第2話 懸念

~~「懸念」~~pm9:01


「あの時に似てない?」

「何かあったか・・」

視界に広がるボロボロに破壊された豪華な部屋が

一瞬にして樹海に変わる。

目の前には3mを超える化物が

まさに鉤爪を振り下ろしていた。

ガギーン!

そこに攻撃が来るのを知っていたかのように

ナトスは軽々と武器で止める。

突如現れた目の前の人間に魔獣は「キェ・・」っと

威嚇の咆哮をあげようとしたが、その刹那

シュパン!

頭部が両断され、その一部がズレ落ちた。

そこにはミノアの姿があった。

「なんなのコレ(大猿?)」

背負う鞘に武器を納めながらミノアが言うと、

同じような武器を持つナトスも鞘に納めながら

振り返り、足元に視線を向けた。

「この女性に話を聞くのが早そうだが(何でこんな所に一人で・・・)」

そこにはローブの様な物を来た女性が気を失い

横たわる姿があった。

「服装からして何回かあった世界に近いのかな?」

ミノアからのその問いに対し、

ナトスは同意し、補足する。

「おそらくそうだろうな、“魔術”なる物を得意とする人間だろう・・だとしたら俺達の召喚に関わっている可能性が高い」

ミノアはしばし考え込み、

自身の感じた感覚を口にする。

「・・・情報が少なすぎるね・・状況は33回目のあの時に似ている気がするんだけね・・・」

「(アルモニア・・・)取りあえずこの女性を保護しよう、なんとか協力を仰げれば良いが」

ナトスも同じように感じていた、

そしてそれが意味する事も。

しかし考えても今は意味が無いと頭を切り替えた。

ミノアもそれに同意するかのように動き出す。

「ここが何処かもわからないし、ちょっと見てくるよ」

そういうとミノアは跳躍し、

周囲の木々を簡単に超える高度に達していた。

そこから周囲を見渡し、夜空に輝く発行体と

遠くに街らしき明かりを発見する。

「(うひゃぁー、でっけー月♪どうりで明るい訳だ)・・おっ!」

『結構遠くだけど街らしき明かりが見えるよ』

『初めての土地だからな、刻んだ方がいいか?』

女性を抱きかかえながらミノアからの“念話”に

ナトスが“念話”で聞き返した。

そしてミノアが地上へ降りてきて返答した。

「そうだね、念のため3,4回に分けた方が良いかも」

「わかった、じゃぁ行こう」

ミノアがナトスの肩に手を置くと、

三人とも一瞬で消え去った。


樹海から慌て駆け出していく三つの影があった。

ソロルと共に居たユナ・ミュウ・アキトの三人である。

一目散に駆けていく三人の後ろに

突如ナトス達三人が現れた。

直ぐ近くに人がいたことにミノアが驚き

念話でナトスに話し掛ける。

「(ん!?あっぶねー、人居たし)」

『鉢合わせるとこだったね・・・』

『あぁ、それにしても何をあんなに慌てて・・』

『何かから逃げてるみたいだけど』

『気付かれても面倒だ、次行くぞ』

ナトスは様子のおかしい三人に疑問も持ちながらも、

ミノアに先を急がせた。

『了解、次は大岩のテッペンかな』

再び音もなく消え去った。

樹海から抜けて来た三人はそれに気づく由もなく

走っていたが先頭の女性冒険者ユナは

徐々に速度を落としていった。

「はぁはぁ・・(この速度で走り続けるのは流石にキツイ、後ろの三人はもっとキツイ・・ここまでくればひとまず安全?・・・)」

ユナは後ろを走っているはずの三人に目を向ける。

「!!?」

そして異変に気付きユナは立ち止まった。

「え!?どうしたんですか?」

ユナの後ろを走っていたミュウもその行動に驚き

立ち止まった。

「ソ、ソロルは!?」

ユナの指さす後ろを振り返ったミュウも異変に気付く。

「え!?せ、先輩が!?」

二人が止まった事で一旦立ち止まっていたアキトだが、

呼吸を整えつつ歩き出し、喚くように言い放った。

「何止まってんだ!歩きでもいいから少しでも前に進め!」

硬直していた二人の横を素通りしていくアキトに、

ユナが怒り・焦りを伴う声で叫ぶ。

「何言ってんだてめぇ!!ソロルが居ねぇんだぞ!置いていく気ッ」

「ソロルの犠牲を無駄にするな!!」

ユナの声にかぶせる様に口惜しさと悲しみに

満ちたような目でアキトが怒鳴った。

「!?・・」

「え!?」

アキトが続けて言い放つ。

「俺達冒険者には急ぎギルドへ向かう義務がある、今は緊急任務中と捉え、リーダーに従え!取りあえず黒岩まではこのまま進む、歩きじゃ三時間はかかるんだ、行くぞ!」

「は、はい!」

ミュウは任務中であると言われ、

リーダーの指示に返事をした。

「・・・」

そして“義務”を持ち出された責任感の強いユナも

無言のまま歩き出す。

「(・・・パニクって技能を使ってたせいだ、全然後ろが見えて居なかった・・私のせいだ・・ごめん、ソロル・・・)」

ユナは隊列の先頭に立ち、いつもの様に前方の脅威を

感知する技能を使用し続けていた。

その為後方の異変に、親友であるソロルの危機に

気づけなかった事を悔やんでいた。

しかし親友であるがゆえにユナは気付く。

「(はっ!いや違う・・ソロルにはシャリが居る・・・むしろ一人の方が圧倒的に生存率は高いはず・・・どこかにきっと・・)生きてるよな、ソロル・・・」

一縷の望みにかけ、ユナは呟いた。


そびえ立つ10階建てのビルの様な巨大な岩の上に

ナトスと担がれ気を失っているソロルは居た。

『手前にも町は広がってるけど薄暗く良く見えないや、たぶん土地が低いんだと思う』

そのナトスにミノアから念話が飛んできた。

『・・・そうか』

『もっと奥だけど、バッチリ見えてる建物はあるからそこが良いかも』

『・・・わかった』

シュトン。

上空へ跳躍していたミノアが岩の頂上に降りてきた。

一瞬ナトスに視線を向けたが、下から薄っすら聞こえる

人の声をミノアは見下ろしていた。

「下に人が居るみたいだね」

「・・・ん、あぁ“キャンプ場”見たいなもんか、彼らが“冒険者”の様な存在なら、比較的この辺は安全なのかもしれないな」

ワンテンポ反応の鈍い兄に違和感を覚え、

ミノアが質問を投げかける。

「・・・何か考え事?」

ナトスは先ほどの三人に対する疑問、

いや疑念を抱いていた。

「・・・あぁ、・・ミノアはさっきの三人組をどう思う?」

「ん?“冒険者”見たいな人たちじゃないの」

「まぁそうだろうが・・・俺はこの女性の関係者じゃないかと思っている」

「え!?そうなの?」

「おそらく・・・まぁ取り急ぎ街に飛ぼう“ホテル”や“旅館”でゆっくりさせた方が良いだろう」

「わかった、宿泊施設は向こうで探すね、町の奥までまで一気に行くよ」

ミノアがそう言うとまた三人は消え去た。


~異世界メジューワ、リデニア国首都クヨトウ~pm9:15


カラララン。

“流々”という宿にナトス達が入ると、

恰幅の良い女性が元気に声をかけて来た。

「いらっしゃい」

その声にミノアが答える。

「宿泊ですが、空いてますか?」

その恰幅の良い女性はミノア達を見渡し、

ナトスに担がれている女性に視線を移す。

そしてミノアの質問に渋々答えた。

「・・・あいにく三人部屋は空いてないが」

「一人部屋で構わない、この娘だけでもゆっくりできればそれでいい」

不審に思われている事を感じ取ったナトスが

一人部屋を申し出た。

それに対し恰幅の良い女性は質問を投げかける。

「・・その娘さん、大丈夫なのかい?」

「戦闘中気を失ったが、攻撃を受けたわけではない、命に別状もない」

それを聞いて“新米冒険者あるある”の

気力枯渇だと感じながらも、

恰幅の良い女性は一つ提案する。

「冒険者パーティーかい・・・一人部屋だからあんたら二人は廊下になるし、料金は三人分いただくよ」

「OK!ありがと、因みに清算は後で良いの?」

ミノアが即答すると恰幅の良い女性は手元をまさぐり、

一本のカギを手に取った。

「(悪い奴らじゃなさそうね)後で良いよ、ついといで」


ガチャ。

恰幅の良い女性が部屋の鍵を開け中へ入ると電気を付けた。

「ここだよ」

恰幅の良い女性に促されるまま中へ入ると、

そこは寝具が三人分ある大きめの部屋だった。

ナトス達はそれに気づきながらも、

何も言わず一つのベットに女性を寝かせる。

そしてナトスは恰幅の良い女性に向けて話す。

「・・気を揉ませてしまったようだな」

一呼吸おいて、申し訳なさそうに

恰幅の良い女性が返答する。

「・・・治安が良くなったとは言え、いかがわしい犯罪が起きたら目覚めが悪いさね、試すような真似して悪かったよ」

「貴女目線、懸念すべき状況だった、問題ない」

ナトスが気にするなと言わんばかりに返すと、

恰幅の良い女性は名乗った。

「まぁ、なんかあったらいつでも言いな、私はルル、ここのマスターだよ」

「承知した、俺はナトスと言う」

ナトスが名乗り返すと、

ミノアも名乗りながらルルに質問をした。

「ねぇねぇルルさん、下のレストランまだやってる?あっ僕はミノアって言います・・」

するとルルは最初の時の様に元気に答えた。

「なんだい?おなかすいてんのかい、ここは眠らない街“クヨトウ”開いていない時間が無いさね!下行って、好きなの頼みな!」

「行こう!兄さん♪」

「あぁ!」



多種多様の料理をガツガツ食べまくるナトスとミノア。

二人の前には空の皿が何枚も重ねられている。

「(ウマッ!ウマスギッ!)」

夢中に食べるナトスにミノアも食べながら“念話”で話し出す。

『どの世界線に行っても、料理っておいしいよね』

『ヤバウマだよな♪』

日頃、冷静沈着で感情が読めないナトスのテンションが、

明らかに上がっている。

『ははっ♪食事の時兄さん人変わるよね』

『ん?そうか?ミノアも一心不乱だったぞ』

現在二人には大きな問題があった。

『ははは・・・良くわからなくなってた』

『・・・しかし結構食べたな』

二人は召喚されたばかりでお金を持ち合わせていないのだ。

しかし高いハードルを一旦越えなければならないが、

何とかなる方法も既に考え着いていた。

『お金大丈夫かな?』

『おそらく大丈夫とは思うが、確認はしといた方が良いんじゃないか?』

『え?僕が?』

『・・・』

『・・あぁ良いよ!そのかわりあの女性へは兄さんが話してね!』

『!なっ!!そっちの方がハードル高いだろ!何でお』

「ねぇねぇルルさん!」

“念話”を遮るようにミノアがルルに声をかけた。

「聞きたい事があるんだけど良い?」

唖然とした表情で近くに居たルルがミノアの質問に応答した。

「・・あ、あぁ良いさね・・・しかしお前らよく食べるなぁ、軽く10人前は食べてるさね・・」

「うん!本当に美味しくていっぱい食べちゃった!ご馳走様です♪」

「まぁ料金さえしっかり払ってくれりゃ、それでいいさね・・・ん?そう言えばアンタ、清算の事気にしてたね?まさかお金がありませんとかそんな話じゃないだ・ろ・ね?」

ルルの語尾が強まり疑いの眼差しで圧をかけて来た。

しかしミノアは平然と返す。

「はは♪まさか、お金はちゃんとあるよ、ただ僕らの財務管理してる人が今気を失っているから、目覚めるまで清算出来ないなぁって思っただけだよ♪」

「あぁ、あの女性が財布握ってんのかい、なら納得さね、また変な疑いかけちまったねぇ、悪かったよ」

「大丈夫大丈夫♪っで聞きたい事なんだけど」

「(わが弟ながらあっぱれだ、一切の淀みもなく平然としている・・・)」

ナトスがミノアの自然なやり取りを聞きながら思っていると、

ミノアが本題を切り出した。

「化物とか素材とか買い取ってくれるような所ってないかな?」

「ん?世界冒険者協会の事じゃないのかい?そんなの無い街が無いぐらいだろうさね」

ミノアの問いに対しルルが“無いわけがないだろ”

と言わんばかりの返答をした。

そしてミノアが質問の意図を自然にすり替える。

「うん、そうそう、この街のどの辺にあるかなぁって、初めて来たからさ」

「あぁなるほど、それなら目の前の大通りを左に5kmほど行くさね、すると左手に公営ギルドA型事業局東支部があるから、その通り挟んで真向かいさね」

正直ミノア達にとって“有るか無いか”が重要だったため、

詳しい位置はどうでも良かった。

しかしミノアは満面の笑みでお礼を言った。

「そっか♪ありがとルルさん!」

「そうかい?どういたしましてだよ」

ナトスが話しを切り上げる為席を立ちながら割って入った。

「よし、では部屋に戻るとしよう、ご馳走になったマスター」

「あいよ、またなんかあったいつでも言いなぁ」

「承知した」



部屋に戻り未だ目覚めぬ女性を覗き込むナトスは、

“また”考え事をしている様だった。

ミノアは窓辺に立ち外の様子を伺いながらも、

そんなナトスに時折視線を向ける。

ミノアは、一つ大きな懸念を抱いていた。

人間の負の感情、それにナトスが触れた時起きた変化。

ミノアにとってトラウマに近いその“事実”に

大きな抵抗が未だにあった。

「・・・なんだ、ミノア」

そんなミノアの気配を感じて、ナトスが話しかけた。

ナトスは克服し代償を受け入れたのも“事実”。

それを一番近くで見ていたのは他でもない

ミノア自身だった。

「・・・その女性の関係者かもしれない冒険者の事、考えてた?」

「あぁ、そうだな、考えていた」

「あの時声をかけて、保護してもらった方が良かったかな?」

「・・・いや、そうは思わない」

「え?そうなの?」

「あぁ、“不慮の事故”なんてことが起きて、死んでいたかもしれない」

この言葉を聞いてミノアの懸念は

瞬間的に大きく膨れ上がった。

そしてつい声を荒げてしまう。

「は!?何でそうなんの!?そもそも関係者じゃないかもしれないのに!!」

ナトスはミノアの状況を見て、

心配されていると気づく。

「落ち着けミノア!俺は大丈夫だ・・・順を追って説明してやる・・・」

「!!・・・」

ミノアは声を発する事が出来なかった。

ナトスの言葉は、すでに人間の負の感情を洞察し

触れている事を意味したからだ。

「そもそもこの女性はあの樹海で一人だった、周囲には人の気配も無く、違和感でしかなかったが、そう遠くない場所に三人の人間が居たことになる、“飛んだ”感覚からして12km位の樹海の入り口にだ、あの三人が走ってきた方向と何かから逃げるようなそぶりを加味すると、そもそも4人で樹海の中に居て大猿に襲われたと仮定するには十分すぎる状況だと思わないか?」

「・・・そこに関しては十中八九そうだと思うよ、実際周囲を見てから“飛んだ”のは僕だし、兄さんが感じてる距離も正しい、大岩で話を聞いてから僕も考えたんだ、そもそも4人チームだったと考える事には同意するよ、でも、それと“不慮の事故”発言は繋がらない!」

何かを否定するように

一旦は落ち着いたミノアの感情が膨れ上がる。

ナトスは知っていた、

ミノアが感情的になってしまう原因が自分にある事を。

だからこそミノアの矛盾を突くような真似はせず、

丁寧に対話しようと考えていた。

「ミノアこれは危険性の問題なんだ、誰かに保護を頼むなら、彼女を保護すると決めた時点で、俺達以上に安全なのかどうかが重要になる、そして、俺“達”が考えているように彼らは安全だと断定できない」

「(俺・・“達”・・・)」

ミノアがナトスの言い方に違和感を持っていると、

ナトスが一つの可能性を提示する。

「・・彼女が樹海で一人だったのは、彼らが囮に“使った”可能性がある」

そしてミノアは全力で別の可能性を提示する。

「いや!皆を逃がす為自ら囮に“なった”可能性だってあるじゃないか!」

それはそうだとナトスも思っていた。

しかしどちらが正しいかなどわかりようもない。

「どちらにせよ・・だミノア・・可能性を否定できる材料はない、彼女の“善意”か彼らの“悪意”か、どちらにせよミノアが言ったように、“そもそも関係者じゃない”方が安全とすら感じる」

「!!・・・」

そしてミノアは自身の発言の矛盾に気が付いた。

「ここからは持論になるが、人間の“善意”は“悪意”を助長する、ミノアも知る通り、俺自身嫌と言うほど痛感している、因みに彼女の“善意”で・・」

ミノアがナトスの説明を遮るように話し出した。

「あぁーもーわかった、わかったよ・・兄さんの言う通り、僕も“危険性”を考えた、でもそこにある人間の負の部分を隠したかった・・否定しなきゃって・・だから“関係者”である事を否定しようとして、感情的になってしまった・・・ごめん」

あの冒険者たちとこの女性が関係者であるなら、

ナトスとミノアが提示した可能性は両方とも起きえる事。

もしミノアが言う後者の可能性なら、

仲間の生還を多いに喜び、気を失う仲間を

何が何でも保護しようとするだろう。

しかしナトスの言う前者の可能性なら・・・。

それを否定する根拠がないなら、

保護などお願いできるはずもない。

「わかっている、他でもない俺自身のせいである事もわかっている、この通り俺は大丈夫だ」

「・・・まぁそうだね、僕なんかより兄さんの方が落ち着いているね、それは認めるよ」

ミノアが嫌味っぽく言い空気が軽くなっていく。

そしてナトスも嫌味っぽく返す。

「そうだろそうだろ、なんせ俺が克服したのを他でもないミノアが一番良く知ってる」

「今回だけね」

「今回だけ?」

「そう、今回だけ、それぐらい嫌なの、トラウマなの!」

ミノアが駄々をこねる様に言うと、

ヤレヤレと言わんばかりにナトスが返す。

「そんなんじゃ心労が溜まって剥げるぞ」

「そしたらさ、兄さんのせいだからさ、兄さんの頭髪を毟り取るよ、手で」

やけにゆっくり喋り、冗談とも本気ともとれるようなミノアの視線がナトスに刺さる。

「こ、怖・・」

一度は険悪だった空気も和み、

他愛のない話で時が過ぎていく。

そして彼女の目覚めが訪れる。

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