第14話 駒の意志

 光があれば影が生まれる。それと同じように、属性持ちの華々しい活躍の裏には、人々から見向きもされない陰の部分があった。


 パウ・テスタラも、その陰に呑まれた一人。属性を授かったことによって、人生を翻弄され続けてきた。


 大前提として、属性持ちに求められるものとは何か。それは、戦う力である。


 人間より強い生き物がいくらでもいるこの世界で、人々は安心と安全を求めて強者に救済を願う。属性を持つ者は、その力に希望を持たれ、周囲の圧力によって知らぬ内に人生の進路を決められるようにできていた。


 それでも、大抵の場合は問題にならない。属性持ちが周りよりも戦う力に優れているのは純然たる事実であり、本人も特別な力に酔いしれるからだ。


 しかし、時にはそれに当てはまらない人間も現れる。


「私は、戦う才能が無かったんですぅ」


 ステータスがいくら高くたって、得手不得手はある。


 パウには、戦う上で切っても切り離せないものが欠けていた。


「昔から不器用で、怖くて。それに、土属性で他の人より身体が頑丈だからって、殴られたら痛いんです。ずっと嫌で、でも頑張れって言われて……」


 パウにとって更に良くなかったのは、貴族に生まれたことだ。


 男爵家の希望の星だと散々期待され、もてはやされ、箔をつけるために高額なスクロールまで使われ。後戻りできなかった。


 だが、いつになってもパウは結果を残せず、成人間近になっても一般人にすら勝てないと分かると、全てが反転した。


「属性持ちなのに何もできないって、責められました。その頃にはもう領内の人たちにも私の噂は広まってて、話が違うって婚約の件も無くなって。……少しぐらい家の役に立てって、どこかの貴族家に貰われるために、ここに来ました。属性持ちだったからですかね? ドゥアルテ公爵家もよく受け入れたなって思います。私にしては、頑張りましたかねぇ?」


 ぎこちない、卑屈な笑みだった。その奥には、粘ついたドロドロとしたものが見える。


「私って、何だったんでしょうか。こんなことになるなら、属性なんて欲しくなかった。属性持ってるからって何でもできるわけじゃないんですよ! 私はずっと本でも読んでいたかったッ」


 胸の奥に秘めていた感情が、メリルという相談相手を得たことで溢れ出た。身勝手を言うことも許されず、我慢を強いられてきた苦しみは相当なものだろう。


 しかしパウの事情と想いを全てぶつけられたメリルはというと、とてもドライだった。


「成る程……」


 パウの話はメリルからすれば、同じ女性として思うところはあれど、特段変わった話ではない。


 よくある属性にまつわる悲劇。こういう仕事に身を置いている関係上、たまに耳にする話だ。


 それに、パウは貴族だからか、平民出身であるメリルとは価値観の違いが感じられる。


 ずっと本を読んでいたかったと言うが、そもそも文字を読んだり、書いたりできない者はそれなりにいる。本を読めるのは、文字や言葉を学ぶ機会に恵まれて、身近に本があるからこそ。


 それ自体が贅沢なことなのだとも言える。


 それに何より、もっと苦しい境遇にありながら、そこから這い上がる壮絶な覚悟を聞かされたばかりとあっては、どうしたって同情の余地は小さくなってしまった。だからこそ、ここまで冷静に考えることができているわけだが。


 パウ・テスタラを何とかこちら側に引き込みたい。


 初めはディースに悪影響がありそうな性癖を持っていることが分かって、近づけさせるわけにはいかないと思ったのだが、<解毒ニムゲイル>が使えると聞いて考えが変わった。


 自前で<解毒>を使える人材を用意できるなら、事件があった日のように、ヘンゼルマンが見つからずに慌てるようなことも無くなる。ヘンゼルマンの<解毒>の方が間違いなく新しいだろうが、それでも有ると無いとでは雲泥の差。この機会を逃したくはなかった。


「パウ嬢としましては、このまま修行を終えて、いずれ何処かの家に嫁いでいくことに対してどのようにお考えですか。あまり乗り気ではないとお見受けしますが」


「それは……そうです。せめて何か役に立たないとって言う気持ちはありますけど、本当は嫌です」


 ロマンス小説を読んでいるぐらいだ。素敵な恋に想いを馳せているのかもしれない。


「相手方によっては、パウ嬢の仰るように本を読みながら毎日を過ごせるようになるかもしれませんよ。子を儲けるという『仕事』をする必要はありますが」


「うぅぅ。でも、私が嫁ぐことになるお相手は……」


「ロマンス小説に出てくるような殿方である可能性は、限りなく低いでしょう」


 子供に属性が宿るかは、星属性を除けば関係ない。それでも縁起を担いで母体に属性持ちを望む家はあるだろう。


 テスタラ男爵家の意向は知らないが、できれば高く売りつけたいはず。おそらく伯爵位以上に話を持っていくのではないだろうか。


 高位貴族になるほど、側室なんてものは当たり前で、そこに甘酸っぱい感情なんてありはしない。


 お相手も歳をとっているかもしれないし、太っているかもしれないし、女癖が悪いかもしれない。夢を見るだけ無駄だ。


「私……やっぱり、嫌です! このまま家に戻りたくありません! メリルさん、何とかなりませんかぁ……?」


 それに、領主になるために教育を受けてきたパウは、元々政略結婚に使うために教育を施された子女とは違い、結婚に対する考え方と心構えがなってない。


 見ず知らずの誰かの元に、有無を言わさず嫁がされるのは人一倍ハードルが高くなっている。


「私の一存では何ともなりませんが、可能性ならなくはありません。……パウ嬢、本当にディース様にお仕えしてみませんか?」


「え、ディ、ディース坊ちゃまに?」


「はい。それならばご実家に戻らずに済むかもしれません。ドルイア様に話してみないことには、確かなことは言えませんが」


 公爵家が欲しいと言えば男爵家程度が無下にできるはずもない。


 向こうからしてみても、極細ではあるが公爵家との直接の繋がりができるのだ。悪い話ではない。


 相手の足元を計算に入れる考え方はディースに似ているかもしれないとメリルは思った。早速影響を受けているようで、なんだか可笑しい。


 しかし、これからのディースについていくには必要な強かさだと思えた。あるいは、今は自虐的なパウ嬢も、ディースの影響を受けて変わっていってくれれば個人的にも嬉しい。


 パウ嬢はまだ返事をしていないが、そのもじもじしている様子を見れば答えは決まっているようなもの。答えるのが恥ずかしいだけだと判断したメリルは、念を押すように話を先に進める。


「ただ、パウ嬢がディース様にお仕えすることをお決めになったとしても、まだ問題は残っています。今の私を見れば分かると思いますが、周囲からの風当たりが強くなります。それに耐えられないと思うならば、ディース様にお仕えするのはやめた方がいいでしょう。その関係上、パウ嬢のご結婚も遅れるかもしれません。加えて、ディース様はこれから後継者争いに名乗りを上げます。私はディース様の勝利を信じていますが、万が一、その争いに敗れた場合は、パウ嬢の居場所が無くなることも考えられます。それでも貴方は、安定しているであろう将来の生活を捨てて、ディース様を支え、共に歩むことを願いますか?」


「え、後継者に!? ディース坊ちゃまは属性を持ってないですよね、ど、どうやって……?」


「何かお考えがあるのでしょう。私はディース様と実際に言葉を交わして、本当に可能なのではないかと思わされました。……どうでしょう、パウ嬢。そんな奇跡の物語を、近くで見届けませんか」


 メリルなりに、パウの性格を鑑みての誘い文句を言ってみたつもりだ。


 普通ならマイナスに働くことをたくさん言っているが、それは未来の話。この年頃なら先のことではなく目先のことを優先するだろう。


 言わずにおいて後になってからごねられても面倒だし、覚悟が無いままお仕えされるのも困る。


 <解毒>を使えるパウ嬢を引き込むことが優先なのに欲張りすぎただろうか。内心ハラハラしながら真剣な顔をしているパウ嬢を見つめる。


「……分りました。メリルさん、よろしくお願いします」


「本当に、よろしいのですね?」


「はい。ディース坊ちゃまが逆境を跳ね除けるところを見ることで、私も変われる気がするんです。だから、よろしくお願いします」


 平民相手に深く頭を下げるパウ嬢。しっかり決意してのことだと見て取れた。


「分りました。では、午後にでもドルイア様には話を通しておきます。パウ嬢は一先ず、夜番を終えたところなので今日はゆっくりと休んで……」


「いいえ! 私、元気ですから大丈夫です! 夜番だったのに結構寝ちゃいましたし! 罪滅ぼしも兼ねて、今日から一緒にお仕えさせてくださいっ!」


「そ、そうですか。若さとは、いいものですね。では、まずはディース様にお認めになって頂くところから始めましょうか」


「頑張ります! あ、あとパウって呼んでください。一人の使用人として頑張りたいんです」


「立派ですね。分りました、それではパウさんと。……心の準備はいいですか? 早々とダウンしないように気をつけてくださいね」


「の、望むところです! あのでも、最初の内は色々フォロー、お願いします!」


 メリルはにこやかに微笑む。


 本当に罪滅ぼしのつもりなのかは怪しいところだが、手伝ってもらえるのは助かる。肉体的にも精神的にも。


 パウが決心してくれたことは、殊の外大きいかもしれない。あのディースにたった一人で仕えるのは、実はメリルの精神をじわじわと圧迫していた。


 愛情が変わったわけではないとはいえ、やはりそれだけ変化は大きかった。それが、パウが加わると分かってだいぶ和らいでいたのだ。


 自分自身のためにも、パウが上手くやっていけるよう手助けするのはやぶさかではない。


 二人は程良い緊張感を保ちながら、自分たちのご主人様の元に向かうため部屋を後にした。

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