修辞法、あるいはレトリック
校正においてまず気にしたいのは、その小説・文章の性質だ。
小説の性質を判断するのには、いくつか方法があるのだが、今回は古来ギリシャから続く「レトリック」の力を借りよう。
日本ではレトリックは修辞法、単に言葉を飾り立てるための言い回しと思われているが、その本質はもっと広い意味を持っている。レトリックとは本来、知性と感情に訴えかける、「説得」の技法だ。
「詩学」を著したアリストテレスは、「
・審議=何事かを奨励、あるいは停止させる弁論。
・演説=人を肯定、あるいは否定する弁論
・法廷=罪を告訴、あるいは罪を弁明する弁論。
そして、本書では、説得をさらに3つの要素で考察している。
・logos(ロゴス、言論) 理屈での説得。
・pathos(パトス、感情) 聴衆の感情へ訴えかけることでの説得。
・ethos(エートス、人柄)人柄による説得。
小説というのはテーマや展開を提示し、読者に説得するものだ。
読み手に虚構の世界を信じさせるということは、説得にほかならない。
アリストテレスの「弁論術」を読み込んでいくと、これらの弁論・説得には共通する流れがあることに気づく。
すなわち、人を効果的に説得するには、まず話題が必要だ。次にそれをどう組み立てるかという問題があり、組み立て終わったら、どういう言葉を選んで使えば良いのかにつながる。そして最後にどう発表したらいいのか? という結びになる。
発表に関しては、校正ではどうにもできないので抜かそう。(これはどの時間に発表するのか、どういうタイトルを付けるのか? という話だからだ)
最初の3つを箇条書きするとこうだ。
① 何を書くべきなのか?(話題、テーマの発見)
② どういう順序で書くべきなのか?(構成・文の組み立て)
③ どう表現するのか?(言葉を磨く)
私がしている校正では、このプロセスをきちんと踏んで文章が伝わり、さらには「説得」として機能しているのか? それを見る。
基本的に小説は、面白くてためになると最高だ。
面白いは芸術的観点、感傷的な部分だ。ためになるは実用的な部分になる。
例えば小説で新しい技術や、歴史の寓話を学べれば、折に触れてそれを人に話したくなるだろう。ためになるのはその程度のものでいい。
(例えば、『ぼぎわんが来る』では主人公は家庭を否定している。主人公は子を持つこと、家族を持つことがまともな人間の条件ではないと語り、その裏付けとして、既婚者と未婚者の犯罪傾向についての話が出ている。なお、警察庁の統計では配偶者、そして子をもつ家族の方が若干犯罪傾向が高い)
とはいえ、その両方が備わっていれば、それは十分に商品レベルだ。
無料で公開するネット小説の校正でそこまでを求めるべきかは人によるだろう。
面白ければ特に生活の役に立つ内容がなくても読むだろうし、役に立つ、実用的な話であれば、面白くなくても読むだろう(この文章のように)
問題はどちらでもない場合だ。
面白くなくて、役に立たない文章ほどの虚無は無い。
そこで「どのように書くか」という技術が重要になってくる。
何を書くべきか? テーマを見つけ出し、そのテーマをどのように書くか?
そしてそれによって文章に性質がつく。
テーマとはすでにあるものを発見することであり、発明ではない。
そもそも、私も含めて小説を探す人々が探しているものは、「すでにある」ものから類似品を探している。言い換えれば、「同じだけど違うもの」を探している。
なればこそ、発明よりも発見が重要になるのだ。
そして同じものを「どのように書くか」で差異をつけていく。
これが小説であり、そこで行われる説得だ。
個性的、独創的なことを書くことは、必ずしも重要ではない。
むしろ「テンプレ」「定型句」に沿った一定の言い回しをすれば、(逸脱さえしなければ)誰にだってそれなりのものが書けるし、伝わる。
文章を書くというのは、白紙に絵を書くというよりは、プラモデルの一分野にある既存のパーツを組み合わせて作る「キットバッシュ」に近い。
単に出来合いを組み合わせるといっても、パーツの選び方で個性が出る。
そして、それが独創性と呼ばれるものになる。テンプレ展開を使った小説でも、面白いと思えるものは、表現したいものと、文章の性質を厳選しているはずだ。
私の校正では、伝えようとする内容を把握し、文章がその性質に沿っているかどうかをチェックする。
例を出そう。
~~~~~~
・🅰
小太りの店主が床に倒れ、タバコのヤニまみれの床を赤く汚している。
トムはコンビニを襲った。ここを選んだ理由はないが、金が欲しかったのだ。
派手にバンバン銃を打ちまくって店主から金を巻き上げるつもりだったが、不幸にも銃弾は逃げる店主の背中を捉えた。
~~~~~~
・🅱
トムは追い詰められていた。とにかく金が欲しかったのだ。もはや妹の薬代どころか、明日食べるものがあるかもわからない。
だから、遠く離れた街のコンビニを襲ったのだ。
バンバンと銃を打ちまくって脅かすつもりだったが、銃弾は店の外に逃げようとする店主の背中を捉えてしまった。
店主は床にどうと倒れ、赤い水たまりをひろげた。
~~~~~~
・何を書くべきなのか
前者は「身勝手な主人公が、安易に犯罪に手を出す」という内容を書きたいと思った。そして後者は「追い詰められた主人公が、やむにやまれず犯罪を犯す」ということを企図した。
コンビニで主人公が強盗するという、同じシーンだ。
両者同じことをしているが、この文章から得られる感想はそれぞれ違うはずだ。同じ取り返しの付かないことをしているのに、何故か?
やりたいことも、やっていることもおなじだが、動機が違う、態度が違う、雰囲気が違う。だからだ。
・どういう順序で書くべきなのか
ここで言う順序は、理由、行動、結果だ。
理由は「金が欲しい」で、行動は「強盗をする」になっている。
そして、結果として「店主が死亡」し、主人公は取り返しのつかない犯罪を犯す事になる。行動からシーンを始め、理由を説明してもいいし、インパクトのために、まず結果から入っても良い。
結果から入るとインパクトがつき、次のページをめくりたくなる。
行動から入ると疑問が生まれ、読者は謎を追いかける体制に入る。
理由から入ると、キャラクターに対する共感性を育てる。
・どう表現するか
Aの主人公は身勝手なので、店主を撃ってしまっても、「不幸にも」といって責任転嫁するような考えを示した。そして彼の印象を落とすために、文章に汚い印象を持たせる言葉を選んだ。そして彼の性格を端的に示すため、襲撃したコンビニについて「ここを選んだ理由はない」とした。
Bの主人公は基本的には善良なので、「捉えてしまった」と悔恨を感じさせるような言い回しにした。そして、「遠く離れた街のコンビニを襲ったのだ」というのも自分の生活範囲の人を傷つけたくない、思慮と知性を感じさせるためだ。
更に演出に言及すれば、Aのシーンでは霧、あるいは夜がいいだろう。Aのシーンでは見通しの見えない未来や、奇襲の雰囲気が欲しいからだ。
そして、Bのシーンでは雨を降らせた方がいいだろう。雨は涙、悲しみのイメージだ。トムの心情を表し、水たまりを踏み越える動作を入れれば、やりたくない事をやる、やらされている感覚がでる。
以上、文章の性質について、レトリック、説得するという視点を借りて書いた。
これはお話が大きくても小さくても共通するものであり、シーン単体から、小説全体へと転用できる。
物語とは細かいシーンが積み重なってできている。
シーンに読者を説得できないような部分、「こんな事はありえない」と思ってしまうような部分があれば、それを校正で正す。
これは魔法や巨大人形兵器が存在するとか、そういう次元の話ではない。もっと根源的な、誰にでもわかる「変」だ。のどが渇いていると言っているのに、主人公はパンから口にした。そういった類のありえなさを潰すのだ。
これがレトリック・説得からみた、校正の一要素だ。
次は、その文章が「わかりやすいか」どうかの校正について語ろう。
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