第8話 善と悪
~異世界メジューワ、リデニア国首都クヨトウ~AM9:00
~黒岩野営地~
「・・・(あぁー体がダリィ・・・今何時だ?・・・ッチ、ミュウのやつも居ねぇし)」
今まさに起床したばかりの様なアキトが、
体を起こし周りを見渡していた。
それに気づいた馬に乗った男性がアキトに近付き、
元気に声をかけた。
「よぉ!アキト!!やっと起きたか、今日はお前が一番最後のようだな!」
「(ッチ声がデケェよ馬鹿が・・)おはようございます、ジューリムさん、昨日は散々な目にあって、まだ本調子じゃない様です」
ジューリムと呼ばれた男は世界冒険者協会職員で、
この黒岩野営地を冒険者の為に管理している。
アキト達とは顔見知りであった。
「そのようだな、協会の方にも情報は入っている、囮になった仲間の救出に向かわなくていいのか?他のパーティーはオランアームレッドの討伐にしか興味がないようだぞ」
「討伐だ・・ですか?あっ、うちのミュウ知りませんか?今の時間もわからなくて」
「ん?今は9時を回ったところだ、お前んとこの新人なら、向こうで討伐に向かうパーティーから根掘り葉掘り聞かれてたぞ」
「(こんな時間にすでに討伐パーティーがここまで来てるだと!?だとしたらユナのやつ本当に一睡もせずギルドに向かったのか!?あの野郎、そんなことしたらリーダーの俺の評判が悪くなるだろうが・・・)」
ジューリムは何の返答もないアキトを不思議そうに見ながら、
ある疑問を投げかけた。
「どうかしたか?そう言えば一つ解せない事がある、ソロル・ノウビシウムの救出部隊が結成されていないのだ」
アキトはソロルが死んだと思っていた。
煙玉とは言え炸裂する衝撃を直接受ければ、
バランスを崩し立っていられないと。
転んで体制を整えるまでに追いつかれ無残に死んでいると。
少なくとも深手を負うと。
樹海で一人、絶望的だと考えていた。
「(はっ、ここは悲しい表情で・・・)それは、絶望的な状況だったからだと思います・・・」
「・・・そうか・・リーダーとして辛い所だな」
アキトは何か思い立ったように簡易テントを撤収し
荷造りを始めた。
「す、すみませんジューリムさん、ミュウを探して急ぎギルドに戻ります」
「そうか、これからも期待してるぞ」
走り出したアキトは振り返り元気に返した。
「はい、励みになります!(うるせぇーよ、お前からの期待なんてカスほどもいらねぇ、無価値だゴミ!くそぉ・・ミュウのやつ余計な事言うなよ、俺達の情報で誰かが得するなんて許せねぇよ!何処だ!ミュウ!)」
少し離れたところにミュウは居た。
ガラの悪そうな冒険者に絡まれているようで、
パニックになっていた。
そのパーティーリーダーのラレフが
ミュウに質問する。
「だからよ、お前はアタッカーだよな?魔法士の?」
ミュウがテンパって返答できずにいると、
ラレフパーティーの女性メンバー、
リレージェがさらに詰め寄る。
「なんか技能使ったんじゃないの?一発や二発」
それに追従するようにラレフがさらに詰め寄る。
「遠距離でもダメージ狙えんだろがよ!猿魔獣にどんだけのダメージ負わせたんだよ!」
ミュウはパニックで涙目になり、
必死に状況の説明をしだした。
「ホントに何もできなかったのですぅ、ミュウはただただ走って逃げただけなのですぅ、ごめんなのですぅ・・・」
それを見ていたラレフパーティーの3人目インフィルが
困った顔で口を開く。
「駄目だ、泣いてばかりで・・・少し可哀そうになってきた・・・」
それはラレフ達他のメンバーも同じ気持ちだった。
「そうだな・・・大丈夫だよお嬢ちゃん、怖くて逃げただけなんだな」
「大丈夫か?よしよし、怖い思いをさせた猿魔獣はアタイらが倒してやるからな・・・」
ミュウに絡んでいたこの3人組は
ラレフパーティーと言われる、
アキト達と同じCランクパーティーだ。
ギルドでベネーの檄に呼応し猿魔獣オランアームレッドNO.13の
討伐に向かっているところだった。
そこへアキトがミュウを守るように割って入ってきた。
「うちの新人をカワイがるのはその辺にしてもらいたい(これはカッコいいだろ俺!)」
アキトが颯爽と現れ、ミュウはアキトの後ろへ避難した。
「うぅ・・う・・アキトさぁん・・」
そんなアキトをリレージェがからかう。
「よう、お目覚めかいお寝坊さん」
「(ッチ、ラレフ組が討伐パーティーかよ)まだ体が本調子じゃなくて、すみません」
そしてインフィルが荒ぶり怒鳴る
「ヘコヘコしてんじゃねぇよ弱者が!そんなんだから猿魔獣ごとき尻尾巻いて逃げる羽目になんだよ!」
「(うっせぇーなこいつらさっさと行って殺されて来いよ!マジで!・・いや、こいつらなら時間はかかっても討伐しかねない・・何とか失敗させる方法はないか・・・)」
アキトが言い返さないのでラレフが話に割って入る。
「まぁまぁ、その辺で良いだろ、そもそも俺達はアキトパーティーには毛ほども興味はねぇーんだ、ただ、同業のよしみで教えといてやろうと思ってな」
「な、何でしょうか?」
「お前たちの遭遇した猿魔獣に“緊急討伐依頼”が出た、“極めて社会貢献度の高い”任務としてな!」
「(な・・・なん・・だと・・・」
それを聞いてアキトは絶句し、小刻みに震え出した。
「それと、あの美人さんの救出部隊は結成されていない・・・まぁ・・おそらく・・・そう言う意味なんだろうな・・・」
ラレフは最後、アキトパーティーメンバーを察して、
言いずらそうに言葉を濁した。
しかしミュウにとっては気になるフレーズだった為、
アキトの前に出て質問を返した。
「え?救出って先輩のですよね!?なんで結成されないのですか!」
「新人ちゃん・・・」
荒ぶる態度を取っていたインフィルも声を詰まらせる
女性メンバーのリレージェは先輩として
ミュウに優しく語り掛けた
「・・・冒険者やってれば、少なからずみんな経験する事・・・辛いかもしれないけど、受け入れるしかないんだ・・・アタイらも去年そうだった・・・」
そしてラレフが優しくミュウを促した。
「嬢ちゃん、アキトを見てみろ・・・」
「え?」
ミュウはさっきから一言も声を発さないアキトを見た。
そこには驚愕と怒りに満ちた表情で
小刻みに震えるアキトが立っていた。
そしてラレフが同じパーティーリーダーとして
アキトの心境を代弁する
「・・・リーダーとしての自分に怒り、悔しさから震えている・・・わかるだろ?嬢ちゃん・・・お前たちの無念、晴らしてやる、長期戦にはなるがその為の準備はしてきた、ソロル・ノウビシウムノ仇は俺達が取ってやる!!行くぞみんな!」
ラレフに他の2人も追従し、声をかけていった。
「じゃぁな・・・」
「・・・またね」
「嘘だよね・・・先輩・・ヤダよ・・・」
残されたミュウはそう呟くとソロルの事を察して言葉を失くした。
声を発さなくなったアキトの様に。
しかしアキトはソロルの事を察しての事ではない。
自分たちの情報から、
自身が待ち焦がれているBランク昇格任務が
発令されている事に驚愕し、
それが他のパーティーに大きな利益となる事実に
怒り心頭なのだ。
しかし到底自身では討伐できる実力が無い事が悔しく、
声を失くし震えているに過ぎない。
そして頭をフル回転させている、
アキトの性格上このチャンスを諦めきれないのだ。
「(許せねぇ、絶対ダメだ!俺が見つけたんだ、俺の為の昇格任務だろ!?どう考えたって、他の奴が得するなんておかしいだろ!なんとかしないと・・・ラレフ組以外にも絶対に向かってるパーティーはある、そうなれば猿魔獣は確実にダメージを負っていく、そのうちどこかのパーティーに討伐されるだろ!?後から向かうパーティーにとってはヘタすりゃヌルゲー・・だ・・はっ!!)」
どんなに悪ぶり、口悪く、
粗暴なふるまいをしていても、その実、
弱者をほっとけず寄り添ってしまう善良な人間は、
それがにじみ出てしまう。
そして善良であるが故、
他者を疑えず、
悪ぶる自分たちの悪名がしっかり周囲に浸透していると
信じている。
“冒険者たるもの心優しくあってはかっこ悪いと
一生懸命ワルぶる可愛い奴ら”
などと思われ愛されているなど微塵も感じていないだろう。
ミュウ達から離れた所でリレージェが
ラレフに質問する。
「リーダーがBランクになったら、あいつらも少しは楽できるかな?」
ラレフが微笑みながら答える。
「ランクが上がれば遺跡にアタックできる、そしたら稼ぎも増えるさ」
そしてインフィルが補足する。
「俺達からの寄付金も増えれば孤児院のガキもきっと学校に行ける!」
「あぁ!そうだな!」
ラレフが笑顔で答えていると、
遠くからジューリムが声をかけて来た。
「よぉラレフパーティー!そろそろ行くのか?」
笑顔を消しインフィルが悪態を付く
「んだよ、おっさん!気安く声かけてんじゃねーよ」
苦笑いを浮かべつつジューリムが謝り、
真面目な顔で付け加えた。
「ははは、そうかそうか、すまんすまん、しかしソロルの件もある、気を付けろよ」
悪名高い自分達を心配するジューリムが
気に入らないリレージェも悪態を付く
「誰だよソロルって初めて聞く名前なんだよ!ったく、行こうぜみんな!」
そしてリーダーのラレフが会話を終わらせようと
動き出しながら言った。
「わりぃなオッサン、さっさと仇討って飲みに行かねぇと行けねぇんでね」
ジェーリムはラレフ組が良い奴らだと再確認していた。
“仇討”って誰の?“ソロルの件”なんだろ?
アキト組の為にと。
「引き留めて悪かったな(・・・気を付けて行ってこい!!)」
狡猾に表情・口調を作り、腰の低いふるまいで善良ぶる人間を、
その実、自身の欲求を満たし利益を得るために、
他者を利用し蹴落とし犠牲にするような
悪い人間だと気づくのは難しいだろう。
悪意があくどければあくどいほど、
他者から疑われない様その臭いを限りなく消し去り、
本気で騙そうとしているからだ。
それに輪をかけて、
周囲の殆どの人間は善良であろうとする。
“善良であろうとする”人間は、
他者の言動を良い方に汲み取る“善意”を見せ、
“善良を装う悪意”の臭いを疑えず、
気づけない。
アキトはフル回転で自身の利益を考えていた。
「(・・・それしかない、長期戦で時間はかかるだろう・・・まだ間にあう・・・ユナと合流し追従しても十分間に合う・・・善良な奴らだ気付かず話に乗ってくる・・最悪討伐組全員を・・・やるしかない!こんなチャンス無いんだ!俺は・・)絶対諦めねぇぞ!!」
ミュウはその悪意に気づけない。
良い方へ汲み取ってしまう。
善意で。
「(ア、アキトさん!・・)はい!私も先輩の事諦めてないのです!!」
善良を装う人間がその本性をさらけ出すときは、
それを知った人間が、
最悪と言う渦の中で抜け出せなくなった時だ。
「一旦ユナと合流し、すぐに後を追うぞ!」
「はい!!」
ソロルの時の様に。
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