第20話 異世界特有
「と、いうことなんですが、どうなんでしょうか!? 私ってピンチなんですか、ディース様!」
「朝から鬱陶しいぞ、この駄犬!」
朝からディースの部屋は賑やかだった。涙目でディースの腰に縋りつくパウは、振り払われようとするも必死にしがみつく。
「お前がどうなったところで僕は構わないが、一応はそうならない予定だった。何処かの、誰かが、特殊な性癖さえしていなければな!」
「あ、あ、あぁ〜」
ディースはデコピン三連発を繰り出すが、パウは意に返さない。それどころか、風呂に浸かった時のような声を出していた。
昨日、ディースはとにかくパウの受け身の姿勢が気に入らなくて矯正した。
人格否定、思考誘導、スクロール商戦やイメージ操作の絡繰り、ついでに土属性による物理防御力補正とはどういうものなのか、とにかく思いつく限り叩き込んだ。
その結果、いくらか自主性を持たせることができたようだが、面倒臭さも増してしまった。その使用人にあるまじき醜態に、メリルも額に手を添えている。
「お前はそのグノとやらに、僕がお前にやったことをそのまま伝えれば済む話だった。身の心配をされていることからして、どうせお前しか喜ばないような解釈を交えて伝えたんだろう」
「そんなこと……はい、そうですぅ」
「自業自得だな。お前がどうなるかは、グノが周りにどういう風に話をするかで決まる。まぁ、どっちに転んでも問題ないんじゃないか? お前からしてみればむしろ美味しい展開なんだろ?」
「相手によるんですよぉ!! ディース様以外の人からは普通に嫌です!」
「チッ……いい加減、離せッ」
「痛っ!」
頭にげんこつを落とされると、パウは大げさに頭を抱えてようやく離れた。
たいして痛くないことは分かっている。レベル上げをさせられていたパウに、レベルが無いにも等しいディースはダメージらしいダメージを与えられない。
「今からでも遅くはないだろう。お前は僕に弱みを握られて、嫌々専属にさせられたと言う体を装え。メリルも、伝てを使って噂を広めておけ。いいな?」
「え……」
「……はい」
パウの反応は分からなくないにしても、ディースはメリルの歯切れの悪さに眉を歪める。ムロディールと教会を非難した時のことが頭をよぎった。
「余計なことを考えているんじゃないだろうな。元々そういう予定だっただろうが」
「……パウさんが加わったことによって、何かしら別の方法を取れたりはしないのでしょうか」
「無い。今も変わらずこれが最善だ。つまらない感情に振り回されて、これ以上問題を起こしてくれるなよ」
ディースは吐き捨てるように会話を切り上げると、横入りさせないように昨日の続きにとり掛かった。
仕方なく始めたパウの再教育だが、これが意外と収穫のあるものになった。
まず言葉に関して。
元の世界の独特の言い回し、ことわざの類が普通に伝わる。文字は筆記体のアルファベットに似たようなものだし、そもそも世界が違うのでどうかと思ったが問題は無いようだ。
ゲーム制作会社がそこまで作り込んでいたとは思えないので、やはり何者かの調整が入っているのかもしれない。
それと魔力について、とても重要な進展があった。
ディースはまだ魔力操作に難儀する段階だが、どうやら魔力を感知することにかけてはかなり敏感らしい。そのおかげで仮説ではあるが、レベルアップによってステータスが上昇するメカニズムが分かった。
先程のようにディースがパウに攻撃を加えると、その周囲にはディースとパウの魔力が混じり合った魔力の粒が発生する。そうして出来上がった魔力の粒は、磁石に吸い寄せられるようにディースとパウの身体に取り込まれていくのだ。
量が少ないため効果が実感できたわけではないが、ディースはこの時、異なる魔力因子がファンタジー特有の不自然な強さを生み出すのだと直感した。
もはやゲームと言うものに馴染みすぎてレベルアップに違和感を抱かなくなって久しいが、人間の成長とは時間が掛かるものだ。間違っても、戦いに勝利してすぐさま身体能力が上がることはない。
それを可能にしているのは、やはり魔力なのだ。この世界の人間たちと言えど、元から破格の身体能力を有しているわけではない。鍛えて初めて、とんでもない動きができるようになっていくのだ。
そしてその傾向は、戦いに身を置いている者に顕著に表れることからして、ディースの仮説はあながち間違ってはいないと考えていた。
また、この一連の流れは、ディースにとある可能性を示唆する。
それは、レベルを上げるのに、必ずしも敵を殺す必要はないと言うこと。
『リベレーターズ・ストーリー』では雑魚敵をいくら倒したところでレベルアップできなかったが、それはこのレベルアップの原理を考えれば当然で、逆に言えば、ディースの魔力に何らかの影響を与えられる相手ならば、そいつと戦っているだけで一定の強さに至れることになる。
ディースは獲物を定めるが如く目を細めた。その先では勉強中のパウがぶるりと身体を震わせる。
「なにか悪寒がしましゅ!」
「気のせいだろう。馬鹿が風邪をひくはずがないのだからな」
「アイタッ」
集中力を切らしたパウに再びデコピンを見舞うディース。
パウ・テスタラ。この、思いもしなかった最後の収穫物について考えを巡らせた。
パウはデコピンをくらう際、目を閉じるのが遅い。これは鈍いということではなく、自分を害するかもしれない攻撃を最後までしっかり見ているということだ。
目を閉じるのは無意識のことであり、反射的なもの。それを自分でコントロールできているパウは、タンクとしての可能性を秘めていた。
実家から見限られるぐらいだから、戦っている姿を確認しないことには何とも言えないが、パウのレベルが上がればディースの継続的なレベルアップにも繋がる。
モンスターや敵と戦えない現状、パウは貴重な経験値になり得るのだ。
今日も世界への見識を深めながら調教は進み、休憩時。
メリルがディースに話しかける。
「ディース様。ドルイア様が会いたいと仰っておりました。できれば早い内に面会して頂けるとありがたいのですが」
「母上が? ……分かった」
家族大好きアピールしているディースに、この手の願いは断れない。しかし、できれば会いたくなかった。単純に時間が勿体ないからだ。そんなことをしている暇があるなら、パウを甚振っていた方が余程有意義だった。
だが、どうせ避けて通れないなら有効活用したいと考えていると、心配そうな顔をしたパウがメリルに問いかける。
「メ、メリルさん。私の話はしてもらえましたかぁ? 駄目って言われなかったでしょうか」
「まだパウさんのご実家に要請を送る前なので言っておりませんでしたが、ドルイア様からは許可を頂きました。ですので大丈夫ですよ」
「本当ですか!? よ、良かったぁ……」
この会話を聞いたディースは、一石二鳥にも三鳥にもなる、とても良いことを思いついた。
「母上も苦渋の決断だっただろうな。どうせ一悶着あったんだろう?」
「まぁその……はい」
「えぇッ、そうなんですか!?」
「むしろ何故普通に受け入れられると思った。意見を押し通したメリルに感謝するんだな」
ディースは一度会話を切ると、提案を持ちかける。
「母上も実物を見ないことには安心できないだろう。負担を軽減するためにも、面会とパウの顔見せは同時に行う」
「それは……。ディース様、お言葉ですが親子水入らずという訳には参りませんか。先日の事件から、ドルイア様はとても心配しておられたので……」
「言いたいことは分かる。だが、変わり果てた自分の子供など、すぐに受け入れられるものではないだろう。今回は軽めにして、少しずつ慣らしていくべきだ」
「……承知いたしました」
沢山の言葉を飲み込んだことが丸分かりなメリルが引き下がる。ディースはそんなメリルについでとばかりに聞いた。
「それよりメリル。母上は何の病に罹っている? そんなことも知らないまま会うことはできないぞ」
「それは……」
「もう一年以上か。それだけ時間が掛かっているなら、重い病なのはただの子供だって分かる。どうせお前が言わなくてもそこらの使用人に吐かせれば分かることだ。隠し通せるものでもないからな。僕は大丈夫だから、言え」
口ごもるメリルを強引に促す。やがて観念したメリルは、ついにその病名を明かした。
「…………ドルイア様は、魔力障害に罹っております。ご説明は必要ですか?」
「そうだな、一応聞いておこうか。程度の問題もあるしな」
「畏まりました」
それはディースにとって既知のものだった。
ゲームの本編、サブクエスト、サブヒロインにがっつり関わっていたからだ。そんなディースからすれば、魔力障害と聞いて『お前もか』という感想しか出てこない。
『リベレーターズ・ストーリー』で最初に仲間になるサブヒロイン。小っこい男爵令嬢ビーチ・アトリクトの母親もまた、魔力障害に罹っていた。
ビーチはそんな母親を助けるため、どこで聞いたのか特効薬の材料を求めていた。入手困難とされるソレを確保するために、身分を隠して冒険者ギルドに訪れて主人公アルスと出会うことになる。
ただ、本編を進めていただけでは魔力障害の詳細までは明らかにされないため、ディースは補完する意味合いで説明を聞いた。
「魔力障害とは、何らかの原因で身体の特定箇所に魔力が行き届かなくなる病気のことです。魔力は、お臍近くにある内臓の一つ、『魔臓』を中心にして循環しておりますが、その関係上、問題が発生した部分次第では命に関わります。ドルイア様の場合は、魔力障害の起きた部分が運悪く魔臓の下辺りだったため、下半身の広い範囲に悪影響が出ております」
「……続けろ」
メリルにディースの反応を窺う素振りが見られたので更に先を促す。
「患った箇所が太かったため、完全に魔力の流れが遮断されているわけではありません。ですが状況は悪くなる一方で、徐々に下半身に巡る魔力の量が減っていっているそうです。ドルイア様は魔力欠乏と、上半身と下半身との肉体強度の違いにより迂闊な行動が取れなくなっており、このまま回復の兆しがなければ最悪…………」
「分かった。もういい」
メリルが喋れなくなってしまったので止めさせる。知りたいことは知れた。
(治療方法が無いのは、公爵家と言えど同じということがな)
魔力障害は罹る原因が分からなければ、治す方法も分からないという難病扱いだった。しかし突然治ったりすることもあるらしく、人によっては気まぐれな病気と呼んだりする。
ただ、人間は何かにつけて理由を付けたがるもので、いつしかそのランダム性には『魔力障害に罹るのは悪行を積んでいるから』というレッテルが貼られるようになった。ビーチが身分を隠して冒険者ギルドに居たのはその理由が一番大きい。
「母上に会うのは調子が良い日を選んだ方がよさそうだ。いつでもいいから、良い頃合いになったら伝えろ」
「……はい」
「それまでに、こちらもなるべく負担が掛からないようにしないとな。……おい犬。お前のことだぞ、危機感を持て。ここからもっと厳しくいくぞ」
「!?」
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