第4話 機嫌
~異世界メジューワ、リデニア国首都クヨトウ~am4:30
ナトスとミノアは薄っすらと明るくなってきた窓から
行きかう人々を眺めていた。
ほとんどの人が同じ方向へ歩いている様だった。
それを見てナトスが“念話”でミノアに話しかける。
『こんな時間なのに人通りがそれなりにあるな』
『あっちはルルさんが言っていた“ギルド”がある方向だよね?』
『“世界冒険者協会”なるものもあるようだし、彼らは“冒険者”だろうな』
鏡のある洗面台の前で、
身だしなみを整えていたソロルが
声をかけて来た。
「どうしたの二人とも押し黙って」
度々二人が使用しているこの“念話”と
言われる能力は自分の“思念”を
相手に聞かせるだけの、一方通行の能力だ。
しかし双方その能力を持っていれば
二人の様に対話が成立する。
他者に聞かれる事のないこのやり取りを、
二人は重宝していた。
ソロルは続けて言った。
「そろそろ行くわよ」
清算時、流石にソロルから突っ込みが
入ると思っているナトスは、
“そろそろ行こう”と言われ一瞬身構えた。
「そ、そうか、行くのか、心の準備は出来ている」
「?そんなに気構え無くても大丈夫よ」
ソロルがそんなナトスに声を返した。
そしてミノアが今後の行先を質問する。
「さっき言ってたお姉の“知り合い”を探すの?」
「いいえ、まずは“ギルド”に報告しないといけない事があるの、でも時間的にまだ早いから“おじいちゃん”に会いに行くわ、私がギルドに報告するよりおじいちゃんを“経由”した方が話が早いだろうし」
ソロルが召喚した異世界の存在である自分たちが
一緒に行っても大丈夫なのか
ミノアは懸念し質問した。
「僕達が一緒でもおじいさん大丈夫?」
「・・一つだけ・・・いや大丈夫よ」
ソロルは祖父の反応で思い当たる節があったが、
それを伏せた。
ミノアはそんなソロルの反応に違和感を覚えたが、
素直に返答した。
「了解」
「(それよりも、ここを出る時店員に何て思われるか・・・憂鬱ね)」
~宿「流々」カウンター前~
「おはようございます!ユユと申します!ご精算ですか?」
ルルではない若い女性がユユと名乗り、
清々しい声と笑顔で話しかけてきた。
「おはようございます、清算を・・・」
カチャ。
カウンターにカギを置きながらソロルが答えた。
そのカギをみたユユが慌て、反応した。
「(はっ!この部屋は!!)しょ、少々お待ちください!すぐに計算しますね!」
そのちょっと変な反応を見てソロルは考えだす。
「お、お願いします・・(・・はぁ、何て思われてるかなぁ・・イケメン二人を引き連れて部屋から出ていく女・・しかも相部屋だった・・そういう風に見られるよね・・絶対ヤラシイ方向に・・しかも私がお金払うんでしょ・・ヒモ女、もう最悪だよ・・はぁうっとおしい・・・・・・ってあれ?三人分の素泊まり料金にしては計算に時間かかり過ぎじゃない?)・・・ん?」
ユユを見るといくつもの項目を入力しているように見えた。
そしてユユの手を止める。
「(よし!出来た!)まいど~こちら明細でーす♪」
ユユは元気はつらつで明細をソロルに手渡すと
同時にニヤつきながらボソボソと話しかけた。
「イケメン二人相手に、お姉さん“も”見かけによらず“大喰い”ですね♪」
ソロルはイケメン、相手、喰うと言うフレーズから
やはりヤラシイ想像をされたと直感し
慌てて否定する。
「(く、喰う!?)はあ!?ちょ!変な想像やめてよね!イケメンとか興味もないし!そんなんじゃないからね!!それに何よお姉さん“も”って、あんたと一緒にしないでくれる!」
『さらっと褒められたね♪』
『心の準備は出来ている!』
ユユはモジモジしながらもソロルの発言を否定する。
「え!?ち、違いますよ~そらぁ少しは興味ありますけどぉ、私はそんなんじゃないですよ!イケメン養う財力もないしぃ、大食いさんはそちらの二人でしょ」
「何なのもぉ・・・!!!!」
ピシ!明細を見た瞬間凍り付くソロル。
そこに記載された
素泊り料金3,000レアリー×三人分プラス、
その他多種多様の料理名と総額に
思考がフリーズしていた。
一拍置いて現実に戻ってきたソロルが
明細を持ち二人に確認する。
「・・・ね、ねぇ、これ何かの間違えだよね?」
その問いにナトスが明細に目を通しながら答える。
「・・うむ間違いない、俺の記憶通り過誤請求等はない」
そしてミノアも追従する。
「・・・そうだね、僕の記憶とも一致しているよ」
イラッ!
「(・・・お・・おまえら・・・)」
二人の様子から確信犯だと思い、
徐々に怒りがこみあげてくるソロル。
そんな中ユユが話しかけて来た。
「いやーでも良かったー、夜勤交代の時マスタールルから言われてたんですよね、“今日は要注意客が宿泊してるさね、レストランで馬鹿食いしやがったが、財布持ちの女が気を失ってるとかで清算がまださね、逃げられるんじゃないよ、無銭飲食は地獄の果てまで追いかけるさね”って、肩の荷が下りましたぁ」
イラッ!
ソロルはこみあげる怒りを抑えきれず
ナトスを睨みつける。
「嵌めたわね・・・」
「そ、ソロちゃん忘れるな、俺達はここの借りを返す算段が付いている」
ナトスは念押しした言葉で怒りを納めようと試みるが、
ユユが火に油を注ぐ。
「いっぱい食べる男性ってあっちの方も凄いって言うけど、それを二人も・・・ぐふふ♪羨ましい!」
イラッ!
ソロルはユユの下賤な言葉に突っ込む余裕もないほど
怒りに満ちていた。
もはやこの状況全てが鬱陶しいと思ったソロルは、
何もない空間から財布を出すと
そこから40,000レアリー引き抜き、カウンターに叩きつけた。
「釣はいらねぇとっときな!」
そう言うとそそくさと外に出ていってしまった。
カラララン!
「またのお越しを~♪」
ユユの元気はつらつな声が響いた。
無言で足早に歩くソロルの後ろを
ナトスとミノアも続く。
触らぬ神に祟りなしとナトスもミノアも
無言のままソロルの様子を伺っていたが、
怒りが収まる気配がなかった。
「(あぁーイライラが収まらない・・・マジ何なの、こいつら一食であんだけ食べたの!?ヤバいんだけど、マジで、本当にお金稼ぐ算段あるの!?・・いや、信用できない、特にナトス!!こっちが認識して無いのを良いことに色々と・・・私が言って決めてんのが腹立つ!確信犯ね、嵌められた・・・あぁー鬱陶しいわ、憂鬱よ・・・)」
その様子を見ているナトスがミノアに“念話”で話しかける。
『いまだお怒りの様子だな・・・』
『当たり前だよ兄さん』
『わかってはいるんだ、俺の悪い癖』
『自覚あんだね、根に持つタイプだと結構長引くよ』
『だよな・・・ちょっと何か話しかけろよ』
『えーー』
このままなのも良くないと、
ミノアは意を決してソロルに話しかけた。
「お姉、おじいさんの家は近いの?」
「あぁーん?・・あぁ、近いわよ」
イラついた口調でソロルが返してきた。
その威圧に押されながらもミノアは続ける。
「そ、そうなんだ・・“ギルド”とは逆方向に歩いてるよね?」
「あぁーん?・・あぁ、そうよ、ギルドは街の外に側にあるの、実家は中央街だから逆側よ」
『こ、怖い』
ミノアが助け舟を欲するような表情で
ナトスへ“念話”を飛ばす。
しょうがなくナトスがソロルに話しかける
「そ、ソロちゃん、借りはちゃんと返せるから」
イラッ!ギロッ!
「・・・」
『無言のまま睨まれた・・・』
ナトス船では助けにならないと見たミノアは
何とか突破口をと再度話しかける。
「お、お姉は実家に住んでるの?」
「あぁーん?・・あぁ、違うわよ。実家に居たのは学生の時まで、16で成人してからは一人前の冒険者として実家を出てるの」
イラついた口調でソロルが返してきた。
その威圧に押されながらもミノアは続ける。
「へ、へぇー、じゃぁ今はどう暮らしてるの?」
「チッ・・・いい?“冒険者”って職業はSランクまでは家を持てないの、冒険者は稼ぎが良くなるから、経済回す為に色んな制約があるの、食事料金に“冒険者割増”があったりね!」
「(し、舌打ち・・・)」
再度ナトスが恐る恐るソロルに語り掛ける。
「そ、ソロちゃん、悪意はなっかった、本当だ!」
イラッ!ギロッ!
「・・・」
『こ、こいつは根深い・・・』
ナトス船は撃沈すると見たミノアは距離を取った
『長引きそうだね』
『何だ、他人事みたいな言い方だな』
『僕はまだ話ししてくれるもんねぇー』
『な、運命共同体だろ!』
『兄さんの悪癖のせいだもんねー僕許されてるもんねー』
「・・・ついたわよ」
そこには周りに比べて大きい屋敷が建っていた。
門構えもしっかりしており、
見るからに一般宅ではなさそうだった。
「大きい家だね」
ミノアの質問にソロルが返答する。
「・・・おじいちゃんはこの辺じゃ有力者よ、“ノウビシウム”家、上流階級の血筋は大抵名前に家名が入るの」
再度ミノアが質問をした。
「早く着きすぎたかな?おじいさん起きてる?」
イラッ!
「・・・年寄りは朝早いのよ、それに早いに越したことはないわ、あんた“達”の消し方を知るにはね!!」
ギロッ!
立て続けの質問にソロルはイラつき、
ミノアを睨みながら言い放った。
そしてミノア船も沈んでいく。
『う、運命共同体だー』
『す、すまん、ミノア・・・』
「・・・行くわよ」
ソロルは門を静かに開けるとドスドスと
足早に玄関まで歩いて行った。
~ノウビシウム家書斎~
コンコンコンコン・・
執事のオフィームが書斎の扉をノックする。
「なんじゃ」
書斎で寛いでいたシェンター・ノウビシウムが
オフィームのノックに反応すると、
扉越しに声をかける。
「旦那様、お孫様がお見えです」
「(ソロルが?)こんな早くにか?」
「はい、男性二人をお連れの様です・・・」
「・・・なんじゃと」
~ノウビシウム家応接室~
執事のオフィームに言われ、
綺麗に整理整頓された部屋に三人は待たされていた。
ソロルは二人の一歩前で腕を組み、
入口扉の方を見つめ指を小刻みに叩いていた。
ナトスがミノアに“念話”で話しかける。
『ミノア、何かイライラが増してるように見えないか?』
『何かを待ち構えているように見える・・怖い』
ほどなくして廊下を遠くから駆けてくるような音が聞こえる。
ドドドドドドド。
イラッ!
思った通りの事が起きそうな事態にソロルは
イライラを増していく。
ガチャ!バン!!
そして扉が勢いよく開かれた。
「どっちの馬の骨じゃー!ワシの孫に手を出しよって!!まさか二人同時にブフォ・・」
「ごめんねおじいちゃん・・私機嫌が悪いの、そのノリに付き合う余裕も暇もないわ」
ギロッ!
シェンターの顔面を足蹴にしたソロルが静かに睨みつけた。
「(な、何じゃ・・ご機嫌斜めじゃの・・)・・は、話しを聞こうかの・・・」
シェンターは足蹴にされたまま呟くのであった。
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