ヒール・クライム ハイエンド
四つ折ティッシュの角
プロローグ
第1話 少し先の未来
剣を構えて対峙する二人の男がいた。
片や公爵家の長男として欲しいもの全てを手に入れてきた男、ディース・ドゥアルテ。
片や平民出身でありながらも、数奇な運命の末、世界を救うためにこれまで数々の苦難を仲間たちと乗り越えてきた男、アルス。
ちょっとしたことがきっかけで始まった再三に渡る因縁に今、決着がつこうとしていた。
極限の集中力を発揮する二人に、可視化されるほど濃密になった魔力が纏い出す。
切れ長の鋭い目が特徴的な絶世の美男子、ディースは赤、青、緑、茶、黒の五色。
ディースには敵わないものの端正な顔立ちをしており、その瞳に熱い闘志を宿しているアルスは赤、青、緑の三色。
それぞれが有している属性が魔力に乗って現れていた。
やがて色鮮やかな魔力たちが剣に集約されていく。全ての力が剣に宿ると、示し合わせていたかのように二人は一気に前に出た。
互いに渾身の一撃が繰り出される。激しい閃光を瞬かせながら鍔迫り合いが生じた。
あまりのまぶしさに、勝負を見つめるアルスの仲間たちの視界が眩む。
力が拮抗していた。その場にいる誰もがアルスの勝利を願った。
だがその想いも虚しく、均衡は望まない形で崩れる。
魔力の色が示している通り、アルスよりも属性の数で勝っているディースが徐々に押し込み始めた。
全力の一撃だ。これを喰らえば命の保障はない。
アルスの持つ剣越しに、ディースの凶刃が迫る。
このままアルスは負けてしまうのか、ただ見ているだけならばいっそのこと、と、仲間たちの武器を持つ手に力が込められた時、突如としてアルスの魔力が輝き出した。
途端、力関係が逆転する。
咆哮を上げながら刃を押し返すアルス。戦いの最中、いきなり増幅したアルスの力にディースは一瞬だけ怯んだ。
それが勝負の決め手となった。
僅かな攻防の時間、相手の力を跳ね除けて攻撃を押し通したのは、アルスだった。
渾身の一撃をその身に受けたディースは、赤く染まりながら膝から崩れ落ちる。
うつ伏せになった身体からは、先程の一撃の威力を物語るように夥しい鮮血が流れ出ていた。
『今の力は……。まさか、『精霊共鳴』?』
意図しない現象だったのか、不思議そうに自分の手を見るアルス。その耳に、か細い声が聞こえてくる。
『ば、かな。何故、俺はいつも、勝てない……? 神の子とすら呼ばれし、選ばれた人間であるこの俺様が、平民でしかない貴様如きに、何故……』
ヒュー、ヒュー、と呼吸をするのも苦しそうなディースのうわ言。
聞かれているわけではないと察しながらも、アルスはそれに答えた。
『お前は確かに強いよ。力だけで言えば、間違いなくお前の方が強い。だけど、俺には絶対に守りたいものがある。仲間たちがいる。その想いに、きっと精霊たちが応えてくれたんだ』
そう言いながら、アルスは自分の懐に手を差し込む。
何を取り出すつもりなのか。そう思った時、ポップアップウインドウに選択肢が現れた。
『ディース・ドゥアルテを助けますか?』
『助ける』 『助けない』
「えー、ここで選択肢出るのか。どうしようかな……」
ホログラムに映っているのは、もう終盤に入ったゲームのイベントシーン。不意打ち気味に表示された悩ましい二択を前に、イチコは唸っていた。
『リベレーターズ・ストーリー』
史上初、ゲームに革新的なAIを搭載することにより、マルチエンディングではなく、オンリーワンのエンディングを可能にした傑作として売り出されたMMO RPGだ。
随所に現れる選択肢のほか、ゲーム内のちょっとした行動ですらエンディングに影響を与えるとあって、発売当初はそこそこ話題を呼んだゲームだった。
他人の家にあるツボを割るなどは以ての外で、それだけで仲間たちやNPCたちからの好感度が爆下がりし、時にはパーティーを脱退することもあるというリアル趣向は、どこまでのことができるのか、一部のプレイヤーたちの好奇心をくすぐったという。
しかし、それも昔の話。今となってはより性能の増したAIはいくらでもあるし、オンリーワンのエンディングなんか当たり前の時代。
そもそも、仮想世界にフルダイブして遊ぶのが普通の昨今、画面を通してプレイするゲームは誰に聞いても骨董品と答えるだろう。
そんな骨董品である『リベレーターズ・ストーリー』を、もうすぐクリアできるというところまで進めてきたイチコは、予想外に愛着が湧いてしまったことによって、選択肢を選ぶのに時間がかかっていた。
「最初は、気分転換にと思って競り落とした昔のゲーム機。それに付属していただけのゲームだったんだけどなぁ。バトルシステムとかツッコミどころが多くて不満もあったはずなんだけど、これじゃ何も言えないよ」
自分自身が物語に出てくる超越者のように振る舞える仮想世界のゲームの爽快さは筆舌に尽くしがたいものがある。
厳しい受験競争の末に中等教育でドロップアウトした者ならば、その面白さと現実逃避で夢中になってしまうというものだ。
しかしいくら面白くとも、同じことをし続けていれば飽きだってくるし、ふと我に帰った時に虚しくなることもしばしば。
あの、世界に終わりが訪れたかのように落ち込んだ日から八年。
今では逃げるためではなく、純粋に遊ぶためのゲームができているが、世界を支えるワーカーたちとは違い、その気になれば一日中ゲームをしていられる身だ。
イチコは、割と切実にバリエーションを欲していた。
そんな事情もあって目をつけたのは前々から興味があったレトロゲーム。
似たようなことを考えている人間が一定数いるのか、プレミア価格がついていて気軽に買える値段ではなかったのだが、つい先日。
何気なくオークションを見ていたら、他と比べて明らかに安い値段で売りに出されていたものを発見したのだ。
しかも、よほど早急にお金が欲しかったのか即決式のオマケ付き。これはもう神様が買えと言っているに違いないと、思い切って購入を決めた。
別にダメなら今度は自分がオークションに出せばいいだけだし、セーフティネットでもある今月の給付金まで一週間を切っている状態。
食べ物に困るほどお金が無いわけじゃないし、誰に迷惑をかけるわけでもない。
珍しい体験ができて、何なら安く買えた分、得をするかもしれないと考えればこのチャンスを逃す手はなかった。
「ホログラムに対応していたのは良かったな。いくらレトロとは言っても、テレビが必要となるとさすがにね……。さってさて、ここは『助ける』かな? 仲間に婚約者がいるし。レイシアは真面目だから万が一にも『そのまま見捨ててくれればよかったのに』とかは言わないだろう。逆に目の前で婚約者が死んだら、ステータスダウンしそうで怖い……」
気を取り直すと、イチゴは改めて左手首にはめたブレスレットから照射されているホログラムに向き合う。
周回・やりこみプレイを想定しているのか、それともリアル重視なのか。選択によっては結構エグいことになったりするのがこのゲームだ。
イチコも最初はお試し感覚でプレイしていたため、あまり深く考えずに選択肢を選んでいたのだが、そのせいで仲間たちのステータスが下がった状態で、ボスと戦わなければいけないこともあって苦労した。
「コイツも悪役としての役割を持たされているんだろうけど、僕としてはこのゲーム自体にヘイトが向くんだよねぇ……。それに、なんだかんだ言ってディースも、生意気で偉ぶってて我が儘で無神経で言葉がひどくて家が何か悪いことしてるっぽいってだけで、別にそこまで『悪』って感じでもないからな。……よし、精神が未熟なのも年齢と中世って言う時代背景を考えれば分からなくもないし。ここは若気の至りってことで、どうですか、と」
イチコは言葉で勢いをつけながら助けるを選んだ。すると、画面上のアルスが懐からポーションを取り出してディースに近づく。
しかし当のディースはこれを拒否した。
『余計な真似を、するな。平民から情けをかけられるなど、死んだ方がマシだ』
『……まだそんなことを言っているのか。じゃあ伯爵令嬢ならいいのか? ……ハァ、全く。目の前で死なれると気分が悪いんだよ。それに、助けるのはお前のためだけじゃない。レイシアのためでもある。婚約者を残してこんなところで死ぬなんて、男として恥ずかしいとは思わないのか』
アルス越しに辛そうな顔をしているレイシアが映される。その隣には先程の身分のやりとりを意識してか、一番最初に仲間になった小っこい男爵令嬢と、ドゥアルテ公爵家と敵対関係にある侯爵家の令嬢が寄り添い立っていた。
アルスの言い分を聞いたディースは、嗤う。
『笑わせるな。……そいつを婚約者だと思ったことは、一度もない』
『お前……!』
これまでの冒険から、レイシアがどれだけ身勝手な婚約者に苦悩してきたかを知っているアルスはその言葉に怒りを露わにした。
しかし、背後から歩いてきた仲間の男がアルスの肩に手をかけたことで冷静さを取り戻す。アルスが振り向くと、その男は首を横に振った。
「お、さすがはレグランド。ディースの雰囲気や言葉の間から、言ってることが本心じゃないと見破ったか? ディースなりの最後の罪滅ぼしを酌んでやれってことかな」
冒険者レグランド。これまでの旅の途中で思い悩むアルスに、度々助言をしてきたパーティーの兄貴分だ。普段はふざけているし、よく女性陣から怒られたりしているが、空気はしっかり読めるので皆からの信頼は厚かった。
「これ、アルスが間違った解釈してなければいいけど。そんなどうしようもない奴は放っておけって意味に捉えてそうで心配になってきた……」
このゲームはプレイヤーの選択によって主人公の性格も変わっていくのだが、とりあえず無難に進めてきたイチコのアルスは真っ直ぐで情熱的な性格をしていた。
だが、あまり察しは良くない。これはイチコの選択のせいではなくゲームの仕様だと思いたいが、ともかく、言葉の捉え方次第で良いシーンにもギャグにもなってしまうので、気になってしまった。
しかしそんな心配もディースのナイスフォローによって杞憂に終わる。
『それに、どのみち無駄だ。この戦いが始まる前に飲んだ能力向上の禁忌薬の副作用で、俺は回復効果を受け付けない』
『ディース…………』
暗に、もう助からないという言葉を聞いて、アルスも先程ディースが冷たく突き放すような言い方をした理由を悟ったのだろう。驚きと悲しみを半々にしたような顔をして、それを尻目にイチコはホッとした。
序盤こそ適当に進めてきたが、中々良いメンバーが揃ったんじゃないかと思う。
このゲームで固定メンバーは幼なじみのヒロインくらいで、後は主人公の行動次第だ。イチコは特段変わったことはしていないし、サブクエストの類もやっていないので、おそらくこれがレギュラーメンバーなのだろう。それでもイチコは割とこの六人パーティーが気に入っていた。
『もう、行け。魔神の復活まで、時間は無いぞ。俺にとっては、今さらどうでもいいことだがな……』
そのセリフを最後にイベントシーンが終わる。
その後、横たわるディースに二、三回話しかけても『もう、行け』としか言わなかったので、イチコは諦めて先に進むことにした。
「結局助からないのかー。まあバッドイベントも起きてないし、いいか。ディースを許せないプレイヤーもいるだろうから、この辺りで御退場願うのが丁度良い塩梅なのかもな」
幾度と無く立ちはだかってきた敵がいなくなることにイチコは一抹の寂しさを覚える。
戦っていて一番面白かったのがディース戦だった。速いし、一撃は重いし、理不尽な範囲攻撃などもあったりしたが、大振りな攻撃が目立つモンスターや人外との戦いとは違い、人ならではの白熱した戦いを楽しませてくれたからだ。
ダメージを怖がらずに接近戦に持ち込み、迫りくる剣戟を回避やパリィでいなし、隙を作って一撃をぶち込む。プレイヤースキルを遺憾なく発揮できたのがディース戦であり、ダメージを蓄積させてからの大ダメージダウンは、正直言って脳汁が出た。
思い返せば、初めてのディース戦を終えてから、このゲームに対する認識が変わっていた気がする。
そんな節目とも言える戦いを齎してくれたディースに心の中で「ありがとう」と言いながら、イチコは先に進んだ。
残すはラスボス、魔神のみ。アルスたちの目の前には魔神の強力な力によって発生した次元の歪みが広がっていた。
イチコはアルスを動かして、いざ、その次元の歪みに飛び込む――――ことはせず、その横にお決まりのように設置してあったセーブポイントの中に入っていくのだった。
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