ミモザの花束
弥生
ミモザの花束
春が来るには、まだほんの少しだけ早い日。
3月1日の卒業式の日に、私は緊張しながら花束を後ろ手に持つ。
在校生が見守る中、胸に赤い花のコサージュを付けた卒業生達が中庭にやって来た。
「先輩、寂しくなります!」
素直に言葉を吐き出せる可愛い後輩たちは、お世話になった先輩に軽やかに駆け寄っていく。
私は素直に言葉を吐き出せない可愛くない後輩なので、一番に声を掛けたい先輩に駆け寄ることができない。
ぐっと花束を持つ手に力を入れる。
今日しかない。今日しか、ないのに。
私が花束を渡したい先輩は、長い黒髪がとても美しい方で、成績や人柄も良いことから生徒会長も勤めた。
校内はもちろんの事、他校にも響くような美少女だ。
そんな先輩とは同じ部活動だった。
親に薦められて入った華道部。
どちらかと言えば不器用だった私は、最初から戸惑いばかりだった。
どの花を使えば良いのかもわからない。
どのように花を刺せば良いのかもわからない。
そんな時、先輩はとても丁寧に教えてくれた。
一輪の花を持った私の手を優しく包んで「こうやって刺してみると、ほら……差し色が入ってこの花が活きて来るでしょう?」
ベルガモットの香りがふわりと薫る。
綺麗に微笑んだ顔があまりにも近くにあって、赤らむ顔を見られたくなくてそっと下を向いた。
どうしたら先輩のように美しく生けられるか聞いてみたら「花にはひとつひとつ意味があるの。私はそれを折り重ねて飾っているだけ」
そう微笑んでいたっけ。
「霞さん。来てくれて嬉しいわ」
あ……先輩の方から来てくれた。
「御卒業おめでとうございます。先輩に花を渡したくて」
黄色いミモザの花束をそっと差し出す。
先輩は一瞬目を見張り、艶やかに笑った。
「嬉しいわ。本当に」
「あら? その花は……『感謝』の花言葉だったわね。この日にぴったりね」
「ミモザの木があったので。幾分か分けてもらいました」
他の華道部の先輩が花言葉を知っていたのか、誉めてくださった。
外国では感謝の意味を込めてミモザの花束を贈るのよねと。
でも本当は、それだけじゃない。
込めた想いはそれだけじゃない。
私の、この感情は……。
ふわりと、先輩が受け取った花束を潰さないように私を抱き締める。
微かにチューベローズの香りがした。
「私もよ」
耳元で囁かれる熱い吐息。
甘く、心が痺れる。
黄色いミモザの花言葉は──
『秘密の恋』
【おまけ】
・ミモザ
花言葉はイタリアでは「感謝」、日本では「優雅、友情」を示す。
イタリアでは3月8日のミモザの日、また同日の国際女性デーにはミモザの花束を贈る習慣がある。
黄色いミモザの花言葉は「秘密の恋」
また、食用に使われている花以外の実や葉の部分には毒性がある。
・ベルガモット
花言葉は「やすらぎ、やわらかな心」
またその花の咲き方により「野性的、火のような恋、燃える思い」との意味を持つ。
・チューベローズ
花言葉は「危険な快楽、危険な関係、冒険」
ミモザの花束 弥生 @chikira
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