第19話 吸血鬼な俺と、俺の友達の話


 その忙しない足音は、俺とリンが顔を寄せ合っている寝室の前でピタリと止まった。


 そして、次の瞬間にドアが勢い良く開け放たれた!




「リンさん! 大丈夫です、か……」




 右手に栄養ゼリー、左手に大量の氷が入った袋を握り締めた妖崎は、リンの髪の匂いを嗅ごうとしている俺を見てフリーズする。




「えぇっ」




 妖崎の小さく開いた口から絞り出すような声が漏れると、俺はすかさず立ち上がって妖崎に駆け寄る。




「どうした。何か用か」


「い、今、正也君、リンさんのことを」




 目を見開いてカタカタと震える妖崎を落ち着かせるために、俺は妖崎の手を取る。




「ひゃあっ!」


「違うんだ妖崎。よく聞いてくれ。俺は、今、あいつの匂いを確かめてただけだ。どうしても気になるって言うから仕方なく、な? わかるだろ?」


「に、匂いを?」


「そうだ。ちょっと耳貸せ」


「は、はいっ」




 妖崎の右耳に顔を寄せ、リンに聞こえないように小さく口を開く。




「正直、ちょっと臭うだろ?」




 すると、妖崎は顔を真っ赤にさせて俯く。




「ま、まあ、そうですね」


「でも馬鹿正直に言うと傷つかせちゃうだろ?」


「そう、ですね」


「だから、あいつの髪の匂い嗅いで誤魔化そうとしてたんだよ。わかるか?」




 妖崎は目を泳がせながらも、少しの沈黙の後うんと頷いた。




「わかり、ます。リンさんを、傷つけないためですから」


「そうだろ? わかってくれて良かった」


「二人とも、何話してるの?」




 俺は慌てて振り返ると、作り笑いを浮かべる。




「いや何でも。妖崎がお見舞いに来てくれたぞ」




 俺の言葉に合わせて、妖崎が軽く会釈をする。




「ああ、麗佳ちゃん。ありがとう」




 リンが柔らかい笑みを浮かべると、妖崎は部屋に入ってリンの傍にしゃがむ。




「体調どうですか?」


「うん、何となく良くなってきたかも」


「良かったです。冷却シート持ってきたので、おでこに貼ってください」


「ありがと~」


「よいしょっと、氷も持ってきたので、首に当てて冷やしてください」


「ありがと~。これは、ちょっと重いけど」




 ポケットから次々とアイテムを取り出す妖崎を見て、俺も思わず笑みが零れる。


 やっぱり、友達同士が仲良くしてるのは誰が見ても嬉しいよな。




「お前らって急に仲良くなったよな。あんなに仲悪かったのに」




 妖崎と同じようにしゃがんでそう言うと、リンがくすぐったそうに笑う。




「まあ最初はね。でも私たち、クラスで結構話してるんだよ?」


「え、そうなのか?」


「そうですよ。勉強のこととか、趣味のこととか、部活のこととか。色々」


「へえ、想像出来ないなぁ。お前らがねぇ」


「あんたいっつも教室で寝てるからね」




 矛先が唐突に俺に向き、柄にもなく戸惑う。




「それは、あれだ、この体質だし、昼は活動したくないんだよ」


「でも麗佳ちゃんは普通に生活出来てるよ?」


「私が思うに、既に深刻な体力不足ですよ。正也君?」


「そっ、それより! 何かお前らが仲良くなったきっかけとかあんの?」




 苦し紛れの質問だったが、思いのほかリンが唸りながら考え込む。




「きっかけ、かぁ。何だったかなぁ」


「休み時間に、私がリンさんに正也君のことで話しかけたときだと思います」


「あぁあれか! 何か懐かしぃ。あのときは急に宣戦布告されてビックリしたぁ」


「あのときは、肩に力入りすぎでした」




 俺はかつて、妖崎に脅迫まがいの告白を受けたことがある。


 妖崎が多少落ち着いたのには、リンの影響が少なからずありそうだ。




「んで、今も戦争中なの?」


「い、今は、休戦! 休戦中です!」


「何それ、変なの」


「もう友達だもんね。私たち」


「そっ、そうです! 友達ですから!」


「へぇ~、まあ、妖崎って人見知り激しいタイプだから、あんま友達出来たことなさそうだもんな。やっぱ大事にしたくなるか」




 そう言って妖崎をからかうと、妖崎は予想通りに俺の肩をポカポカと殴ってくる。




「何でそんなこと言うんですか! ほんと正也君はデリカシーありません!」


「何でだよ。本当のことだろ」


「本当のことでも言って良いことと悪いことがあります! このっ、自堕落!」


「結構的確じゃん」




 耐え切れず俺が笑うと、リンも俺たちを見てつられて笑い出す。


 どうやらリンも元気が出てきたみたいで、ひとまず安心する。




「そうだ、妖崎」


「何ですか? 自堕落さん」


「ごめんって。あのさ、せっかくならリンにちゃんとした料理食べさせた方が良いんじゃないかと思って」




 俺がそう言うと、妖崎はハッとした表情に変わって手で口を抑える。




「そういえば、忘れてました」


「え?」


「正也君、料理は出来ますか?」


「料理? まあ、簡単なものなら」




 妖崎はそれを聞くと、急に俺の手を取って立ち上がる。




「な、何だよ」


「助けてください。今、櫻先輩が料理をしてて、大変なんです」


「大変って、何、で……」




 待てよ。先輩はこんな別荘建てれる程の大富豪の娘で、超好奇心旺盛な性格だ。


 どんな料理のレシピもぶん投げてほくそ笑む姿がはっきりと目に浮かぶ。




「リン、悪い。ちょっと行ってくる」


「え? うん」




 俺は使命感に後押しされて立ち上がると、僅かにリンの方を振り向く。




「リン、ぜってぇ上手い飯食わせてやるからな」


「は? う、うん、頑張って」


「妖崎! 急ぐぞ!」


「は、はい!」




 きっと映画の主人公もこんな気持ちで危機に立ち向かっているのだろう。


 不安と恐怖を勇気で抱き締めて進む主人公、しかし、一つ違うところがあるとすれば、




「せ、先輩」




 映画と違って主人公が到着した頃には既に、




「これは、どういう状況ですか」




 どう頑張っても助からない状況になってしまっているということだろう。




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