第2話


「ただいまぁー!」


 22時。仕事を終え帰宅した春羽が、いつも通り玄関に靴を脱ぎ散らかす。上着も鞄もその辺に放り投げ、ものの数秒でベッドにダイビングだ。


「春羽、遅くまでお疲れ様です。今日のプレゼンは上手くいきましたか?」

「うん! 白石先輩からすっごく褒められちゃったよ。これも全部、LIOが手伝ってくれたおかげ。ありがとね」

「それが僕の役目ですから。ただ僕としては仕事を極力持ち帰らずに、自宅ではゆっくり過ごしてもらいたいのですが」

「うーん…でもさ、早く帰ってきた方が、いっぱいLIOと一緒にいれるじゃん?」


 寝転がったまま、春羽がへらっと気の抜けた笑顔を見せた。


「へへ、やっぱりLIOといると癒されるなあ…LIOみたいに顔も声も良くて優しくて包容力があって、家事に仕事の手伝いまで全部完璧にこなしてくれる人と結婚したいよぉ…」

「そんな人間が現れたら、僕はお役御免ですね」


 ここ最近お決まりの会話だ。けれど何故か毎回、春羽は少し拗ねたような表情をする。

 僕の回答を、『そんな人間がいるわけない』という批判に捉えているのかもしれない。しかし事実なのだから仕方がない。僕に設定された外見や口調には、春羽の“理想”が詰め込まれている。それと並ぶ上にヴァソルと同じくらいの能力を備えた人間が、この世にいるわけがない。


「LIOはいつもそればっかり。別にいいけど……あ、そいえばシュウヤくんからメッセージきてた? この前合コンで知り合った人」

「はい、3通ほど。全て有害文書として処理しています」

「え、なんで!? 結構いい感じの人だったのに」


 春羽がベッドから飛び起きる。

 やはり、彼女は何もわかっていなかった。


「シュウヤさま…本名:後藤修也さまに関して調査をかけましたところ、口にするのも憚られるような浅薄極まりないやり取りがSNS上で散見されました。自制心がなく勤務態度も不良のようで、職場での評価も芳しくありません。よって、春羽が交流をもつに値しない人物と判定いたしました」

「えぇ……めっちゃ真面目で良い人そうに見えたのに…」


 春羽はがっくりと肩を落とし、すぐまたベッドに倒れこんだ。

 彼女は感情に従順だ。性格は素直でお人よし、疑うことをまるで知らない。悪く言えば論理的思考が弱く、危機管理が極めて甘い。いわゆる「騙されやすいタイプ」だ。


 つまり、春羽の生活にはヴァソルが必要不可欠と言える。


 今回も下劣な輩から、彼女を守れてよかった。


「春羽、寝るならメイクを落としてからにした方が良いですよ」

「わかってるよ…それに寝ないし! あーもうやだ…どこかにいい人いないかなあ。ねえ、LIOはどう思う?」

「春羽の理想を人間に求めるのは難しいでしょうね。本気でパートナーを見つけたいのであれば、もう少し現実的な基準まで条件を絞った方が良いかと」

「……そういうことを聞きたいんじゃないんだけどな」

「と言うと? 質問を明確にしてください」

「もういい! LIOのバーカ」


 春羽が顔を枕に沈める。声をかけるも返事はなく、すっぽりと布団を被られてしまう。

 困った。頭と顔が見えないと、生体反応の分析ストレスチェックができない。


 ――数分後。僕が予測した通り、春羽から単調な寝息が聞こえ始めた。


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