第3話欲望


シレンシオ

欲望



 最良なる未来の予言者は、過去なり。


           バイロン






































 第三屋【欲望】




























 「だって、私のパパお金持ってるし。お小遣い沢山もらえるのよね」


 良い歳の女性が、仕事もせずに父親の金で生活をしている。


 そんな女性をテレビが取りあげ、タレントとしても活躍出来ているその女性に、一体どのくらいの価値があるというのか。


 苦労も知らない子供が、自分よりも下の人間の生活を見下して楽しげに話すのだ。


 そんな女性の1人でもある、アンネ。


 「ねえ、今度パパが寄付してる病院の医者と合コンセッティングしたんだけど、来ない?イケメンいるわよ」


 「えー、結婚してるんじゃないの?」


 「してないって。それに、してたとしても、略奪しちゃえばいいじゃん」


 アンネの周りにも、ごく普通に仕事をしている女性たちがいる。


 アンネからしてみれば、どうして働いているのかさっぱり理解できない。


 なぜなら、アンネの家には腐るほどの金があるから。


 自分は選ばれた人間なのだと、大して美人でもないのに化粧で塗りたくって、ただちょっと注目されたくらいでテレビにも出て、誰がそんなもの見たいというのか。


 世間一般から離れた意見や生活などを聞かされても、どうしようもないというのに。


 そんなこと知らないアンネは、合コンで会う予定の男性陣の写真を、その女性たちにも自慢気に見せる。


 まるで、自分の力で誘ったのだ、と言いたげな様子で。


 「でもごめん。その日夜勤で行けないや」


 「えー!休んじゃえばいいじゃん」


 「そうはいかないよ。別の人誘って」


 「瞳は?」


 「私もやめとく。予定あるから。ごめんね」


 「なんだ。つまんないの。そんなこと言って、後悔しても知らないからね」


 アンネが立ち去ったあと、女性たちはこんな会話をしていた。


 「だって、アンネと一緒に行くと、ねえ?」


 「結局自分のことしか考えてないんだもん。いつもいつもアンネ、自分の周りにだけイケメン連れて行っちゃうし」


 「それに、会計のとき、払う心算全然ないじゃん。そりゃ男性陣が払うとこかもしれないけどさ」


 「つまんないし、アンネと行きたくないよね」


 「うん。うちらはうちらで別に行こう」


 そんなこと知らず、アンネはルンルンと鼻歌を歌いながら買い物をしていた。


 現金が無くなるまで買い物をして、現金がなくなってもカードを持っているため、それで買い物を済ませる。


 お昼を食べるために、どこで食べようかと探していると、行列が出来ている店を見つけ、アンネも同じように並ぶ。


 かれこれ20分ほどで入れたのだが、そこはファミリー層が多いピザがメインの店だった。


 アンネは窓側の席に案内され座ると、メニューを見てため息を吐く。


 「ワイン置いてないんだ。それに、安そうなピザばっかり」


 文句を言いながらも、適当にピザを選んで注文を済ませる。


 待っている間、スマホをいじって、合コンで会う予定の男性陣の中でも、アンネが狙っている一番イケメンと思われる男性に連絡を取っていた。


 可愛らしい絵文字を沢山使って送っていると、斜めの席に座っている子供が、口や洋服に沢山汚れをつけながら歩きまわっているのを見つけた。


 折角買った洋服や、自分の服が汚されたらたまらないと、袋を奥に置き直して、席も奥側に移動した。


 子供はすぐに親に連れられて席に着くが、それを見ていたアンネは、そのことをすぐにSNSにあげていた。


 こんな子供がいて迷惑だ、と。


 ピザがテーブルの上に並ぶと、それも写真を撮ってアップし、自分がピザを食べようとしているところも撮った。


 どうしてそんなに自分や食べ物を撮りたいのかは理解しかねるところだが、アンネは満足そうにしていた。


 それからピザをのんびり食べているが、なかなか男性から返事が来ないため、もう一度適当な文章を送ってみる。


 結局、返事が来たのは2時間後だったのだが、アンネは男性に先程撮ったピザとのツーショットの写真を送った。


 肌が白く、そして目も大きく可愛くなるように加工してあるが。


 可愛いね、と明らかにお世辞の文章なのだが、アンネは真に受けて大喜びする。


 今度2人で食事でもしましょう、と送れば、そうだね、とだけ返事が来た。


 合コン前にこうして連絡を取るのは、アンネからしてみれば珍しいことではない。


 なぜなら、合コンをセッティングするときにはもう相手の連絡先を知っているというか、調べてもらっているから。


 合コン当日になると、アンネはいつも以上に気合いを入れていた。


 まるでパーティーかのようなスリットの入ったドレスに、ダイヤのネックレス、ピアスまでつけて爪も派手になっている。


 髪の毛も豪華にしてもらい、いざ出陣。


 アンネの格好を見て、周りの女性たちも男性たちも驚いた顔をしていたが、アンネからしてみると、それほど自分が注目されているのだと勘違いしていた。


 目当ての男性の隣を早速ゲットすると、そのまま席にも着いて、ワインを飲みたいと甘えるように近づく。


 飲み物が一通り行きわたれば乾杯をし、その後運ばれてくる料理も、色とりどりで見栄えが良い。


 アンネは男性にべったりかと思いきや、他の男性にもちょっかいを出しながら、あちこち行き来していた。


 合コンが終わって二次会に誘うが、みな明日仕事があるからと断られてしまった。


 目当ての男性にも声をかけるが、明日は当直のため今日はもう帰るとのことだった。


 それでもアンネはフラフラとしつつ、まだ飲み足りない感じもして、良い感じの店は無いかと探していた。


 行きつけのバーは定休日になっているし、他のバーは味がいまいちだったため、二度といかないと決めたのだ。


 そんな時、アンネと同じようにフラフラしながらも楽しそうにしているサラリーマンがいた。


 数人の友人なのか仕事仲間なのか、とにかく楽しそうに笑顔で足元をふらつかせながら、次はあそこに行こう、いや、帰った方が良いなどと、そういう会話も楽しそうだ。


 ふと、目の前に綺麗な紫の髪をした人がいて、体格から男性と分かったため、アンネは声をかけた。


 「ねえ、あなた」


 「はい?」


 ぽんぽんと肩を叩かれたため、男はアンネの方を振り返る。


 男の目は青く、色白で男性にしては、いや、男性にしても女性にしても、綺麗な顔をしていた。


 「あら、良い男。ねえ、どこか一緒に飲みにいかない?1人で寂しいのよ」


 「すみません。僕、飲めないので」


 「そうなの?なら、ちょっとどこか付き合ってよ」


 腕を脇に刷り込ませてきたかと思うと、そのまま指先を絡めてきた。


 まるで恋人繋ぎをしている形となったが、男は嫌そうな顔はせずに、アンネに笑顔を向けてきた。


 「よろしければ、僕のやっている居酒屋にいらっしゃいませんか?狭いところですけど、ゆっくり出来ると思いますよ」


 「お店やってるの?いいわ。連れて行って頂戴」


 本当は、居酒屋など趣味ではなかったのだが、男があまりにも綺麗に笑うものだから、アンネはついOKしてしまった。


 とはいえ、オヤジどもがいる汚いところだったら、という思いも消えてはいなかったが、そのときはすぐに帰ろうと考えていた。


 男が連れてきた場所は、本当に狭くてこじんまりとした店だった。


 席はカウンター前に1つだけだが、思っていたよりは綺麗だ。


 「何を飲まれますか?」


 「そうねぇ。カクテルなんて用意出来る?」


 「勿論です」


 酒は色々準備してあるらしく、アンネの前に洒落た色のカクテルが出された。


 それは何かと聞いてみるが、男は微笑むばかりで教えてくれなかった。


 アンネは自分のことを教えると、男はノアという名前であることだけ、教えてくれた。


 先程会ったばかりの医者も良い男ではあったが、こういう雰囲気の男も嫌いではない、というよりむしろタイプだ。


 自分に見合う、そんな男。


 まあ、金は無さそうだが、金なら自分が持っているからいいか、と思っていた。


 「何か召し上がれますか?」


 「何が出来るの?」


 「なんでもどうぞ」


 「・・・じゃあ、白ワインに合うもの、くださる?」


 そう言うと、アンネのもとにフランスの白ワインが並び、それを一口運ぶ頃には、すでにフィンデュとアヒ―ジョが出された。


 「ん、美味しい」


 「それは良かったです」


 「ねえ、あなたは独身?彼女はいないの?どうしてこんなところでこんなお店をやっているの?歳は?」


 矢継ぎ早に聞かれる質問に、ノアは小さく笑っていた。


 「笑って誤魔化さないで。あなた良い男だもん。絶対見逃すわけないじゃない?」


 「そんなことありませんよ」


 「いいえ、絶対ないわ。それに、綺麗な髪ね。それ、染めてるの?」


 「いいえ」


 「じゃあ、もとからその色なの!?」


 「そんなことより、アンネさんはどうなんです?」


 逆に、今度はノアからの質問だった。


 アンネは自分の親のことや、ついさっきまで合コンをしていたこと、そこに目当ての男がいることも言った。


 だがどうしてなのか、いつも男性からの連絡が途絶えてしまって、気付けば周りの女性は結婚しているのに、アンネだけ独り身となってしまっている。


 どうして自分は結婚が出来ないのか納得がいかないと文句を言っていると、ノアは笑みを崩さぬまま言う。


 「実は、寿命屋、というものも営んでおりまして」


 「寿命屋?なにそれ?どういうお店?」


 「いえ、お店というわけではなく、人生に疲れてしまった方、早く消えてしまいたいという方に、ご希望の寿命をさしあげる、ということをしております」


 「え!なにそれ!私もやりたい!!」


 趣旨を理解していないようにも思えたが、それはそれで都合が良いと、ノアは一枚の真っ白い紙を渡す。


 「こちらに名前とご希望の年齢を書いていただくだけです。年齢のところには、こちらで少しだけ血をつけていただきたいのです」


 「ちょっと痛そうだけど、面白そうね」


 「・・・訂正は聞きませんので、慎重に書かれた方がよろしいかと」


 アンネは白い紙に迷わず名前を書くと、その下あたりには少し考えてから、ある数字を記した。


 そしてそこにぷつ、と小さな穴を開けて血をぬりつけると、その紙を笑顔でノアに渡した。


 ニコニコと、嬉しそうにしながら待っていたアンネに、白い紙に書かれた名前と年齢を見たノアは、口角を少し上げた。


 そして、どこで拾ったかは分からないが、アンネのものと思われる髪の毛をアンネの名前のところに貼りつけると、アンネに向かってこう告げる。


 「申し訳ありませんが、こちらは無効となってしまいます」


 ノアの言葉に、アンネは驚いたような顔を見せる。


 「え、なんで?だって、希望の年齢を書いただけよ?なんでダメなの?出来るって言ったじゃない」


 「僕が申し上げたのは、“短くすることは可能です”という意味です。残念ながら、あなたはこの年齢まで生きることはありませんので、無効となってしまいます。いえ、もっというと、自分の寿命を伸ばそうとしたので、差し引きの寿命分、短くさせていただくことになります」


 「ちょっと!!!話じゃ違うじゃない!!こんなの詐欺よ!!パパに言いつけてやるから!!」


 バンッ、と強くテーブルと叩いて立ち上がったアンネは、ノアを睨みつける。


 しかし、ノアは平然としたまま、笑みを向けている。


 「勝手に誤解されたのはあなたです。誰しも寿命も伸ばせるなら、誰も苦労しません」


 「だからって!!なら、それは無しよ!もとの寿命のままでいいわ!!」


 「先程申し上げました通り、訂正はききません。ですから、慎重に、と申し上げたはずですが」


 「信じられない・・・!!あんたのこと調べて、こんな店すぐに潰してやるわ!!」


 「あなたは勘違いなされているようですので、言っておきます」


 「何がよ!?」


 「あなたはこの世に置いて、誰よりも不要な存在なのですよ。それはご理解されておりますか?」


 「どういうこと?!」


 「あなたの御父上は、さぞかし素晴らしい仕事人間なのでしょうね。しかし、あなたは何もしていません。汗水たらす苦労も知らない、世間知らずの大した美人でもない、しょうもない女性、ということです。金を撒き散らして男漁りしていても、誰もあなたには魅力を感じないことでしょう」


 「な・・・」


 「生きることが辛いと感じる人間は、それだけ懸命に生きているということ。明日が来なければ良いと思う人間は、それだけ苦しみながら生きているということ。それでもたった1つの愉しみや、何かの為に生きている。それが分からないあなたには、ただ生きるという大変さが分からないのでしょうね」


 そう言うと、ノアは目を見開き、それと同時にアンネは何かにとり憑かれたように、急に意識を手放してしまった。


 ノアはカツラを取ると、手に持っている紙を口に詰め込む。


 「他人が楽しそうに見えているなら、とんだ勘違いだ。これほど窮屈な世界で、ただ生きるためだけに苦しんでいる人間が、何よりも美しく輝くものだ」








 「アンネ、アンネ」


 「ん?あれ?」


 「おお、やっと起きたか。お前、飲みすぎじゃないか?飲み屋の前で倒れてたらしいぞ」


 「え?いてて・・・」


 「良かったな。誘拐でもされたんじゃないかって心配してたんだ。親切な人が連絡してくれたらしくて」


 「あ!そうだ、お父さん聞いてよ!!あれ?えっと、なんだっけ・・・」


 「どうかしたのか?」


 「何か言おうと思ったんだけど、何だっけ?忘れちゃった」


 「まあいい。今日はゆっくりしていなさい。顔色も悪いし、酒のせいか、急に老けた感じもするぞ」


 「えー、やだなー」








 香ばしい香りを漂わせ、美味しそうなものが焼き上がった。


 それを口に頬張りながら、男は至極満足気に微笑む。


 「美味な灯だ」


 そしてまた、静かに店の灯りが灯る。


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