第8話 二人の未来は夢の中

 ――美羽……裕星は、恐る恐る近づくと、そこに頭を包帯で巻かれている痛々しい傷だらけの美羽がいた。


 今すぐ抱きしめたかったが、今の美羽は意識が戻らないほどの重傷だ。

 美羽の手を取ると、点滴が入り、骨折したのか添え木がして包帯が巻かれていた。


 裕星は涙が出た。こんな美羽を見るのは初めてだった。命に別状はないと聞いても、眠ったままの美羽の顔は痛々しい擦り傷で、ふっくらとした頬が真っ赤に染まっていた。


「美羽……ゴメンな。一人でどこに行こうとしてたんだよ。何をしようとしてたんだ? いつも自分だけで背負い込んでいたんだろ? 


 俺が仕事ばかりで気を遣わせていたんだな……。どんな仕事よりも自分よりも、大切なのは美羽なのに。

 美羽のいない世界で生きていくくらいなら、俺はもうとっくに死んでるだろうな──


 ――お前は本当に強いやつだな―― 。俺なんかよりもずっと強い心をもってるよ。美羽、また皆で一緒に遊びに行くんだろ? 目を覚ませよ――なあ、美羽 」


 痛々しい手をギュッと握って裕星は美羽の耳元で泣きながら囁いた。



 すると、そのときトントンとノックの音がして、天音神父とシスター伊藤が真っ青な顔で入ってきた。シスターの背中に隠れて結海が目を真っ赤に腫らしている。

 裕星は慌てて涙を拭って立ち上がった。


 裕星の姿を見つけて結海が駆け寄りってきた。

「裕星さん! 美羽さんは死んじゃったの?」また、わーんと泣き出した。


「大丈夫だよ! 美羽は死なないよ、結海ちゃん」と優しく頭を撫でた。


「…………私のせいなの 。私が朝すぐに起きなかったから……私が道路の向こうで美羽さんのことを呼んだから…… だから私のせいで美羽さんが―― 」

 泣きながら自分を責めている結海の言葉がよく理解は出来なかったが、裕星は結海の肩を抱いて優しく言った。


「結海ちゃん、美羽の事故は結海ちゃんのせいじゃないよ! これはたまたま悪いことが起きただけだったんだ。美羽も結海ちゃんも悪くない。だからもう泣かないで。

 美羽は結海ちゃんが泣いてると心配すると思うよ。きっと大丈夫、すぐに目を覚ますからね―― 」

 裕星は結海を慰めながら、自分にもそう言い聞かせた。



 シスター伊藤が結海を連れて帰ろうとすると、結海は首を横に振り体を固くして嫌がった。

 裕星は天音神父に、今夜は結海と一緒にここで美羽を看ていますと申し出て二人を見送った。


 二人きりになると、結海は美羽の傍から離れずにずっと美羽の手を繋いでいた。

「結海ちゃん、大丈夫、少し休んでいいよ。ほら、このソファーで今夜は寝なさい。僕は椅子で休むからね」


 結海は裕星の方に振り向いて「―― 裕星さん、あのね…… 私ね、美羽さんに会うためにここに来たんだ」と口を開いた。


「──ああ、そうだったよね。美羽の親戚で、美羽を尋ねてきたんだろ? それから、お父さんとお母さんを仲直りさせに一人で来たんだよね?」


「── うん。でも…… 嘘ついてごめんなさい! 私、美羽さんの親戚じゃないの!」


「――え? 結海ちゃん?」


「私ね…………美羽さんの娘なの」


「 ―― 結海ちゃん? 美羽はまだ…… 」


「あのね、信じてくれないかもしれないけど、私は未来から来た美羽さんの子供なんだよ! 」


「――あのね、よく分からないんだけど、僕にも分かるように説明してくれるかな?」


「裕星さん……あのね、美羽さんはね、私のお母さんなの。わたしの家族はね、わたしと美羽さんとそして……」


「ちょ、ちょっと、待って、ホントなのか? そんな映画みたいな話あるのか? ゴメン、信じてあげたいけど、こんなときだから余計に理解出来なくて…… 」


 ――その時コンコンとノックがしてスーッとドアが開き、看護師の女性が入ってきた。


「点滴を交換しますね」

 手際よく美羽の腕に繋がっている点滴のボトルを交換した。


「あの……彼女は大丈夫なんでしょうか? 」

「はい。先生ではないのでハッキリと申し上げられませんが、今は状態も安定されていますし、明日まで急激な変化がなければ…… 」


「ありがとうございます」

 裕星が礼を言うと、看護師は頭を下げて静かに出て行った。


 そうだ、「結海ちゃん? 」と振り返って結海を見ると、結海は美羽の手をつないだまま美羽の傍らに突っ伏して椅子に座ったまま眠っていた。

 裕星は眠っている結海と美羽をしばらく見守っていたが、そっと結海の手を外すと、起こさないように抱き上げてソファーに寝かせ毛布を掛けた。

 そして自分は美羽のベッドの傍の椅子に座り、壁にもたれてうとうとと眠りに入ったのだった。



 どれくらい経っただろうか、裕星は深い眠りの世界に入り込んで夢を見ていた。


 夢の中で自分と美羽はもう家族になっていた。


 美羽は笑顔を絶やさない美しい妻で、どうやら食卓で食事をしている風景だった。

 美味しそうな手料理を並べて笑顔で裕星に料理を取り分けてくれている美羽。見ると隣の椅子には小さな子供──幼い女の子が座っていた。

 二人の子供なのかな……裕星はふわふわする幸せな気持ちに浸っていた。

 どんなに可愛い子だろう、きっと美羽に似て美しい瞳の女の子だろうな、夢でもいい、顔を見てみたい―― 裕星は白くうっすらとしたモヤのかかった夢の中で女の子の顔を覗き込もうとした。


「パパ、それとってちょうだい! 」

 裕星の方を見た少女の顔は──


「裕星さん! 起きて!」

 結海が裕星を揺すって起こした。


 ハッと目を覚ました裕星に、「美羽さんが! 」と結海が大きな声で叫んだ。

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