第15話 慎重

 不可解な反応だった。


 人に見られながらの食事という、大変不愉快なもの味わった後、部屋に一人になったディースは考える。そこには若干の警戒すら含まれていた。


 ただのモブだと思っていたメイドA。もしかすると、少し注意が必要な人物かもしれない。


 ディースの計算では、一連のやりとりによって充分な精神的ダメージを与えられるはずだった。しかし結果はそうなっていない。どこかでズレが生じていた。


 歴史をひもとけば、身分制度と言う悪法が人々を心から屈服させた事例は無い。権力に驕り高ぶった愚者は、表向きは従っていても、心の中では反発心を抱いている平民たちに滅ぼされるのが世の常だった。


 あのメイドAもその例にもれずディースへの恨みつらみを募らせ、その反応が顔に表れるはずだったのだが、見せた表情はそれらとは全く無縁のもの。予定外もいいところだ。


 だがメイドAの役割はディースが変わったことを周囲に知らしめることであって、それさえ果たせば問題は無い。もし問題になることがあるとすれば、それはメイドAの反応に思惑が含まれていた場合。そしてディースは今回、その問題ある場合に該当すると考えていた。


 メイドAが見せた反応は、一見すると特定の性癖を持った者のソレのように思える。しかしそれは有り得ない。


 だってそうだろう。ディースは五歳だ。例の性癖について、ディースは詳しく知っているわけではないが、その根本は強者に支配されたいと言う欲求から来るものと考えている。


 五歳児に支配されたいと言う成人間近の人間がいるだろうか。いないだろう。どれだけ自尊心が低いんだという話だ。


 所詮ディースは今のところ何の実績も無い、生意気なクソガキに過ぎない。心からの影響を与えられるのはメリルなどの昔から交流がある者だけで、赤の他人を屈服させることはほぼ不可能。故に、日頃から貴族に対して思うところがあるであろう平民ならば反発心を抱くのが当然であった。


 よって、あの反応は性癖からくるものではない。そこでディースが導き出した答えは、媚びを売っている、と言うものだった。


 少々考えづらいが、あのメイドAがとんでもない切れ者で、これまでのディースとのやり取りでその潜在能力の高さを察知していたのだとしたら。


 将来、公爵家の跡取りになると考え、早い内から取り入ろうと画策してのことならば、一応筋は通る。


 狙い通りに行けば、それはそれは甘い蜜を吸えることだろう。誰も見向きもしない大穴だからこそ、天辺を取った時の利益は大きい。平民の身分では決して有り得ない、一生安泰の地位を手にするはずだ。


 実際、ディースもそこまでの大胆な判断力と素早い行動を見せた者を意図的に貶めようとは思わない。それは自らの力で勝ち取った当然の権利であり、役に立つならそれで良いからだ。


 しかし、それはそれでメイドAの高すぎる能力が懸念事項に上がる。ディースの考えている通りなら、ディースはメイドAの策略をその場では見抜けなかったことになる。思いもしない伏兵の可能性が、ディースに迷いを生じさせていた。


 優秀な手駒が手に入るのは歓迎だ。しかし、何を考えているか分からないほどに優秀になってくると、今度は裏切りが怖い。


 考えすぎだと思わなくもないが、準備を怠って後ろから刺されるのは馬鹿のやること。過去の暗愚たちの二の舞いはごめんだ。

「あのオドオドした態度は真意を隠すためのお芝居だったか……? まぁそこはいい。いずれにせよ、今の僕に近づく狙いがあるとしたら、やはり後継者争いにまつわる事ぐらいしかない。妹や弟よりも優秀だと思われている限りは、矛先がこちらに向けられることはない」


 たとえ文明の劣った世界であっても、そこに生きる人間は知識が無いだけで知恵が無いわけではない。一を知れば十を知る天才が必ずどこかにいる。


 それがディースに悪意を剥く世界ならばなおさらだ。身近に爆弾を設置していてもおかしくない。


「チッ」


 出来の悪い頭が恨めしかった。だからこそ、エトナも生き残るために手段を選ぶなと言っていたのだろうが。


 しかし、あのメイドAの頭が良かろうと悪かろうと、他人に擦り寄ることでしか身を立てられないことに変わりはない。あくまでも軸はディースの手にある。


 あのメイドAが時間を置かずに再びディースの前に現れることがあったなら、それはこちら側に加わりたいと言う意思表示となるだろう。その時こそ、どちらが上かはっきりと分からせる。


 自分こそはディース・ドゥアルテ。ただのNPC如きに、負けはしない。




 その後も考えてみたが、メイドAに対して一番の対策となるのは、自分の道を突き進むことだという結論に至ったので、ディースは後回しにしていたスキル検証をすることにした。


 早速<回復ヒール>を唱える。


 スキルの発動は、やろうと思えば身体がそのやり方を教えてくれた。虚空に向けられた手から淡い光が放たれる。


「発動させる対象がいない、必要が無いと言ってスキルが使えないと言うことはない、か。で……早速、問題発生だ」


 ディースが発動させた<回復>は、魔法陣が出なかった。対して、ヘンゼルマンがディースの目の前で<解毒ニムゲイル>、<解析メース>を使った時はどちらも魔法陣が出ていた。


 これらの違いが分からない。


 ゲームの時は遠距離からのスキル、イメージ的には魔法という言葉がしっくりくるものに関しては、全て魔法陣の演出があった。これには回復系や補助系も含まれている。


 これから先、戦っている最中に魔法陣で事前に攻撃を察知できるかどうかで、生きるか死ぬかの分かれ目になることがあるかもしれない。この世界特有の仕様変更。分からないまま放置しておくことはできない事柄だった。


 そして、実際に<回復>を使ってみたわけだが、なんというか魔力を消費した感覚がとても鈍い。


 例えるならば、痺れた脚だろうか。痺れていたとしても、前に進みたいと思えば脚は前に出る。しかし、脚をついた時の感覚は無い。


 どれだけ負荷が掛かっているのかも分からず、加減を間違えれば怪我をして、そして怪我をしたことすらも分からない、そんな感覚。


 とても危険な状態だ。魔力に対する感度が低いのは、MPゲージを隠したままゲームを遊んでいるのと同じ。


 いつ死んでもおかしくない状態を許容できるわけがなかった。


 では、どうやって魔力の感度を上げるかだが、痺れた脚に例えるなら、とにかく動かすことだろう。ほぐして神経と血流の巡りを良くすれば、それだけ早く痺れは治る。


 耐え難い苦痛と引き換えに、だが。


 魔力の消費は、倦怠感を伴った。今は感度が低いし、<回復>の消費魔力量も少ないからまだマシなのだろうが、訓練を続けて感覚が鋭くなる内に苦痛も大きくなるかもしれない。


 戦闘中に気分が悪くなって隙を晒すようでは論外だ。この独特の苦痛に慣れていくことも重要になってくるだろう。


 ちなみに自分自身にも<回復>を使ってみたが、倦怠感が改善することはなかった。そう都合よくは行かないらしい。


 むしろ魔力が更に減ったことで、予想通り強い倦怠感と気持ち悪さに襲われた。やはり魔力は生命に直結していると実感する。


 今度からスキルを使う時は、腹にものが入っていない状態にしてからにしようと決めるディースだった。


 まだ一日は始まったばかりだ。これ以上のスキル行使は行動に支障をきたす恐れがあると感じたので一旦終わりにしておく。


 それでも一刻も早く魔力に通じるために再度瞑想に勤しんでいると、扉がノックされた。入室許可を出すと、少し表情に硬さが見られるメリルが入ってくる。


 ディースの懸念事項と共に。


(来たか……メイドA)


 早い。考え得る限り、最速の再会だ。


 夜番をしていたのだから、休みを返上しての勤務と言うことになる。初動の大切さをよく理解してのことであれば、ますます油断ならない。

 

 目つきを鋭くするディースがメイドAを見極めようとしているように、向こうもディースを見極めようとしているかもしれない。送られる視線に熱がこもっているのは気のせいではないだろう。


 若干頬を染めているのは、自分の見た目を最大限に利用するためか。しかしそんなまやかしはディースに通用しない。


 ディースは座っていた椅子を引き、二人を見やすいように調整すると、腕を組み、脚も組み、尊大に口を開いた。


「あれだけ辱められておきながら再び戻ってくるとは。いい度胸してるな、え、犬?」


「い、ぃ、犬!?」


 相変わらず大げさなリアクション。しかし来ると分かっていれば誤魔化す効果は薄められる。


 ディースは集中して観察する。それでも不自然なところは見当たらなかった。


 ここでメリルがメイドAを擁護するように間に入る。


「ディース様。パウ嬢はテスタラ男爵家のご令嬢です。いくらなんでも犬呼ばわりは……」


「貴族、でなければ、犬呼びでもいいということだな? それなら問題ない、僕からすれば男爵も平民も同じようなものだ。ましてや、正式に叙されているわけでもない娘ともなればな。……何か不満でもあるか、犬?」


「い、犬でしゅ!!」


「だ、そうだ」


 ディースの咄嗟の返しにメリルが眉根を寄せる。その表情は、ディースというよりもメイドA、パウに向けられたもののように感じた。


 しかし、見事なまでの躊躇いなき犬肯定。


 それほど懐が深いのか、もしくは……。ディースは矛先をメリルに変えて探りを入れる。


「メリル、戻ってくるまでの間に、そこの犬と何を話した? いや、お前がペットを買いたくなったのか、そこの犬が自ら飼い主を求めたのか。どちらだ」


 現状、この二人は何かしらを目的として間違いなく手を組んでいる。


 メリルはスプーンの一件時に驚きで声を上げはしたものの、パウを庇い立てするようなことを言わなかった。それはディースの狙いを理解してのことのはず。


 それなのに、さっきは口を挟んできた。この事から、おそらくメリルはパウをこちら側に引き込みたがっている。それは別に構わないが、メリルが自主的に誘ったのか、それともそういう風に誘導されたのか。それが知りたかった。


「最初は私から、ですね……。パウさん」


「はいっ!」


 意味ありげな言い方をした後、メリルはパウを前に出す。その表情は真剣なものに変わっていた。


「ディース様、テスタラ男爵家が長女、パウ・テスタラと申します! 土属性持ちで、<解毒>の他いくつかのスキル、あと、お役に立てるかどうか分かりませんが、守りのスキルも少し使えます! 精一杯お仕えしますので、どうか私をお側に置いてくださいっ!」


「私からもお願い致します。パウさんは後継ぎとなるための教育を受けてきたので、ディース様が必要となさる知識も持っているかと」


「……待て」


 ディースは眉間を揉みながら二人を止める。少し情報を整理する時間が欲しかった。


 パウは貴族だった。それも後継ぎになるべく教育された属性持ちで、<解毒>も覚えているから、もしもの時は自衛も可能。


 家を継がせるのに不安が少ない、優秀なスペックを持つ息女だ。それなのに、ここにいる。


 結論が出たかもしれない。


(こいつ……馬鹿だな?)

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