第16話 現実の罠

「……いいだろう」


「っ、ありがとうございます!!」


「ありがとうございます、ディース様」


 まだ疑わしさが完全に晴れたわけではない。それに、実家からとんでもない無能の烙印を押されてここに来ているような役立たず、ディースとしても招き入れるのは願い下げだ。


 だが、パウの能力に左右されない利用方法の可能性に気づき、今回は許可することにした。


 少なくとも朝の用意ぐらいはできるなら、絵に描いたような駄メイドと言うわけでもないだろう。メリルも擁護していたし、補助程度には使えるはずだ。


「さて……」


 普段通りなら、これからメリルとお勉強の時間だ。文字の読み書きや貴族のマナーなど、煩わしいが覚えなければならないことは多い。


 しかし最優先されるのは強さに繋がることであり、今はそのために知りたいことがあった。


「どちらでも良いが、知っているなら答えろ。先程<回復ヒール>を使ってみたが、魔法陣が出なかった。しかしヘンゼルマンがスキルを使った時は魔法陣が出ていたな? これらの違いはなんだ」


「うぇ!? スキル使ったんですか!?」


「ディース様、お身体は大丈夫でしょうか」


 ディースの問いに、あからさまに驚くパウと少々心配そうなメリル。当たり前だが、魔力を使用する危険さは知れ渡っているようだ。


「うるさいぞ、犬。魔力消費のことを言っているなら問題ない。それで?」


「そうですか、失礼致しました。魔法陣が現れるかどうかは、先天的な才能によって覚えたものか、後天的な手段によって取得したかによって変わることが分かっています。ディース様は才能によって<回復>を覚えたので魔法陣が現れず、ヘンゼルマン様はスクロールを使って習得なされたと聞いているので、魔法陣が現れたのでしょう」


「スクロールか……」


 スクロールは使うことで対象のスキルを覚えられるアイテムだ。これはゲームの中にもあったので知っている。制限はあったが、ある程度キャラクターのカスタマイズ性を出すのにひと役買っていたもので、ディースも使えるものが手に入ったら使用を検討している。


 ただ、魔法陣に関してはゲームの中で人型の敵だけでなく、モンスターがスキルを使う時も出ていたので、この仕様は独自のものだろう。相変わらず嫌がらせには余念がないようだ。


「そうか。では、自力で覚えたスキルは魔法陣が出ないのに、スクロールで覚えたスキルは魔法陣が出るのは何故だ」


「え…………パウさん、分りますか?」


「へ!? す、すみません。そういうものだと思って……。考えたこともないです」


「……考えるまでもない『常識』になっている、か。分かった。メリル、先程後天的な『手段』と言ったが、スクロール以外にも何かあるのか?」


「あ、はい。少々特殊ですが、魔法陣を覚え、自ら描くというものです。ですが、こちらはその習得難易度の高さから、できる方は限られていますね」


「……魔法陣を覚えて、描く?」


「あ、ちなみにですね、一から魔法陣を描ける人のことを魔導師って言います。そして、私みたいにスクロールで覚えたスキルを使う人を魔術士と呼んで、はっきりと区別されてますね。魔導師に魔術士って言うとすっごい怒りますから、気をつけないとダメですよ!」


「言ったことがあるのですか……」


「間違えちゃっただけなんですよぉ。別にあんなに怒らなくても……」


(こいつらは何を言っているんだ……?)


 困惑するディースを置いて雑談が進む。


 メリルの話が事実なら、理論上は誰でも、どんなスキルでも使えると言うことになってしまうではないか。バランス崩壊どころの話じゃない。


 そもそも、それでは順番がおかしくなる。


 先天的な才能によって覚えたスキルは魔法陣が出ない。正解が分からないのに、一体何を元にして魔法陣を描く。


 魔法陣を構成している模様一つひとつにちゃんとした意味があり、解明されていて、きちんとした学術体系が整っているとでもいうのか。


 もしそうなら、魔導師とは知に優れ、絶大なる戦闘能力を有した存在。取り扱いには細心の注意がいる。


 だが考えようによってはディースが強くなるための何かを持っている可能性も高いと言えた。接触する機会も想定すると、情報が欲しいところだ。


「……おいパウ。その口ぶりだと、魔導師とやらに会ったことがあるな? どのような用向きで会った」


「へぁ!? な、名前……いえ、家庭教師でしゅ!」


「家庭、教師……? 魔導師が、なんでそんなことをしている? 一子相伝のための弟子でも探して……いや、お前なんぞ選ばないよな」


「酷い!? 確かに見放されましたけど!」


「パウさん、お顔が……。ディース様、何やら誤解されているようですが、家庭教師は魔導師の方々の代表的な稼ぎ方の一つです。他にもスクロールの製造と販売という方法もございますが、こちらはやはり質にも左右されますので」


「質……? それはまさか、品質のことか? スクロールに、品質があると言っているのか」


「な、何かおかしなところがあったでしょうか……?」


 パウの方に目線をやり若干狼狽え始めるメリル。大きな食い違いが発生していた。


 しかし二人の様子を見るに、変なことを言っているのはディースの方なのだろう。ゲームではスクロールで覚えられるスキルに質の優劣はなかったが、それならそれで納得いく部分もある。ディースはすぐに正しい知識を求めた。


「いや、どうやら僕は間違った覚え方をしていたようだ。これまでは限られた情報の中から推測していくしかなかったからな。スクロール自体は知っていても、その詳細は曖昧だった。これからも同じようなことがあるかもしれないが、そういうことだからあまり気にするな。それで、早速だがスクロールの説明を頼む」


「な、成る程。承知致しました……」


 そこからメリルとパウに教えられたことは衝撃的だった。


 スクロールで覚えたスキル。これは、自力で覚えるスキルの劣化版に過ぎなかった。


 どの程度劣化しているかはそれこそ物によるらしく、場合によっては金と魔力の無駄遣いとも言える結果に終わることもあるらしい。つまり、魔導師が全員正しい魔法陣を把握しているわけでもなければ、まがい物の魔法陣でもスキルが発動するということだ。


 スキル本来の魔法陣が表示されないだけで、ここまで影響を及ぼしていることに危機感を募らせる。しかも、話はこれだけで終わらなかった。


「……では、スクロールを使って覚えたスキルを、自力で覚えたスキルが上書きしたという話は無いんだな?」


「私たちが聞く限りでは、ですが」


(地雷じゃねーかッ!!)


 ディースは盛大に顔をしかめる。


 話を聞いていなければ、質の悪いスキルに手を出して取り返しがつかなくなるところだった。


「チッ、せめて身体強化系のスキルは欲しかったが……」


 未練がついつい口から出る。


 しかしバフは貧弱なディースにとって妥協できないものだ。そのうち自然習得することに期待して今は諦めるしかないだろう。


「ディース様、スクロールをお使いになるのでしたら、あと数年程はお待ちください」


 こぼれた独り言にメリルが反応する。まだ何かあるのかとウンザリするディースに案の定な忠告が飛んだ。


「スクロールで覚えたスキルは、魔力消費量が多いと言われています。これはスキルを習得するために対象の魔法陣に<転写ウィリウ>のスキルも組み込まれていて、スキルを使う際にはそちらにも魔力が流れてしまうからです。本命のスキルに関しましても、先程申し上げた通り、製作者によって使う魔力にバラつきがございますので、結果として予想外に多くの魔力を要求されることも少なくありません」


「つまりは何か、最悪の場合は死ぬと」


「はい。ですので、一般的にスクロールを使用するのは、事故死する恐れのない年齢まで成長してからになります。パウさんもそうですよね?」


「はい! 何回も何回も危ないと言われてから覚えさせられましたぁ……」


「はぁ……。なんでそんな欠陥品が平気で出回っているんだ」


 ディースの言葉は呆れから出てしまっただけで、本当に理由が分からないわけではない。これだけ現実に則しているのなら、順当に考えれば容易に想像はつく。


「で、でもスクロールで覚えたスキルにも良いところはあるんですよ? 本当は覚えられないスキルを獲得できる事も勿論そうですけど、ちゃんとしたところで買えば品質は保証されてますし、あとあと、偶に凄いスクロールもあるとかで……」


 だから、そんなことにも気づかないで能天気に食い物にされている馬鹿を見ると苛立ってしょうがなかった。


 ディースの目が冷たく細められる。異変を感じたのか、パウは黙った。


「それが覚えられないスキルだったと何故言える。自分自身、そこまで鍛え上げたわけでもないくせに、よくそんなことが言えるな。やけにスクロールを肯定しているようだが、もしかしてお前の<解毒ニムゲイル>もスクロールによるものか?」


「あ、ち、違うんですッ! 私、騙すとかそんなつまりはッ」


「ディース様っ、その点に関しては私も説明不足でした。どうかパウさんだけを責めるようなことは……」


 慌てて喋り出した二人を、ディースは手を上げて遮った。仕えるためのアピールポイントに<解毒>を出していたために焦ったのだろう。


 しかしあの時点で考えに相違があったことは誰にも分からないことであり、そこに怒りを抱く程ディースは狭量ではない。


「覚えるかも分からないスキルのために、自らを鍛え続けるのが難しいことは理解できる。スクロールを使ったのも、お前の意思ではなく親の都合によるものだろう。だが、そうやってあったかもしれない未来を奪われておきながら、何故いつまでも事実から目を逸らす? 何故他者に踊らされ続けることを選び、自分で立とうとしないんだ?」


「え、え……?」


 全く要領を得ていない様子のパウに更にイライラを募らせる。


 一周回ってディースの口はひくひくしながら弧を描き始めた。


「ディース様……? な、なんだか怖いのですが!?」


「どうやら骨の髄まで他力本願が根付いているようだな。だから簡単なことにも気づかないのだ、愚か者がッ。経験値検証用のサンドバッグになら使えるかと思ったが、気が変わった。このままでは置いておくだけでストレスが溜まる。故に、目につかないようその性根、叩き潰してやる」

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