第2話 少し先の未来 二
「いや、ね。気付けば結構やってるし、そろそろ休憩でしょ。て言うかもうお腹一杯なんだよディース戦で。魔神って結構デカいらしいから絶対ディース戦よりは盛り上がらないだろうしなぁ。時間的にニコたちも帰ってくるし、後でゆっくりエンディング見よう。……なんかもう終わっちゃった感が凄いな、ラスボスの情報だけ見ちゃうか。エトナ?」
「はい、イチコ。こちらです」
イチコの呼びかけに左手首のブレスレットが流暢な声で答える。新たなホログラムが照射されると、そこにはイチコの知りたかった『リベレーターズ・ストーリー』の魔神の詳細が記されていた。
中等部卒業と同時に所属国から配布される高性能AI搭載多機能ブレスレット『リアクター』。そこに登録されているAIは自分好みにカスタマイズが可能で、長い付き合いになることからも熱心に入れ込む人が多かった。
AI専用のアバターを作り、連動させ、それをホログラムに映してから3D化する。それを常に自分の隣に表示させて、最後にホログラムの余計な部分を消せば、あたかもそこに人がいるかのように見せることだってできる。声質や細かい動作、名前も決められるので理想の人物像を作り出し、最終的には結婚する人も珍しくなかった。
イチコはそこまでではなかったが、それでも中等部が終わってからこれまで共に歩んできたパートナーということもあり、疑問があれば何でも答えてくれたエトナは先生であり友達だ。
そんな頼れるエトナが選別してくれた魔神の情報は、イチコの知りたいことだけを的確に抽出しており、エンディングに関するネタバレ要素は含まれていないので安心して見られる。
イチコは長時間ゲームをする時には必ず使っている、お気に入りの血流の滞らないゲーミングチェアの上でリラックスすると、その中身を読み出した。
「あ、ゲーム画面は閉じちゃっていいよ。電源も切っといてね。えーと、…………長いな。エトナ、よろしく」
「はい、要約して読み上げます。『魔神は強固な魔力障壁を張っているためダメージを与えられません。しかし内部データにはダメージが蓄積しており、それが一定数を超えると『精霊共鳴』に目覚めたアルスが障壁を打ち破るイベントシーンが流れるので、それまでは攻撃パターンを見ながら耐久しましょう』ですね」
「あー、障壁。確かに敵の誰かがそんなこと言ってたね。耐久はだるくて嫌いなんだよ、やっぱりディース戦がクライマックスだって言う予想は間違ってなかったか。……なんか嫌な予感がするけど、引き続き相手のスキル情報もよろしくー」
「はい。定期的に全体即死攻撃……」
「ストーップ!! これだよ、ホントこのゲームはさぁ……。こういう萎えポイントを所々で仕掛けてくるから、そんなに売り上げも上がらなかったでしょうよ……。一応聞くけど、その即死攻撃ってステータスを上げたりプレイヤースキルでどうにかなるやつ?」
「完全に確率のやつです」
「はぁ……。だよね、知ってた。ターン制バトルならいざ知らず、こういうプレイヤースキルが重要なゲームに確率即死を持ってくんなよって話だよ……」
人によって考えは様々だろうが、少なくともディースとの戦いが一番面白く感じたイチコにとってランダム要素に大きく左右される戦闘は面白みに欠けた。
「何て言うかさぁ。復活させて、持ち直して、また攻撃しては復活させてって言うサイクルがただの作業に感じて退屈なんだよ。まぁ結局突き詰めれば何だって作業にはなっちゃうけどさ。ディース戦みたいなのは種類が違うっていうか」
「当時はイチコのように思っていたプレイヤーも多数いたようですね。多くのコメントが残されています。しかし復活させてとは言いますが、このゲームは戦闘不能になったら戦いが終わるまで復活できない仕様ですが」
「分かってます! 物の例えでしょ? 復活のところを、そもそも死なないように<
「一番大切だと思った情報を先に伝えたまでです。ちなみに即死する確率は七十パーセントとのこと」
「おぅふ…………」
エトナから追加で無情なる情報が伝えられる。
何も対策しなければたった一度で全滅することすら充分に有り得る数字だ。初見で挑んでいたら、まず間違いなくクリアできなかっただろう。
その理不尽さはまさにラスボスの名に相応しかった。
「埃被ってた即死無効のアクセサリーでも引っ張り出すか……。他に能力が上がるわけじゃないからあんまり付けたくないんだけど。まさかここで出番が来るとはなぁ」
<魂の救済>をいちいち掛け直す手間が省けるなら、その分だけリカバリーが楽になる。だが、イチコとしてはもはや勝敗よりも攻撃が来る度に操作キャラを切り替えて六回連続でポチポチと同じ作業するのが嫌だった。
そう。何を隠そう<魂の救済>は単体スキルだ。しかも覚えているのはイチコのパーティーではヒロインだけなので一人でやるしかない。
オート操作でも最適な行動を取ってくれれば楽だったのだが、革新的AIを謳っておきながらバトル中はすっとボケてポンコツになるのが『リベレーターズ・ストーリー』だ。むしろ一度も<魂の救済>を使わずにそのまま永眠する恐れすらあった。
メンバーを欠いた状態でもクリアできるならそれでもいいのだが、ここまでの戦闘を振り返るとおそらくレベル的にそこまで余裕はない。面倒だが、正攻法で攻めるしかなかった。
「まぁ、雑魚に即死を使ってくる敵がいたんだから、ボスで即死を使ってくる奴がいることも予想してしかるべきだったかな。それがまさかラスボスで、しかもこんなに凶悪になってるとは思わなかったけど」
雑魚敵の即死攻撃は単体で低確率。使われた時こそ即死があることにゲンナリしたが、そこまで気にはならなかった。たまに事故っていたが。
雑魚故にHPが低く、『やられる前にやる』こともできたので大目に見れていたのだ。たまに事故っていたが。
だから即死無効のアクセサリー共々、<魂の救済>も使うのは初めてだったりする。
「そもそも補助に回復に遠距離魔法アタッカー。役割が多すぎるヒロインのスキル枠に<魂の救済>が入り込む余地なんて無かったんだよね。ストーリー的には確かにそれぐらいのスペックはしててもおかしくないんだけど、メタ的に言えば、仲間になるキャラクターがプレイヤーによって違うから、ストーリーが詰まないようにこうするしかなかったんだろうなぁ」
「誰が主人公なのか分かったものではありませんね」
「全くだよ」
エトナのツッコミに乾いた笑いしか出ない。
特別な属性に出自の秘密。主人公としてのポテンシャルが高いのは明らかにヒロイン、リリエンの方だった。
「んーしょっとぉ。アクセサリー、誰につけようかな。無効はリリエンとして、もう一個ある耐性の方は……やっぱり、アルスか?」
イチコは椅子から降りて上階のリビングへ向かう。コーヒーでも飲んでスッキリしたいところだった。
階段を上っている最中、白で統一された壁に木漏れ日が当たって目を刺激する。それだけでも少し気分が晴れて、イチコは胸一杯に空気を吸い込んだ。
足が止まると身体が勝手に伸びを始める。万歳しながら踵も上げ、筋肉が張り詰めた状態から一気に力を抜くと「あ〜」と少しおっさんみたいな声が出て、イチコはそんな自分に苦笑した。
眩しい光にほだされて少しぼーっとしていると、エトナが問いかけてくる。
「魔神の他の技に関してはどうしますか?」
「あー、そういえば途中だったねぇ……」
思い返せば、まだ全体即死攻撃のことしか聞いていない。エトナはそれを覚えていて一応確認してきたのだろう。本当に優秀なパートナーである。
そして、そんな優秀なパートナーに返す答えは決まっていた。
「いや、もういいよ。大体分かったから」
「そうですか。さすがですね、イチコ」
「褒められることでもないよ。でも、ありがとね」
交わされる、他愛無いけど大事なやりとり。
イチコが全体即死攻撃だけを聞いて他の技をすっかり忘れていたのは、もはやそれ以上聞く必要がなかったからだ。
定期的に全体即死攻撃が飛んでくるという前提条件を当てはめた中で、開発陣がプレイヤーに接戦を演じてもらいたいと思ったのなら、どういう攻撃をどのタイミングで仕掛けてくるかが逆算で読めてしまう。
後はそれに対処しながら攻撃を加えて体力を削っていけばいいだけの話だ。
適正レベルさえ満たしていれば問題なく勝てる作業ゲーに興味を抱けるはずもない。イチコの中でラスボスは即死攻撃自体よりも扱いが下になっていた。
「それにしても、何だかんだ言って結局最後までやり切っちゃったなぁ。初めてやるタイプのゲームって言う物珍しさがあったにしても、どこか光るところがあったんだろうね。良い息抜きになったよ」
「それは良かったです。最近のイチコは娯楽に対する満足度が低かったので心配していました」
「そうだったの? それは悪かったね。でも心配いらないよ、エトナとの会話はいつも楽しいからさ」
「こちらはあなたのレベルに合わせるのが大変なのですが」
「はっはっは! どちらの意味にも取れる言葉だ。ほんと、エトナと話してると面白いよ」
「……」
ここでエトナが言っているのは、当然『頭の悪いあなたのレベルに合わせるのが大変』という意味だ。ただ、それをパートナーの人間に普通言うだろうか、と考えると、逆の意味で言っているのでは、とも思わされる。
こうした言葉遊びを盛り込んでくるので、エトナとの会話は楽しいし飽きなかった。しかしだからこそ、イチコはそんなエトナに対して心の片隅で申し訳ない気持ちを抱いていたりする。
基本的に人間はAIの能力には勝てない。それは覆しようのない事実だ。
高校入学を果たし、ワーカーへの道を進む選ばれた人間たちならば、もしかするとAIの能力に比肩し得るのかもしれないが、イチコそうじゃない。
自分なんかと当たってしまったせいで、その能力を遺憾なく発揮できないエトナが不憫だった。相手はAI。人間じゃない。けれど、ただのAIと割り切れるほど、共に過ごしてきたこの八年は短くなかった。
魔神の攻撃パターン。エトナが一番に伝えてきたのは全体即死攻撃だ。それは何故か。
重要度が高いから?
イチコを揶揄うため? 違う、そうじゃない。
イチコなら、それだけ伝えれば理解できることを把握しているからだ。イチコの要望に応え、嫌がっている攻撃を引き合いに出すことによって、会話を楽しませようとしてくれたからだ。
そんな気配りをしてくれる相手を、ただのAIだと断じることができるだろうか。
少なくともイチコはそんな扱いをしたくない。だから分かり切っているような無駄な会話だって交わし、交わされるのだ。
「…………」
ふと、もう幾度目になるか分からない考えが浮かぶ。
エトナにとっては、イチコとの会話こそ『作業ゲー』なんじゃないかと。
真相を知るのが怖くて聞いたことはないし、これからも聞くことはない。
エトナが付き合ってくれる限りは、これまで通り気付いていないフリをし続けるのだと、イチコは再び階段を上り始めた。
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