第6話”私”
シレンシオ
”私”
自由のない秩序も秩序のない自由も等しく破壊的である。
セオドア・ルーズベルト
第六屋【“私”】
私は至って普通の女性だ。
裕福な家に生まれたわけでもなければ、貧しい家に生まれたというわけでもない。
普通の両親から普通に生まれてきた。
小学校も中学校も高校も、そして大学だって、特に目立ったところではなく、それほど頑張らなくても行ける様なところへ行った。
友達もいなかったわけではないけれど、もともと1人でいることが好きだった私は、特定の人と一緒にいるということはしなかった。
そういうのって、なんか馬鹿らしいと思っていたし、つまらないから。
男性ともお付き合いなんてしたことがなかったけど、自慢してくる人を見て、だから何?と思っていた。
だって、別に寂しいと思ったことはない。
昔、告白されたことはあるけれど、正直いってそういうの全く興味がなかったし、別に好きともなんとも思っていない人だったから、きっちり断ったのを覚えている。
遠回しに言ってくる人もいたが、何を言っているのか理解出来なくて、良く分からないと言って帰ってきた。
だけど、今はちょっと違う。
私には妹がいるけれど、妹の方が先に彼氏が出来て、それだけだったら羨ましいとか思わないのだけれど、それから1年ちょっと経つと、結婚することになった。
その時も、悔しいとかは思わなかった。
それでも時間というのは残酷なもので、1人目の子供が出来て、ああ、可愛いなぁ、と思っていたけど、2番目も出来て、なんとも言えない幸せそうな顔を見ていると、なんで私は結婚出来ないんだろうと思う様になった。
「お姉ちゃんは結婚しないの?」
悪気があって言っているわけではないことは分かっているのだけれど、なんでそんなこと聞くの、といらっとしてしまう。
結婚したくないわけじゃないし、年齢のことも考えると、そろそろ結婚したいのが正直なところだ。
付き合ってほしいと言われたわけではないが、食事に行ったり何処かへ出かけたり、泊まったりしている人はいて、相手は付き合っていると思っているようだが、そんな話したことはないため、よくわからない。
それに、仕事があまり好きではない人なため、いつ辞めてもおかしくはない状況だ。
出来れば、安定した収入を得られる人と結婚したいものだ。
妹の相手は公務員のため、きっと安泰だ。
どうやって公務員と出会ったのか、全くわからない。
なぜなら、妹は公務員ではなく、喫茶店で働いていたからだ。
今は子供の世話があって仕事を辞めてしまったが、喫茶店のオーナーは、復帰するならいつでもおいでと言ってくれているらしく、妹もいつか戻ると言っていた。
いつからこんなに差がうまれてしまったんだろう。
自分が何のこだわりもなく生きてきたからこそ、こんな適当な人生になってしまって、この歳になっても独り身なのか。
相手に結婚を匂わせてみても、なかなか話しを切りだして来ないため、出来れば別の人と出会って、結婚したいところだ。
だが、そういう話を相手にすると、自分がいないと生きていけないとか、寂しいとか、そういうことを言われる。
だから何だと言ってしまえばそこまでなのだが、心が弱いというか、1人にしてしまったらどうなるか分からない人のため、見捨てることも出来ずにいる。
自分がそこまで相手を支えてきたのかと聞かれると、支えている心算なんて全くないのだが、聞いたところによると、一度相手が落ち込んでいる様子だったため、メールでちょっと励ましたというか、喝を入れたことがあって、それが嬉しかったようだ。
あれくらいでか、と思ったが、本人がそう言っていたため、そういうことにしておく。
しかし、ある程度の歳だというのに、貯蓄もほとんどないというのはどういうことだ。
気前よく金を出すのが良いのだが、将来のことを考えて少しくらい貯めておいてくれても良いのではないか。
自分の方が働いている期間が短いのに、貯蓄額が多いってどういうことだ。
まあそれはいいとして、妹の旦那はとても明るい人だ。
それに、自分や妹と違ってよく喋る。
両親は面白い人だと言っているし、ご飯も美味しそうに食べるし、子供たちも何かあるとすぐに頼りにしている。
仕事で忙しいだろうに、出来る限り実家にも帰っているし、こちらの実家にも来てくれているから、親も安心している。
孫の顔を見せると、親も嬉しそうにしているし、妹は妹で母親だなぁ、と思う仕草を見せる。
自分だけが何も知らない、そんな世界にいるような気分にもなる。
だが、妹の子供たちも自分に懐いてくれているため、悪い感じはしないが、それでも早く子供を産んで、妹のように家で過ごしたい。
「お姉ちゃん、靴屋さんね」
「はいはい、靴屋さんね」
自分が小さい頃に着ていた、子供用のドレスを着せてもらっていた姪は、ひらひらとお姫様のように身体を回しながら、今見るとちゃっちぃ感じのキラキラした靴を並べる。
リビングを出て、すぐに笑顔で入ってくると、靴をくださいと言ってくる。
お店屋さんごっこをしたいらしく、それなりに対応をする。
「いらっしゃいませ、どのような靴をお探しですか?」
「これ、欲しい」
「こちらですね。サイズはどうですか?」
「ぴったり」
「あら、ぴったりですか。とてもお似合いですよ。こちらでよろしいですか?」
「はい」
「お出かけですか?」
「お出かけするの」
お金を払う仕草をすると、姪はキラキラの靴を履いてリビングを出る。
こちらに手を振りながら。
そしてすぐにまた戻ってくると、履いていた靴を脱いでまた並べ、もう一回というものだから、また同じことを繰り返す。
何度目かになるとさすがに疲れてきて、閉店セールですよと言ってみたけど、意味がなかった。
それでも可愛いな、子供欲しいな、と思っていることなんて、きっと誰にも分からないだろうけど。
今はアパートで独り暮らしをしている。
家に帰ってテレビをつけると、録画していたドラマの再放送を流す。
少しお腹が空いたから、何かないかと冷蔵庫を探してみるが何もなく、明日何か買ってこないと、と冷蔵庫を閉じた。
相手は子供を作るつもりがあるのかないのか、分からない。
身体を重ねたことだって当然あるし、妊娠するかな、というタイミングに寝たこともあるのだが、妊娠していなかった。
ああ、子供って簡単には出来ないんだな、と思った瞬間は、多々あった。
確かに、回数から考えてみれば、そんなんじゃ妊娠しないよ、という回数なのかもしれないが、相手の仕事のことも考えて、無理に一緒にいようとはしていないし、疲れている時や、相手が乗ってこないときは無理にしないことにしている。
高齢出産になるのかな、とか、妊娠出来ないで終わるのかな、とは、色々な感情が巡り巡って、時々1人で泣いたりもする。
こんなはずじゃなかったのに、と。
自分だって、妹のように、今頃は幸せな家庭を作っていて、子供だっていて。
現実は全く逆を行っているけど、焦っていないわけではない。
でも、結婚したいとか、子供がほしいとか、そういうことも言えないでいる。
「はあ・・・。呑気な人」
男はどうか知らないが、女にはそれなりに身体の限度っていうものがあって、出来れば早めに子供を産んでおきたいものだ。
それを後回しにされるなんて、子供が欲しくないということなのか、それとも自分を大事に思っていないということなのか。
色々と考えていたら面倒になってきて、スマホと財布だけもって家を出た。
学生が手を繋いでいて、初々しいな、と思ったり、拙い歩き方をしている子供を見て、可愛いな、と思ったり。
年配の夫婦が寄り添って歩いているのを見て、ああいう夫婦になりたいな、と思ったり。
趣味の服が見つかったが、自分に当ててみると、実年齢と顔と服が合っていないことに気付き、そっと戻す。
温かいものでも飲もうかと店に入るが、どこもいっぱいで、待つのも面倒なため、店を出て別の場所を探す。
寒くなってきたと思ってはいたが、そろそろクリスマスの時期だ。
クリスマスケーキの見本や、チキン、お寿司なんかもあって、プレゼントもクリスマス用になっている。
サンタクロースがプレゼントを持ってソリに乗っているぬいぐるみがあって、それが欲しいと泣いている子供がいた。
年が明けるころ、自分はまだ1人だ。
人通りの少ない道を歩いていると、誰もいないような路地裏の細い道を見つけ、興味本意で入ってみることにした。
人見知りなところもあるからか、人込みはあまり好きではない。
こういう狭くて1人でいられるような場所が好きだと思って歩いていると、ぼう、と何かの灯りが見えた。
何の灯りだろうと思って近づいてみると、そこは小さな居酒屋だった。
「こんなところに居酒屋?」
ひっそりと、こっそりとそこにある居酒屋は、入るにはなかなか勇気が必要だ。
中からも声が聞こえてこないし、灯りが点いてはいるが、本当にやっているのかさえ怪しいところだ。
「どうしようかな」
迷っていると、中からカチャ、と何かの音が聞こえてきた。
誰かいるということは分かって、静かに戸を開けて挨拶をする。
「失礼します・・・」
「いらっしゃいませ。どうぞ、お座り下さい」
そこにいた男は、青い目に紫の髪をした、綺麗な顔の若い男だった。
促された、1つしかないカウンター席に案内されてそこに座れば、男は何を飲むかと聞いてきたので、3%くらいの弱いお酒を頼んだ。
それから軽く何か食べたいと言えば、ナポリタンでも中華でも、おにぎりでも作れると言われたため、おにぎりを頼んだ。
こんなところで頼むのはどうかとも思ったが、男は優しく微笑んで快く承諾してくれた。
「美味しい」
小さく握られたおにぎりが2つならび、1つには明太子、1つにはおかかが入っていた。
「こんな時間にお1人で、どうなされたんですか?」
「・・・いえ、なんだか、色々考えていたら疲れてしまって。気分転換に歩いていたら、ここを見つけたんです」
「そうでしたか。甘い物はお好きですか?」
「はい」
男はぜんざいを用意してくれた。
小さい頃は苦手だったアンコだが、この歳になるとアンコが大好きになってしまった。
絶妙な甘さのアンコに、もちもちしている白玉も入っていて、なんだかホッとする。
会話をしない時間が過ぎて行くが、口の中に広がる甘さと温かさに、なぜだか涙が出てしまいそうになった。
すると、男が口角をあげてこう話してきた。
「よろしかったら、話しを聞きますよ?」
他人だからこそ話せることがあって、妹のことや、子供のこと、結婚のこと、色々と男に話した。
すると男は、一枚の真っ白い紙を出してきて、不思議なことを言った。
「寿命屋というものを営んでおりまして。こちらにご自身のお名前と、死にたい年齢を書いていただければ、苦しまずに逝くことが出来ます」
「寿命、屋・・・?」
その紙をじっと眺めているうちに、自分の中で何かが弾けてしまった。
ペンを受け取って書こうとしたとき、男が忠告だと言って口を開く。
「訂正はききませんので、慎重にお考えください」
「わかりました」
「それから、寿命よりも長い寿命を書かれてしまった場合、その差分の寿命をとるキマリとなっておりますので、ご注意を」
「はい」
「それともうひとつ」
男の話を聞きながらも、名前を書いていた。
「ご自身以外の寿命はとれませんので、ご了承ください」
名前と年齢を書いて、そこに自分の血を垂らして、男に渡した。
なんだかすっきりして、店を出て行った。
女性が店から出て行ったのを見届けると、ノアは落ちている女性の髪の毛を拾い、名前のところに貼る。
だが、それをただ眺めているだけで、一向に飲みこもうとはしなかった。
「・・・・・・」
あれからすでに、半年が経過しようとしていた。
私自身はもちろん、妹も元気にしている。
だからこそ、私には不思議で仕方なかった。
「やっぱり、冗談だったのかな」
以前出会った居酒屋で、私は白い紙にちゃんと名前を書いた。
”ユウコ“と、迷わずに書いた。
私には、ユウコという可愛い妹がいる。
「ヨウコ姉ちゃん、遊ぼう」
私とユウコは、一卵性の双子である。
だから、他人からしてみれば、同じ顔、同じ身体、全てが同じものが二つそこにあるだけのはずだ。
初めて会ったあの男に、自分がユウコなのかヨウコなのか、そんなことわかるわけがない。
血だって、同じものが入っているんだから、調べたってわかるわけがないのだ。
だから嘘を書いたというのに、どういうわけか、妹は今もこうして元気だ。
どうしてなのか聞こうと思って、あの居酒屋があった場所に行ってみたけど、そこにはただの廃墟のような店があっただけ。
夜になってから探してみても、見つけられなかった。
騙されたのかと思って、諦めることにした。
それから何事もなく過ごしていたヨウコだが、ある日、突然くらっと眩暈がしたかと思うと、そのまま倒れてしまった。
偶然なのか、妹も同じころ、眩暈で倒れてしまったという。
双子というのは、こういうところも似ているのかという話になったが、身体が何かによって蝕まれていることを、このときまだ、誰も知らない。
「やれやれ。姉妹揃って、互いの不幸を望むとは、なんとも哀れな愛だな」
ある男の手元には、2枚の白い紙があった。
1枚にはユウコと書かれており、もう1枚にはヨウコと書かれていた。
そこに書かれている年齢は、多少異なっていた。
男はここでようやく、2枚の紙を一気に口に放り込んだ。
「折角なら、姉妹揃って仲良く逝かせてやろう。それが、神の慈悲というものだ」
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