第21話 吸血鬼な俺と、唐突な混浴の始まり
「でも、普通に美味しいと思うよ?」
そう言ってくれたのは病み上がりのリンだ。
「確かに、美味しいですね」
パッサパサのカレーを口に運び、妖崎もリンに続く。
「まあ、ましゃやくんにしてはひょうできだな」
口一杯に頬張った先輩が偉そうに口走る。
「凄く美味しいよこれ! 私みたいな不器用で何も出来ないゴミじゃ絶対作れないと思う」
明らかに自虐が行き過ぎな夜切先生も俺を気遣って褒めてくれる。
「そ、そうですかねえ」
スプーンで拾い上げたそれは、もはやカレーとは到底言い難い。
殆ど固まっていてドロドロしていて、野菜たちも煮込みすぎて原型を失くしている。違う文化圏のカレーだと言われれば納得するレベルだ。
「ご馳走様! じゃあ、次は皆でお風呂に入るか!」
「ブッ!」
先輩からの突拍子のない提案に、俺は激しくむせてしまう。
「だ、大丈夫か正也君⁉」
「皆でって、入るわけないでしょ! どんだけスケベなんすか」
俺がそう言うと、先輩は顔を真っ赤にして立ち上がる。
「ち、違う! 女子全員という意味に決まってるだろう! 正也君の方こそスケベだ!」
「なっ! 言い方が悪いだろ! 変態ドMのあんたが言えば皆そう聞こえるっての!」
「変態なのは正也君の方だ! 今もこうやって私のことをいじめてくるじゃないか!」
「あんたのせいで癖ついたんだよぉ!」
「お風呂、一つしかなかったですよ」
そのとき、何か衝撃的な言葉が聞こえてきた気がする。
声の方を振り返ると、リンが固形カレーをもぐもぐしながら俺を見上げていた。
「え?」
「だから、お風呂、一つしかなかったんだって」
それを聞いて固まっていた先輩は、次の瞬間にぱあっと表情が明るくなる。
「そ、それはつまり混っ……!」
続きを言おうとする先輩の口を慌てて塞ぐ。
「一つって、男と女に別れてないってことか?」
「そういうこと」
「嘘だろ? 今時そんなところあるか? いくらあの先輩の両親の趣味だとしても!」
「へっ?」
「だから、本当なんだって。本当に一つしかなかったの」
「嘘だっ! そんな不便なこと、俺は信じないぞ!」
「しつこい! じゃあ自分で見に行けば良いでしょ!」
半信半疑の俺を見下ろす建物。それはどこを見渡しても一つだけだった。
「ほら、あそこに」
リンが指をさす方向に皆の視線が誘導される。
大浴場の入り口には、『男湯、女湯別れていません。どうぞお楽しみください』と立て看板に書かれている。
それから俺たち全員の視線が先輩に集中したことは言うまでもない。
「なっ、何だ? そんなにじろじろ見て。私は関係無いぞ」
「ええ、そうでしょうとも」
「あっ、わかってないな⁉ 信用してないな⁉」
「何はともあれ、入る順番を決めなければいけませんね」
妖崎がそう言うと、次に全員の視線が集まるのは俺だ。
「へっ?」
そして、気が付けば俺は、一人で大浴場のシャワーを浴びているのだった。
「何でこうなんだよ。普通女が先だろ」
大浴場を見渡すと、ざっと十人は同時に入れそうな立派な造りだ。
恐らくだが、大広間がある本館と寝室が並ぶ別館、そして大浴場を建てるとなると流石に予算が足りなかったのだろう。不便だが、一応理解は示してやることにする。
「混浴、ねえ」
見てくれだけは立派なあいつらと混浴……先輩も、妖崎も、先生も結構デカいし、リンはちんちくりんだけど、それはそれでイイというか……。
「正也君? 入って、良いかな?」
「ひゃっ⁉」
その怯えたような声とガラス越しに浮かぶ身体のシルエット、それは紛れもなく夜切先生だった。
俺は、咄嗟に反応した息子を慌ててタオルで隠したのだった。
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