第4話 三人のデート

 裕星はメールを出す前にもう一度読み直した。

 『美羽、今日はどうしてた? 街に出ていたんじゃないのか? 誰かと会っていたの? 実は今日、街で美羽を見かけたんだよ。

 小さい子と一緒だったけど、あれは誰なの? 二人が教会に帰って行ったのも見たよ。何か困ったことがあれば相談していいよ。俺はいつでも美羽の相談に乗るから』


 うん、これでいい。

 送信を押すと、間もなく美羽から返信が返ってきた。


 『裕くん、見てたの? ごめんなさい、裕くんに何も言わなくて。あの子は結海ゆうみちゃんという子で、私の親戚なの。遠くから出てきたので教会のシスター寮のゲストルームに泊めてもらえるようにお願いしてたの。裕くんが合宿所にいる間、私は結海ちゃんと寮に泊まることにするね。

 あ、そうそう、裕くんもあの子に会ったのね。結海ちゃんから聞いたよ』


 ほお、親戚だったのか……それならそう言えば良かったのに――しかし、親戚って、美羽に天音神父以外にも親戚がいたのか?

 まあ天音神父は美羽の叔父おじだから、そっちの方の親戚かな――裕星はまた色々想像を巡らせていた。


 しかし思い返せば確かに美羽に似ていた気がする。

 キラキラした大きな瞳、ふっくらとしたピンク色の頬、キリっとした眉、ん? 眉? まあ、雰囲気もかなり似てたな……。さすが親戚だけある。どうしてもっと早く気が付かなかったんだろう。

 それじゃあ、あの子は俺の事も知っていたわけだ。美羽の親戚なら美羽から俺の話は聞いているだろうしな。

 なんだ、それで俺を見て驚いていたのか――。ただのファンなのかと思ったよ。


 ふ~ん、結構可愛かったな。美羽に似てる子は皆美人だな。将来きっと美羽みたいな綺麗な女性になるだろうな……。裕星は妄想が膨らみ、ニヤケている自分に気づくと、「気持ち悪っ」と自分の姿を想像して身震いした。


 もう一度美羽に返信しておいた。

『美羽、良かったらその子と一緒に今度遊びに連れてってやるよ。俺は今夜のレコーディングが済めば次の週末は何も仕事がないから土曜に遊園地にでも行こうか』


 するとすぐに返信が入った。

『裕くん、ありがとう! ぜひ、連れてって! 結海ちゃんもとっても喜ぶわ! 土曜日に待ってるね!』


 へえ、美羽も素直に喜んでそうだし、良かった。三人でデートっていうのも、たまにはいいか――

 将来子供が出来たら美羽と子供と三人で遊園地なんかに連れてくことになるだろうからな……。

 ただの妄想にニヤニヤしながら『土曜は10時に迎えに行く。その子と準備して教会の前で待ってて』と打った。



 土曜日は朝から初夏の爽やかな天気に恵まれた。朝早く起きた美羽は、三人分のお弁当を作り、近くのショップで子供用の服を買ってきて、結海のために新しい服で遊園地へ行く準備を整えてあげた。

 結海はまだ美羽のベッドの中でスヤスヤと眠っていた。

 顔を覗くと、可愛い寝顔が天使のようだった。


 裕星が来る1時間前に結海を起こした。

 ユウミは新しい服を見つけると、小躍こおどりして、「ありがとう美羽さん! これ買ってくれたんだ、嬉しい! わぁ、このお花のヘアピン可愛い! それに今日は裕星さんと一緒に遊べるんだよね?」

結海は着替えを終え、鏡を見ながら花のピンを髪に留めた。


「そうよ、結海ちゃん、今日は裕くんが遊園地に連れてってくれるんだよ。裕くんの事が好きなの?」


「うん! 裕星さんってとってもカッコいいよね! 裕星さんも私の事好きになってくれるかなぁ……。ねえ、美羽さん、私が初めて美羽さんに会いに来たとき、どう思った?」


「うん、最初はね、どうして私に会いに来てくれたのかなって不思議だった。

 シスター伊藤から、迷子になってる子が私の名前を言っていると警察から電話があったって聞いたときは、どうして私の名前を知ってるのかなって。警察まで迎えに行って結海ちゃんに会って、あのお話を聞くまでは……」


「でも、どうして美羽さんは信じてくれたの? 私が未来から来たってお話」

「――信じるよ。……私も前にそんな経験があったから……。それに、結海ちゃんが私に会いに来たということは私と未来でなにか関係があったからなのかなって。 結海ちゃんは昔のお父さんとお母さんを捜しにきたって言ってたよね?」


「うん。美羽さんのことはよく知ってるよ。教会で暮らしてたって私によくお話してくれたから。

 ここに来たのは、未来の美羽さんにタイムスリップのお話を聞いたからなんだ――。

 私、若い頃のお母さんとお父さんに会ってどうしても話したいことがあったから……」

「それで? お父さんとお母さんは見つかったの?」


「……うん。――でも、まだちゃんと伝えられてない……」

「――そうか……でも焦ることないよ! お姉ちゃんも一緒に結海ちゃんのお母さんにうまく説明しに行ってあげるからね。それとお父さんにもね!」


「……うん、ありがとう」

「今日はそのことは少しだけ忘れて、たっくさん遊ぼうね! 結海ちゃんが未来に帰っちゃう前に……。

 それとね、心配しないで! ちゃんと帰れるからね。今月の二回目の満月の日にお地蔵様のところに行けば戻れるの。私もそうだったからね……。それが来週の日曜の夜なのよ。

 それまでにお父さんとお母さんに会ってお話しできるように私も協力してあげるね!」




 結海はあの日、一人何も持たず迷子のように街をフラフラ歩いているところを警察に保護されて、教会と美羽の名前を出した。

 警察では、シスター伊藤が結海の保護者が現れるまでのしばらくの間、教会で預かっておく手続きをしてくれた。

 美羽はその時、小学4年生の10歳の女の子に未来から来た話を聞かされたのだ。

 始めは驚いたが、自分も過去に同じ体験をしたことで彼女の話を信じられたのだった。

 しかし、なぜ自分の名前を知っていたのかと聞くと、いつも昔の話を聞かせてくれていたからだと言う。

 そして、勇敢なことにこの時代には自分の意志でやって来たというのだ。

 それも美羽の昔の体験談を聞いたことが原因だ。


 美羽は、自分は未来ではきっとお世話好きな近所のおばさんになっていて、いつも結海に自分の話をしていたのだろう。それがこんなことになるとは……。裕星には親戚の子と言ってある。裕星に本当の事を話して心配を掛けたくなかったからだ。

 結海が来た責任を一人感じて、何があっても自分だけで結海を元の時代に帰してあげたい気持ちだった。







 美羽と結海が話していると、フォンフォンと寮の窓の下で裕星のベンツのクラクションが鳴った。



 窓を開けて覗くと、裕星が車の窓を開けて手を振っている。

「結海ちゃん、裕くんが来てくれたよ! さあ行きましょう!」


 時間はまだある。美羽は少しでもこの時代で結海が不安にならないように楽しませてあげたかった。




 裕星はいつも以上に愛車の手入れをしてきたのか、ベンツは朝の光を受けてピカピカに輝いて見えた。裕星は外に出てサッと後部座席のドアを開けると、まるでお姫様を扱うように胸に手を当ててお辞儀をしながら結海を乗せてあげた。


「うわあ~スゴイ! この車カッコいいね! パパの車はもっと渋いのよ。それにもう私たちを乗せてくれなくなっちゃったし……」


「ハハ……スゴイか? それじゃあ今日は俺がパパの代わりに乗せてやるよ!」

 裕星は後部座席を振り向きながら微笑んだ。

 サングラスを掛けると、ユウミの隣に座る美羽に目配せしてアクセルを踏みこんだのだった。

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