第5話 天使の切実な悩み
晴れ渡った青空から、眩しい太陽の光が休日の朝の都内をスムーズに走る車の中に穏やかに差し込んでくる。
「裕くん、今日は本当にありがとう! お休みなのに私たちのために時間を作ってくれて……。でも、結海ちゃんは本当に良い子だから一緒に遊んであげてね!」
「ああ、美羽の親戚の子なんだろ? 別にかまわないよ。せっかく美羽を尋ねて来てくれたんだから、俺も良いところ見せなくちゃな! それよりさっきから静かだけど大丈夫なのか?」
「そうね……静かな子だよね。あ……実はこっちに住んでるかもしれないお父さんとお母さんに会いに来たんだって。だから、私は空いてる時間は結海ちゃんとご両親を探しに行こうと思うの。しばらくはまた裕くんに逢えないかもしれないけど、心配しないでね」
「分かった。そういうことなら美羽のことを信じるよ。可哀そうに出稼ぎか何かか? さっきもお父さんの車には乗れないみたいなこと言ってたもんな……」
「……え、ああ、そ、そうよね。それは私も詳しくは……。でも、きっと事情があって離れて暮らしてるんだと思うので、結海ちゃんが会いに来たらきっと嬉しいと思うわ!」
「ああ、そうだな。きっと喜ぶよ。美羽も彼女が帰るまで面倒をみてやってくれ」
美羽はホッと胸を撫で下ろした。当たり
これで裕星も自分の行動を不審がることはないだろう――。
──私がタイムスリップのことを未来で話しちゃったせいで、ここまで大きなことになっちゃってたなんて……全部私の責任だもの。
遊園地は、美羽の孤児院の子供たちをいつも遠足で連れて行くあの場所にした。
あそこならこじんまりとしていて混みすぎないし、適度にアトラクションはある。
観覧車は高台にあって見晴らしも良く、自分にとっても大切な思い出のある遊園地なら、あの子も喜んでくれるだろうと思った。
駐車場に着いて車から降りると、結海は向こうに見えている大きな観覧車を指さして、「わあこれ、これのことだったんだ! スゴイ! ここにまだあったんだね!」と
「――まだあったって?」
裕星は首をかしげたが、まあいいや、と遊園地の入り口でチケットを買うと、さあどこに行きたい? と結海に聞いた。
「……えっと……あれはあるかな? お化け屋敷……。えっと魔女の館ってところは……」
「へえ、良く知ってるな……来たことがあるのか?」
「ううん、来たことは無いよ! でも、お母さんに聞いたことがあったの」
裕星たちの先を走りながら振り向いて言った。
初めてのこの場所の事を誰かに聞いたかのように嬉しそうに話しながらどんどん先を歩いていく結海に、美羽も裕星も追いつくのがやっとだった。
「ねえ、裕くん、結海ちゃんって可愛いよね? もし私たちに子供がいたら、こんな感じで遊園地に連れて来たりするのかな……」
「ん? 私たちの子供? 美羽、俺たちが夫婦の前提でいいんだね?」と笑った。
「ハッ! やだ、私ったら、変なこと言っちゃった!」と真っ赤になって照れた。
ハハハと裕星は大笑いしたが、内心は嬉しかった。美羽の口から自分達の子供の話題まで聞けるとは、やっぱり美羽は自分の事が本当に好きなんだと自信が持てたからだ。
──あんなに心配してたのがバカみたいだな。美羽はやっぱり俺といつかは結婚したいと思ってるんだ。
そう思うだけで、二人きりではない三人の親子連れのようなデートも満更ではなかった。
お化け屋敷に、ジェットコースター、コーヒーカップやゴーカート、結海に連れて行かれるまま散々遊んであげて裕星たちの方がクタクタだった。
「そろそろお昼にしましょ!」
美羽がピクニック広場にシートを敷いた。
「わあやった~! もうおなかペコペコだよ〜!」
結海はもうすっかり打ち解けて、今では本当の家族のように溶け込んで見えた。
「おお~久々の美羽の弁当だな。美羽は料理が上手だからな、今日の弁当も期待していいぞ!」
まるで美羽の旦那のような口調で結海に自慢した。
「裕くん、子供に対して何言ってるの! でも、私が一生懸命作ったんだから、本当に美味しいからね! 結海ちゃん、たくさん食べてね!」
大きなランチボックスの蓋を開けると、そこには見事なほど綺麗に詰められたおかずが、一目見ただけでその美味しさが分かるほど色とりどりに並んでいる。
結海は「ありがと! いっただきま~す! と小さな両手を手を合わせ、お
「わぁ~美味しい~! すっごく美味しいよ、ママ!」とニコニコ顔を美羽に向けた。
「……ママ?」
ママと言われて驚いていると、「あ! 間違ってママって言っちゃった!」
エへへと笑っている結海の天使の笑顔が可愛かった。
すると裕星は「ママ、俺にもそのおかず取って!」と甘えた声で便乗した。
「も~裕くん! 私は裕くんのお母さんじゃないわよ!」
美羽は苦笑したが、仕方ないなあ、ハイ、裕くん! とおかずをお皿に取り分けてあげた。
二人のやりとりを見て楽しそうに笑っている結海に、「どうしたの、結海ちゃん?」と美羽が聞くと、「二人ってとっても仲良しだね! やっぱり裕星さんは美羽さんのことをとってもとっても愛してるんだね?」と生意気な口をきいている。
裕星は飲んでいたお茶を思わず噴き出しそうになって、「結海ちゃん……大人をからかうなよ……」美羽からおしぼりを受け取って口元を拭きながら照れた。
お弁当を食べ終えると、美羽は手際よくボックスに片付けた。
裕星はシートの上に仰向けに寝転がると、お日様の眩しさを遮るようにハットを顔に被せ、ポカポカ陽気の中で両手を頭の後ろに回してうとうとし始めた。
結海は、幸せそうに寝ている裕星の方をチラリと見て、美羽に小さい声で言った。
「二人とも、これからもずっとず~っと仲良くしててね! 私のお父さんはね、お仕事が忙しすぎて、いつもお家に帰れないの。
それにお休みの日にもお仕事に行って、私とママのこと嫌いになっちゃったのかな――。
だって、この間も二人喧嘩をしてたんだよ! お父さんとお母さんが私の事で大きな声を出してたの。
お母さんは私の気持ちが一番大事だって言って……。なんか私の事でお母さんに迷惑かけちゃってるのかな?
お母さんは時々悲しい顔をして笑顔がなくなっちゃてたんだ……」
「……そうだったの。辛かったね、結海ちゃん。でも、喧嘩してたのは結海ちゃんのせいじゃないと思うよ。きっとお父さんもお母さんも結海ちゃんの事大好きだと思うから。
忙しくて会えないことがあっても、いつも結海ちゃんの事を考えてると思うよ」
「うん……。でもね、この間、お父さんがお仕事で外国に住まないといけなくなったって言ってて………。でも、私は今まで仲のよかったお友達と別れたくなくて、お母さんに相談したの。
そしたらね、お母さんがお父さんに、結海とお母さんだけ日本に残るって言ってくれて……」
「それで? お父さんは何て言ってたの?」
「一緒に来れないなら、家族としてやっていくのは難しいって……」
「どういうこと? 」
「私も分からない……でも、お母さんが泣いちゃってたの。お父さんとはもうお別れするしかないのかなって……」
「――そんなあ……。ちゃんとお話ししたの? お父さんとお母さん……」
「ううん――。でも、そのときお母さんが言ってたの――あのときお父さんに言っておけばよかったって」
「何を?」
「本当のこと……だって」
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