第5話

 風が止まる。

 遠方からランティーボの王族が現れる。

 今回は長い布をまとって地元民と同じ装いをしているようだが、使っている布が明らかに違った。光沢があり、刺繍が全体に散りばめられた贅沢な代物。

 バラクラバの下から見える顔は大きなサングラスでほとんど隠れている。

 実際誰が来たのか遠目では分からない。

 地元民は粛々と端に立ち並ぶ。誰がそうしろと言ったわけでもなく、彼らが歩くとそれに合わせるようにぎこちなく頭を下げた。


「そのように構えなくても良い。我らはこの土地に暮らす人々の日常を見にきただけの観光客に過ぎぬ」


 声を張り上げてもいないのに先頭の人物の声はよく通った。

 よくよく見ればバラクラバの上に小さな王冠が載っている。なるほど、第一もしくは第二王子ということか。


 一瞬の間ののち、視察が始まった。

 ある店主は立派なラクダをこれでもかと着飾らせた。ジャラジャラしたラクダはトップモデル顔負けのポージング。

 ある店主はどこよりも多くのラクダを並べ、揃いのステップを披露した。

 そしてどこよりも立派なコブを持ったラクダのいるアルコはシンプルながらその妖艶さを最大限に生かしたコーディネートで惹き付ける。

 だが、どの店も見るだけですぐに王族は出てきてしまう。


 結局より多く品物を買ったのは少年の店だった。




 アルコは鼻息荒く荷造りが間に合わなかった安藤の胸ぐらを掴む。


「ミスしたんだろ!」


 脳みそがシェイクされながら安藤は言い分を聞く。安藤の施術ミスで、ランティーボに見放されたと言っているようだ。

 安藤は深くため息をつき、胸ぐらを掴む手にそっと自分の手を乗せる。


「ランティーボがなぜここへ来たのか理解しているか?」


 アルコは『慈善事業だろう?』と呟く。

 そう、ランティーボでは慈善事業を行うことが美徳とされている。


「慈善事業をするのはあの国では美徳だ。だがそれは慈悲の気持ちからではなく、どちらかと言えば偽善。いわば自国民に対するパフォーマンスにすぎない」


 絶句するアルコを尻目に安藤は続ける。

 その瞳には底知れぬ闇をたたえて


「これから王の交代があるんだろうな。どちらかの王子にとってはポイント稼ぎ。ならばよりポイントが多く入るとしたら、立派なラクダを連れた小太りの店主のいる店とどこから見てもガリガリのラクダとほぼ骨の少年が店主をしている店。どちらを選ぶ? いや、どちらがだと思う?」

 そう、より可哀想な人を助ける。それこそがランティーボという国の王族のやり方。


「そんな……」

 膝から崩れ落ちるアルコに妖艶なラクダは優しく顔を寄せる。

 ラクダに付き添われてアルコは頼りない足取りで去っていった。



 国家ランティーボ。

 立派なコブのあるラクダはたっぷり餌がもらえて蓄えが十分にある=金持ちであり、支援しても好感度は上がらない。

 そんなところに現れる痩せ細った少年。連れているラクダは特徴であるコブが痩せ細り、ただの馬のよう。

 これは支援しなければならないという証。


 王族はそれを見分けるために軒先に一番立派なラクダを連れてくるようにと告げたのだ。




 砂漠を抜けると突如現れる近代的な大きな鉄橋。夜間はライトアップされるのか所々に電球が見える。


 隣を歩くトロワは空を見上げながら呟く。

『アルコさん可哀想ですね』


「俺はちゃんと断った」


『でも金に目が眩んだんでしょ?』


 それについては何も言えない。


『収穫もなく、したことと言えばラクダの整形と少年をもてあそんだくらいですか』


「人聞きの悪いことを言わないでくれ。ラクダは美しくなったし、少年も俺のアドバイスのおかげで大金を手にしただろう?」


『金が全てだなんて汚い大人ですね』


 それについても何も言えなかった。

 次は何か収穫があれば良いのだが、まだまだ続きそうな旅は何をしても最後は美しくあるべきだと思う。

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砂漠の商人 ~安藤は思案する~ 宿木 柊花 @ol4Sl4

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