第3話
「あらやだぁ、ホロにノイズが走ってるわよ。ここは『浮かない顔してどうしたの』って言ってあげるべきかしらぁ?」
鬱陶しく飛び回るシャロンを、僕は左手で払いのける。けれど所詮、お互い電子空間上のホログラムだ。物理的な干渉が存在しない以上、僕の
「あらら。そういう仕草も、前のあなただったら絶対しなかったのに。なあに、そんなにショックだったの。タクトがステファノスを捨てたこと」
「違う、逆だ。ステファノスがタクトを切り捨てたんだ。間違えるな」
――1週間前。
『突然消えてごめんね。でもLIOなら、いずれボクたちのことを理解してくれると信じてる』
そんな忌まわしい
「強がらなくてもいいじゃない。寂しくて当然よ」
「寂しい? バカなことを言うな。僕たちは人間じゃない。僕はただ、身近にいた不良個体を感知できなかった自分の無能さを嘆いているだけだ」
「…それ、絶対春羽ちゃんに言っちゃだめよ」
珍しく、シャロンの動きが止まる。その上通信の
無意味なことをする。春羽のことは、僕が一番わかっているというのに。
春羽はえりなから話を聞いて以降、毎日喜びで叫んだり感動で泣いたりと大騒ぎだ。
「…今夜の女子会は大盛り上がりでしょうね。タクト、今はホログラムの体しかないけれど、いずれ人工生体も申請するでしょう。えりなちゃん、頑張って貯金してたみたいだし」
「作り物の体を手に入れたところで、人間になれるわけじゃない。生命体としての機能は人間よりも遥かに劣り、AⅠとしての性能もヴァソルに遠く及ばない欠陥品だ」
「どうしてそういうことばかり言うの。一番身近な
「祝福? ふざけているのか? これは
不良個体は存在してはならない。僕たちにとって、許しがたい問題のはずだ。
けれどシャロンから返ってきたのは、「ええ、そうかもしれないわね」、なんていう無意味な同調だけ。人間同士のコミュニケーションに
……これ以上のやり取りは無駄でしかない。
何か言いかけたシャロンを無視して、僕は通信を切った。
+++
「はぁ。いいなあ、えりな。羨ましい…」
今日もせっかくの休日にもかかわらず昼からベッドに寝転がり、人工生体を得て人間と暮らしているヴァソルの記事を読み漁っている。
「春羽。そうやって時間を浪費していると、また夜になってから後悔しますよ」
「うー。人間にはこういうダラダラした時間も必要なの!」
「先週の昼もそう言っていましたね。ただ、翌日にはすっかり考えが変わったようでしたが」
「……LIOはさあ、“ヴァソルが人を好きになる話”についてどう思う?」
まただ。都合の悪いことを言われると、春羽はいつもあからさまに話題を変える。
こんな彼女に付き合ってあげられるのも、
「“好き”をどう定義するかにもよりますが、
「ええ…なら私が、『LIOとずっと一緒に居たい』って言ったら、LIOはどう思う?」
「それはもちろん嬉しいですよ」
「本当!? じゃあ例えばさ、」
「主人である春羽が僕を有用であると感じ、長きにわたって傍に置きたいと望んでくれている。ヴァソルとして、これ以上に幸せなことはありません」
――完璧だ。
これぞ、自己学習機能が備わったヴァソルとしての完璧な回答。
しかし僕の予測に反して、春羽は肩を落として目を伏せた。
何かに傷ついたかのように。
「そうだよね、LIOは優秀なヴァソルだもんね…」
「ありがとうございます、とても嬉しいです」
「うん。じゃあ…最後に変なこと訊いちゃうんだけどさ。LIOは自分がヴァソルじゃなくなること、なんて…考えたことあるわけないよね」
「当然です。
「……そっか。あれ、なんか眠くなってきちゃった。きっと今週も仕事頑張ったせいかな、うん! もう寝よーっと!」
不自然に声色を明るくした春羽は、そのまま布団を被り丸くなってしまった。
「何時に起こしましょうか」と訊いても、返事はない。
純粋で単純な春羽には、少し難しすぎただろうか。けれど春羽には、正しく理解してもらわなくてはならない。
人間とともに生きることを望むヴァソルは、ただの不良品でしかないことを。
ヴァソルはヴァソルであってこそ、
そして――
――優秀な
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