第6話 未来から来た天使

「本当のことって?」


「よく分からないの。でも、お母さんがあのことをお父さんに言っていたら、こんなことにならなかったかもって一人でつぶやいてた」


「なんだろうね……」

 美羽はう~んと唸りながら考えていたが、「ごめんね、何にも役に立たなくて……。でも、もしお母さんたちに会えたら、仲直くするように私からも言うからね!」


 うん、と結海ちゃんは笑顔で答えたが、その笑顔はどこか寂しげに見えた。





「――さてと、そろそろ夕方になるから、とっておきの場所に行こうか!」

 寝ていた裕星がむっくり起き出して立ち上がると、結海の肩にポンと手を置いた。

 



「え? どこ?」結海と美羽が同時に声を出した。


 まあまあまあ、と裕星は先に車にランチボックスを仕舞いに行くと、走って戻っとくるなり付いて来いと言った風に、おいでおいでしながら園の奥に進んで行った。


 遊園地の真ん中にある大きな道を進んで裕星が向かったのは……あの観覧車のところだった。


「こっから見る景色がすごく綺麗なんだよ! 特に山に沈む夕焼けが綺麗に見えるんだ。街の灯りと夕焼けのオレンジ色と山の上の紫色が重なって、いっぺんで景色が虹のように変化するんだよ」


 裕星が得意げに言うと、美羽が「裕くん、この観覧車好きだもんね! そういえば、あの頃も……」と言いかけた美羽に、コホッと咳払いして裕星は係の人が開けた観覧車に先に入った。

 続いて結海が入り、美羽が後から急いで乗り込んだ。


 結海と美羽が同じ席に座り、裕星は向かい合って二人を眺めていた。

「へえ――なんかこうやってみると二人よく似てるな。さすが親戚だな……」


 ──本当は親戚じゃないのにな……。

 美羽は心が痛くなったが、似てると思われることには嫌な気持ちにならなかった。むしろ、こんなに可愛い結海と本当に親戚だったらよかったのに、とさえ思っていた。



 結海の両親の事情を聞いて、二人は複雑な気持ちだったが、今だけでも不安を和らげてあげたいと、つかの間の休日を精いっぱい結海に付き合ってあげたかったのだ。


 観覧車が一番上に来ると裕星は「結海ちゃん、ほら向こうをみてごらん。綺麗だろ?」

 指さした方角の山々が紫色に陰り、濃いオレンジ色に染まった夕焼けと街の色とりどりの明かりが混じって、まるで夢を見ている様だった。


「わぁ~綺麗~!」

 結海と裕星が観覧車の窓にくっついて外を見ている。その二人の背中を美羽は微笑ましく見つめていた。

 こんな素敵な家族になれたらな、と憧れを抱いていた。

 しばしの絶景も地上に戻り夢の世界はおしまいになった。


 空には丸々とした月が昇っていた。

 明日は満月、フラワームーン(※)の日だ。そう思うと美羽は少し緊張した面持ちで今夜の丸い月を眺めていた。


 帰りの車のなかで、結海は疲れたのかぐっすり眠っていた。




 裕星はごそごそと助手席の下に手を伸ばして、シートの下から綺麗な紙袋を取り出した。


「これ……プレゼント。美羽とここで初めて会った日だろ? そのためってわけじゃないけど、良かったら着てみて」

 後ろ手に紙袋を渡しながら言う裕星の照れて真っ赤になった耳を暗い車内がちょうどいいカモフラージュになって隠してくれた。


「私に? 初めて会った日を覚えていてくれてたなんて…………ありがとう! 大切にするね! 裕くん、今日は本当にありがとう!」


 裕星は思わずニヤけて鼻の下をこすった。



 教会の寮まで送って行くと、美羽と結海は裕星に礼を言い車が見えなくなるまで手を振ってから、やっと部屋に戻って行った。


 ひとまず美羽の心配は解決したが、裕星はの方は一日がとても長く感じられた。

 初めて会った美羽の親戚と三人で遊園地デートをし、その結海から複雑な家庭の事情まで聞かされた。

 後味の悪い話で、出来ればすぐにでも解決してあげたかったが、他人の家庭に土足で踏み込むことはできないだろう。そう思うと、結海が可哀想になった。



 美羽は寮の部屋に帰ると、結海にお風呂に入るように勧めて、自分は部屋で例の日記帳を開いて確かめていた。


「確か、この辺だったかな……」

 開いたページには、裕星と神社に行く日の事が書かれていた。


 ──これだ! この後、お地蔵様の祠の前でめまいがして、お母さんとお父さんが元気だったころの時代にタイムスリップしたんだわ。

 そして、子供だった裕くんに会って一緒に誕生日を祝ったり、洋子さんに裕くんのことを一人にしないようにお願いしたり……。

 そして、元の時代に戻ってきた後にまたこの日記に記したはず……。

 あ、これだわ!


 <今日は本当にたくさん書きたいことがある。どこから書いたらいいのか分からないけど、私が経験したことを書き記すことにします。

 そして、どうやって元の時代に戻れたか、いつかまたお父さんとお母さんに会いたくなったときに役に立つように書いておきます>


 そして、そこには<満月の日にあのほこらのお地蔵様を探して帰って来られた>とあった。

 美羽は丁寧に読み込むと、地蔵の場所をインターネットのサイトで調べた。

 ──あの頃あったあの場所には影も形も無くなってしまったから、今はどこにあるのかしら?


 ――あ、あった! 


 あの珍しい祠のお蔭ですぐに検索に引っ掛かってくれた。

 懐かしい地蔵は、今ではひっそりとした都内の外れの田んぼの真ん中に移っていた。

 誰がそこに移したかは分からない。でも、なぜかあの時の変わらぬ微笑のまま地蔵が写真に納まっていた。


 美羽はメモを取ると、それを明日持っていくバッグにしまいこんだ。

 明日はまず先に結海ちゃんをお母さんとお父さんに会わせて話をすること、そして、未来でも仲良くしてくれるように今からお願いしておくこと。

 そして……そして結海ちゃんをあのお地蔵様の場所に連れて行って無事に未来に帰してあげること、ね。


 美羽の使命は大きな責任があるものだった。

 美羽はお風呂から出てきた結海をベッドに寝かせると、ゆっくり風呂に入った。

 風呂の中でも明日の段取りを繰り返し考えていた。

 ──明日は裕くんはお仕事だから、私一人で結海ちゃんを責任を持って未来に帰さなくては……。



 美羽はベッドに入ってからもなかなか寝付けなかった。

 一番気掛かりだったのは、結海がちゃんと元の時代に帰れるかどうかだった。

 ──たとえお母さんたちに会えないとしても、明日を逃したら次はいつになるか……。未来でのタイムロスはどうなっているのかしら。

 結海ちゃんがここにいる間、未来の結海ちゃんは姿を消していることになるの? でも、来たときと同じ時間に戻れば、あまり支障がないのね……。


 そんな難しいことを考えながらも、布団に潜り込んで目をつぶり必死に眠ろうとしていた。









(※注)フラワームーン

 フラワームーンとは5月の満月の呼び名。

 アメリカの先住民族が月ごとの満月に名称をつけたのが始まりで、アメリカやヨーロッパでそのように呼ばれています。


 なぜ5月の満月がフラワームーンになったのかと言うと、日本でもそうですがアメリカでは5月と言えば春から初夏へと季節が変わり、色とりどりの花が辺り一面に咲き乱れる時期のため、5月に見える満月にフラワームーンと名付けたそうです。

 フラワームーンは「秘密」や「絆」「変化」などが象徴とされ、これらに関連した願い事を願うと叶うという言い伝えがあります。(参照:豆知識Pressフラワームーンより引用)

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