリンが遠くからわざとらしく大きな声で呼びかける。
「……何かあった?」
「いえ、別に何も」
昨日の夜、先輩の膝の裏の血を吸っていたところをリンに見つかって説教をくらったことはタイムリーな話題だ。
これ以上問題を抱えたくない俺は、だんまりを決め込むことにする。
「そ、そっか。じゃあ、また来るからね」
空気を察したらしい夜切先生がリンたちの元へ走っていく。
そのお尻を無意識に目で追ってしまっていたことは言うまでもない。
「そういえば正也君、昨日夜切先生と一緒に……」
振り向くと、妖崎がジト目で俺を睨んでいた。
「えっ⁉ それは、えっと、不可抗力というか」
「わかってます。私、夜切先生がやけ酒してるところ見てましたから」
じゃあ止めてくれても良かったんじゃない? とは口が裂けても言えない。
「でも、不可抗力でも、トラブルでも、成果は成果ですよね」
「は?」
妖崎は脈絡の無いことを呟くと、次の瞬間にスッと立ち上がる。
「妖崎?」
「私、行きます」
妖崎は決意のこもった声でそう言うと、一思いにパーカーを脱ぎ捨てる。
一目見ただけで冬を連想させられるような、人形みたいに真っ白な肌を露わにし、俺の視線に気が付いて胸元を隠す。
「へ、変ですか?」
「えっ⁉ いや、全然、そんなことは」
「じゃあ、どうなんですか?」
「どうって?」
「感想、無いんですか?」
普通の女子高生よりも一回り大きい胸。それを包み込む純白の水着。布面積少なすぎだろ! と注意したいところだが、あまりに眼福すぎてずっと見ていたい衝動に抗えない。
「か、可愛い、です」
俺が一言絞り出すと、妖崎は被っていた麦わら帽子で顔を隠す。
「あ、ありがとう、ございます」
「でも、大丈夫なのか? 今日だいぶ日差し強いぞ?」
空を見上げると、容赦なく俺らを照りつけるギラギラの太陽と目が合う。
「大丈夫です。日焼け止めも塗ってきましたし、血も多めに用意してあるので」
「でも……」
妖崎をよく見ると、身体が小刻みに震えている。
その震えの原因が不安や恐怖であることくらい、鈍い俺でもわかる。
「人に、こんなに肌を見せるのは初めてで、ちょっと緊張しますけど。でも、頑張りたいんです」
「……妖崎」
「は、はい」
俺は立ち上がると、妖崎の頭に手を置く。
「ひゃっ」
「不安なのは痛いほどわかる。でも、今のお前は凄く綺麗だ。自信持ってくれ」
「は、はいぃ」
「本当に、綺麗になった」
妖崎は麦わら帽子で顔の半分を隠しながら、遠慮がちに俺を見上げる。
「じゃあ、そろそろ私のこと、女の子として見てくれますか?」
唐突にそんなことを言われ、思わず息が詰まる。
「そ、それは」
何か答えなきゃ。そうは思うが、適当な言葉が見当たらない。
「ごっ、ごめんなさいっ。行ってきます」
「あ、ちょっ」
しかし妖崎は、俺が何か言葉を返す前にビーチパラソルから飛び出していってしまう。
風に飛ばされないように麦わら帽子を抑えた妖崎がリンたちの元に到着し、大袈裟なくらいの歓声が上がると同時に、周りの男たちの視線があいつらに釘付けになるのがわかる。
「はぁ、何やってんだ俺」
当たり前だろ。その一言で良かったのに。
「ジュース買いに行くか」
何故かやたらと喉が渇いた。帽子を被り、強烈な日差しに当てられながら海の家の横の自動販売機に何とか辿り着くと、お金を入れて炭酸ジュースを……。
「あ、ラッキー」
しかし、横から現れた誰かによって俺のお金は緑茶に変えられてしまう。
「は? ちょっと……」
振り向き、文句を言おうとしたそのとき、俺は言葉を失ってしまった。
「あ、あんたは」
自販機から緑茶を取り出すその女の人に、俺はどうしても見覚えがあった。
「久しぶり。そして」
筧リンの姉、筧スズ。かつて俺や先輩と死闘を繰り広げたその人は、いやらしく笑ってキャップを開けた。
「ありがとう」
あらゆる喧騒も遠くに聞こえてしまいそうなほどの沈黙の中、お釣りが落ちてくる音だけが俺の頭の中に響いたのだった。
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