第23話 吸血鬼な俺と、ドMの初期微動


 俺に馬乗りになっている先輩は、何故か満足気な表情を浮かべている。




「あの小説のワンシーンみたいだ」




 そして、窓から差し込む月明かりに照らされた先輩は、そう言って微笑む。




「あのリアリティが無い小説のことですか?」


「リアリティが無いとはなんだ。君は立派に吸血鬼だったろう?」


「吸血鬼もどきですよ。俺も妖崎も。何回も言いますけど、もう血が薄くなってるんです」


「ふふ、まるでファンタジーだな」


「まあ、普通の人にとってはそうでしょうね」




 当たり障りのない会話。しかし、俺の腰辺りに乗っている先輩が徐々に体重をかけているのがわかる。




「先輩、さっきはありがとうございます」


「ん? ああ、別に気にするな。妖崎君に手伝ってもらったらちょちょいのちょいだったぞ」


「そうですか。あいつにもお礼言っとかないと」


「ま、元はと言えば夜切先生が悪いんだけどな」


「全くですよ。つくづく教師失格です。一言文句言って来ます」




 それで会話を切り上げたつもりの俺は上半身を起こす。


 しかし、一向に俺の上から退く気の無い先輩と見つめ合ってしまう。




「あの、退いてほしいんですけど」




 俺がそう言うと、先輩は何故か楽しそうに笑った。




「嫌だ。それに、皆もう寝ている」




 壁にかけられている時計に目をやると、確かに時刻は夜の一時を回っていた。




「ねえ?」




 小首を傾げ、俺を見上げる先輩と目が合う。心臓がドクンと一つ脈打つ。




「緊張してる?」


「べ、別に」


「まあ、次は私の番だと思って我慢してくれ」


「っ!」




 先輩はそう言って俺に抱きつき、胸に顔を擦りつける。




「はあ、君の匂いがする」


「そりゃ、俺ですから」


「ふふっ、そうだな。それにしても、最近ちょっと疲れた」


「色んなこと、ありましたからね」




 高校に入学し、先輩と出会って四か月弱、信じられないくらい濃密な時間を過ごしてきた。




「二人で部室にこもっていた、あの頃が懐かしい」


「そう、ですね」


「今は随分賑やかになった」


「先輩のおかげです」




 先輩は首を振る。髪や柔らかい肌が擦れて何だか心地良い。




「ううん、それは違う。君がいたからだ。君のおかげだ」


「まあ、先輩の野望を知ってたら手伝ってませんけどね」


「小説のことか? そんなに心配するな」




 先輩は俺に抱きついたまま顔を上げる。




「君は、君の思うままに書いて良いんだ」


「そ、そんなこと言われても」


「私、リン君、妖崎君、夜切先生、誰を選んでも良い。君の自由だ」




 先輩は指を折って数え、挑戦的に微笑む。




「逆に不自由な気がしますけど」


「ふふ、我儘め。誰か一人だぞ?」


「わかってますよ」




 先輩が提示した小説のテーマは「私の好きな人」。それを書き上げるということはつまり、好きな人に告白することと同義だ。


 果たして俺は、それを書き上げることが出来るのだろうか。


 そんなことを考えていると、先輩が俺の胸に顔を埋めたまま、いやに静かに黙り込んでいることに気づく。




「先輩?」


「……あの、正也君」


「はい?」




 先輩は俺のお腹の方まで顔を埋める。




「ムラムラ、してきてしまった」


「……は?」


「だから、ムラムラ! してしまったんだ!」


「いや二回言わなくてもわかりますけど。今?」




 聞くと、先輩は顔を埋めたまま小さく頷く。


 俺は、部屋中に響き渡るように、わざとらしく大きなため息をつく。




「先輩が昔話するから、せっかくノスタルジックな気分に浸れてたのに」


「す、すまない」


「ムードも何もあったもんじゃないっすね。この下手くそ」


「もう、だって、仕方ないじゃないか」




 先輩はむず痒そうにそう呟くと、太ももで俺の腰をゆっくりと締めつける。




「わかりましたよ。また血、吸えば良いですか?」


「……」


「先輩?」


「……いてほしい」


「はい?」




 肝心なところを聞き取れずに聞き返すと、先輩は顔を真っ赤に染めて、今にも泣き出しそうな涙目で俺を見上げてくる。




「お尻を、叩いてほしい」




 恐らく、この状況で女の子に言われたくない台詞トップスリーに入ってきそうな台詞をぶつけられ、俺の頭はスーッと冷めていく。




「きっっっも」


「ひ、引かないでくれ! お願いだ」


「いや流石に引きますって。じゃあ自分で叩けば良いんじゃないですか? ペンペンって」


「ふ、ふふっ……そ、そうじゃなくて。それだと満足出来ないし、何より、君が良いというか」


「それだと満足出来ないって、やったことあるんですか?」


「そ、それは……あぅ」




 咄嗟にそう聞くと、先輩は目を泳がせてまた俺のお腹に顔を埋めてしまう。




「どんな気分なんですかそれ? 気持ち良いんですか? というか惨めじゃないんですか?」


「や、やめてくれぇ。引かないでぇ」


「いいえやめません。めっちゃ引きます。先輩の呼び方も今日から変えますから」


「な、何て?」


「オナニー猿」


「っ……!」




 先輩は俺にキツく抱きついたままぶるるっと震える。


 俺はそれを『ドMの初期微動』と呼んでいる。名称の由来は、それが小刻みに何回も訪れるということと、




「正也君っ!」




 後に欲望の主要動が来ることからだ。




「お、お願いします!」




 先輩はそう言って四つん這いになり、俺にみっともなくお尻を向けてくる。


 綺麗に引き締まったそれと、スカートから覗く純白のパンツを見ると、興奮より先に俺が恥ずかしくなってしまう。




「先輩、今何歳ですか」


「えっ? 十、六歳だが」




 その体勢はダメだ。取り返しのつかないことになる予感がする。




「もう子供じゃないんですよ。しっかりしてください」


「普段はしっかりしてるもん! こんな姿を晒せるのは君だけなんだ!」




 そう言ってフリフリッとお尻を揺らされると、否が応でも嗜虐心をくすぐられる。


 しかし、この先へは行ってはいけない気がする。




「お願い、正也君」




 だが、ここで痛めつけないと先輩が満足しないことも確かだ。




「お願いしますご主人様っ!」




 もうどうにでもなれっ!




「ひゃうっ!」




 俺は、四つん這いになった先輩の膝の裏に顔を埋める。




「血、吸われてる……!」




 いつも先輩にしているよりももっと強く、下半身の血を全て吸い上げる勢いで噛みつく。




「こんな、体勢で、私……痛っ!」




 鋭く伸びた八重歯から血が滴り、ベッドのシーツに決して取れない染みを作るが、一向に構わない。今はこのどうしようもない女を痛めつけることが優先だ。




「あぅ! ううぅぅぅ! ぐっ!」




 先輩はまるで獣のように唸り、噛まれている左脚をピンと伸ばす。


 俺は太ももをがっしりと掴んでさらに深く噛みつく。




「ま、正也君っ、私、本当にっ、あぅ、くぅ!」




 先輩の身体がビクビクと痙攣し始めたのを確認して、俺は先輩の膝の裏から口を離す。




「はう、あふっ、ふぅ」




 力無くベッドに横たわり、泣きながら人差し指を甘噛みし、痙攣しながら俺を見上げる先輩を見ていると、俺にも欲望の波が襲いかかってくる。


 ああ、この女と、このまま最後まで……。




「正也~? 何の声?」




 唐突なリンの声、振り向くと、リンが目を擦りながら寝室のドアを開けていた。




「動物でも入ってきたの……」




 リンはベッドの上に広がっている光景を見る。すると、俺でもわかるくらいリンの目が覚めていくのがわかった。




「ま、正也ぁ」


「ちょ、違うんだリン。これは、先輩に頼まれて仕方なくっ」




 リンの怒りを鎮めようと必死に説明するが、既に怒りが頂点に達しているリンは全く聞く耳を持たない。




「そんなわけないでしょ! このレイプ魔ぁ!」


「違うんだって! 話を……うぅぐ⁉」


「良いから、そこに正座して!」




 リンの能力によって首を締め上げられ、強制的に正座をさせられる。


 微妙に勘違いしたままのリンの説教は明るくなるまで続いた。


 その間先輩は俺のベッドで爆睡を決め込んでいた。


 俺は、どうやってここから逃げ出そうか、そればかり考えていたのだった。




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