第8話 吸血鬼な俺と、もっと吸血鬼な新人


 俺は人気者が嫌いだ。


 奴らはいつもクラスの中心にいて、事あるごとに俺のような爪弾き者を見下してくるから。




「妖崎さん! さっきの自己紹介って自分で考えたの? キャラ立ってるねー!」


「何でこの時期に転校? テストはどうだったの?」


「ていうかどこ住み? 今日カラオケ行かない?」


「えっと、ありがとうございます。でも今日は予定がありまして」




 今だってそうだ。長い白髪が特徴の妖崎麗佳は、その類まれな容姿のおかげで皆にちやほやされて上品に笑っている。


 きっと俺のような奴と自分を比べて優越感に浸っているのだろう。言っておくがこれは決して嫉妬などではない。




「ねえあんた、あの子知り合い?」




 リンがヒソヒソ声で俺に話しかけてくる。




「いいや。見覚え無いな」


「でもさっきの自己紹介。あの子も吸血鬼なんじゃない?」


「だとしたら、わざわざ目立つような馬鹿なことしないはずだ。俺みたいに目立たないようにするはず」


「でも、この前の騒ぎからあんた目付けられてる可能性あるし。気を付けなよ」


「はいはい」




 もしそうだとしたら妖崎麗佳は俺を排除するために送り込まれた殺し屋か? 待てよ。そのシチュエーション、満更でもないかもな。


 そんなくだらないことを考えていると、キョロキョロと教室を見渡していた妖崎麗佳と目が合った。




「げっ」




 妖崎麗佳は有象無象に会釈して立ち上がると、顔に笑顔を貼り付けたまま俺に近づいてくる。




「ちょ、正也。どうすんの⁉」


「し、知らねえよそんなこと」


「お二人とも、随分と仲が良いんですね」




 妖崎に話しかけられ、俺は腹を決めることにする。




「あの、どこかでお会いしたことありましたっけ」




 そう言い放つと、妖崎の口角が不自然にピクッと動く。




「ご存知ない、と?」


「ええ、まあ、あんな奇抜な自己紹介する人は、知らないですね」


「ちょっと正也。ほんとに知らないの?」


「ほんとに知らないって」


「筧リンさん」




 妖崎はリンを真っ直ぐ見つめると不敵に笑ってみせる。




「由緒正しき祓魔師の家系である筧家の次女。しかし魔を祓う能力が皆無で、実家の意向を無視して普通の女子高生として生活している」




 妖崎は次に俺を見ると、心底見下すような視線をぶつけてくる。




「出来損ない同士、惹かれ合うところがあるということですか」




 俺には妖崎のその目が、記憶に新しいあの女のものと重なって見えた。




「てめえ何だよ急に。何のつもりだ?」




 立ち上がって睨み下ろす。しかし妖崎はキョトンとした顔で教室を見渡した。




「ここでやるんですか? 人気者の私と、嫌われ者のあなたが?」




 悔しいが妖崎の言う通り教室中の冷たい視線は俺に集中している。




「お前、ちょっと来い」




 妖崎の細い腕を掴んで引っ張る。




「あ、リードしてくれるんですか? 積極的な人、嫌いじゃないですよ」


「黙れ。話をしてやるだけだ」


「正也!」




 振り返ると、リンが心底心配そうな表情で俺を見つめていた。




「大丈夫……おい、行くぞ」


「乱暴はやめてくださいよ? 私、女の子なので」


「心配するな。お前も俺に話したいことがあるんだろ?」




 妖崎は子供のように屈託のない笑顔を浮かべた。




「理解が早くて助かります」




 昼休憩の時間、屋上には人がいない。夏の強い日差しは吸血鬼にはかなりこたえるが、二人きりで静かに話をするにはピッタリだ。


 屋上についてドアを閉めた瞬間、手を振りほどいて振り向く。




「それで、お前一体何者……」




 それを見た瞬間、怒りがたちまち泡のように消えてしまった。


 妖崎麗佳はスカートを握り締めてこらえるように泣いていたのだから。




「正也君。本当に、覚えていないんですか」


「は? え? 何?」




 妖崎は涙目のまま俺に近づいてくると、その長い白髪を両手で束ねて整った顔をよく見せてくる。




「昔、子供の頃よく一緒に遊んだ妖崎麗佳ですっ!」




 水晶のような涙目、控えめに膨らんだ頬と引き結んだ唇。




「あ……」




 俺には、その表情にどうしても見覚えがあった。




「あー! 思い出した!」




 小学生に入る前、俺がまだ実家との繋がりがあった頃、親戚同士の集まりがある度に遊んでいた男の子がいた。その子は白髪で小っちゃくて泣き虫で、よく意地悪をしては泣かせていた。




「やっと思い出してくれましたか」




 しかしそう言って髪を下ろす妖崎は、正真正銘どこからどう見ても女の子だ。




「でもお前、男なんじゃ?」


「またそうやって私に意地悪するんですか。でもそう言われると思って」




 妖崎は涙も引かないまま気丈に俺を睨むと、スカートを摘まんでひらりと風に任せる。




「女の子っぽくして会いに来ました。どうですか?」


「どうって、男じゃないってこと?」


「元からそうです!」


「まさか、それを伝えるためだけにあんなことを?」




 恐る恐るそう聞くと、妖崎は俯きがちにこくんと頷く。サーッと血の気が引いていくのがわかる。




「何でそんなこと。リンだって、きっと傷ついてるはずだ」


「そうでもしないと、あなたは私のこと見てくれないと思って」


「はぁ?」


「だって私、今まですっごく寂しかったんですよ!」




 妖崎はスカートをギュッと握り締めると、恨めしそうに俺を見上げる。




「中学に上がると正也君は親戚の集まりに顔を出さなくなって、高校生になれば会いに行けると思ってたのに今度は実家と絶交して一人暮らしだなんて。筧家での騒ぎが無ければ居場所わかりませんでしたよ」


「じゃあ、この時期の転校も俺に会うためだけに?」


「そうに決まってるじゃないですか。おじい様に許可取るの大変だったんですから」




 眩暈がする。強い日差しのせいじゃなくて、目の前の無邪気過ぎる視線に当てられて。




「そうまでして、何で俺に?」




 目頭を抑えて妖崎から距離を取る。こいつの近くにいると危険な気がしてしょうがない。




「……子供の頃、約束したので」




 瞬間、妖崎は目にも止まらぬ速さで駆け出し、俺の右手を優しく握り締める。その挙動だけで、目の前の可憐な女の子が人ならざる存在だということがわかる。




「一緒に吸血鬼王国を作ろうって約束したのでっ」




 微かに憶えているかどうか。そう言われればそういう約束をした気がするような。そんな細くて弱いものに縋っている痛々しさがその小さな手から伝わってくる。




「でも、俺はっ」


「知ってます。眷属を増やせない身体だって。だから!」




 妖崎は俺の手を強く握って自分に引き寄せる。


 その目は真っ赤に染まっていて、異常なまでに鋭い八重歯が小さい口から覗いている。




「私の眷属にして、言う事を聞かせます」




 その顔を見た瞬間力づくで手を振りほどこうとするが、まるで岩のようにピクリとも動かない。




「悲しいですね、正也君」


「な、何がだよっ」


「時代って移り変わっていくんです。あんなにカッコよくて何でも知ってて憧れの存在だった正也君が、今では完全な吸血鬼の私に対抗出来ない。悲しいです」


「このっ!」




 振り上げた左手もいとも簡単に掴まれ、赤い視線に射抜かれる。




「せめて、これ以上私を失望させないでください」




 妖崎は大きく口を開け、鋭い八重歯で俺の首筋に触れた。




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