第3話 迷子の世話?

 ──あいつに電話してみようか、いや、そんなことしたら俺が変な憶測をしてると思われるのも嫌だな――。

 どこにいるのかくらいは教えてくれるだろうか――いや、そんなこと教えてくれるくらいならとっくに行く先くらい俺に伝えてくれてるはずだ。


 裕星は心を取り乱していた。

 ──男だったらどうする? いや、仕事じゃないのか? いややっぱりあの小奇麗な格好は男に逢うような格好だった。


 裕星は不安が当たらないことを祈りながら、ベンツの中であれこれ考えを巡らせていた。


 するとすぐ前の横断歩道を渡る赤い傘の少女に気づき、裕星は慌てて急ブレーキを踏んだ。


 キキキキキー!


 ハンドルに頭を付け、やっと数メートル手前で止まった。

 顔を上げると、その少女は驚いたような表情で傘を差したまま立ちすくんでいた。

 裕星が慌てて車を降りて、少女に駆け寄った。


「大丈夫? 怪我はなかった?」

 少女はまだ驚いた表情のまま裕星を見上げている。

 何も言わない少女に「ごめんね、驚かせちゃったね。もう大丈夫だよ! 家はどこ? お母さんは?」と聞いたが、何も答えずじっと裕星の顔を見ているだけだ。


「どうした? 具合が悪いの?」

 あまりのショックで口が利けなくなってるのだろうか。

 裕星はとにかく少女を歩道に渡らせると、車を路肩に停めなおしてもう一度やって来た。

 少女はまだそこにいた。子供の年齢は判断出来ないが、幼稚園と言うほど小さくもないし、まだ中学生には見えない。幼さが残る顔立ちをしているし、キョトンとした大きな瞳が印象的で可愛らしい顔をした小学校低学年くらいの少女に見えた。


「君なんて名前? 近くに住んでいるの?」

 裕星が尋ねると、ようやく口を開いた。


「あ、大丈夫です! 私一人で帰れますから。それに私、ここには住んでないです。これからお世話になる人に会いに行くところです」

 やたらとしっかりした大人のような返答に裕星の方がびっくりした。


「あ、ああ、そうなんだ? とにかく驚かせてゴメンね。気を付けて行くんだよ」と優しく声を掛けた。


 少女はペコリと頭を下げると、もう一度振り返って裕星の顔をじっと見て、「あのぉ、海原裕星さんですか?」といきなり聞いた。きっとテレビくらいは観ていて有名人の裕星の事は知っているのだろう。


 裕星は「ああそうだよ」と正直に答えた。

「やっぱり……。良かった、やっぱり昔からカッコいい!」

 少女の言葉はファンと言うより、昔の友達のようだった。


「じゃあね、裕星さん! 私はユウミ、また会えるといいね!」と手を振ると、赤い傘を肩で支えて差しながら小雨の歩道を小走りに去っていってしまった。



 裕星はフーッとため息をついた。今日は何だか可笑しなことばかり起きる。

 美羽を追いかけていたら、危うく女の子をきそうになるし、その女の子からは大人ぶった言葉を掛けられる始末。裕星にとって今日一日の困惑が今までで一番はなはだしかった。



 ──グッタリ疲れたし、美羽は見つからなかったし、このまま合宿所に引き返そうか。


 まだ昼過ぎの都内の建物は小雨の中で寂しそうに見えていたが、傘で埋まった歩道は、色とりどりのかわら屋根の様に鮮やかだった。


 ベンツを合宿所に向けて走らせている途中、信号で止まってふと通りに目をやると、さっきの赤い傘の少女が誰かと楽しそうに話しながら歩いているのが見えた。

 傘で隠れて顔が良く見えないが、大人の女性らしい。

 あれ? 傘を一瞬上げた隙にハッキリ見えた顔は――。


 ――美羽? どうなってるんだ?


 信号はもう青に変わっており、後続車にクラクションを鳴らされ、裕星は仕方なくアクセルを踏んだ。

 サイドミラーに映る美羽と赤い傘の少女は一体何の話をしているのか、まだ楽しげに笑いあっている。

 裕星はいったんハンドルを切ると、左折して今度は路上の駐車スペースに停めた。

 急いで折り畳み傘を広げ、ビルの陰から二人の様子を伺った。


 こちらに向かって歩いてくる美羽と少女に見つからないように、二人が近づいてくる前にサッと顔を引っ込めて建物にピタリと背中を押しつけて息を殺した。


 美羽たちは裕星のいる角をそのまま真っ直ぐ過ぎて行ったので、裕星は美羽たちの背中を見失わないようにしながら数メートル後ろから付いて行った。

 小雨の中サングラスでマスクという出で立ちで、美羽たちの後を付いて行く裕星は、まるでスパイのように見えたが、幸運の雨のお蔭で、街行く人達は皆傘を差しており、不審な裕星に気づく者はいなかった。


 美羽たちはある大きな門の前で立ち止まり、インターホンを押して中に入って行った。

 裕星も慌てて門の前に来ると、そこは――美羽の教会だった。


 ――ここに? なんで? そういえば、あの子はお世話になる人に会うと言っていたな――それが美羽だったのか?

 そうか、そういうことか――なんだ、俺はてっきり……。

 いや、別に俺はヤキモチなんて妬いてなかったけど、美羽があまりにも不審な動きをしてたから気になっただけだ。

 それに、迷子のあの子を教会に泊めてあげるのは当然のことだろうし、なぜ何も言わなかったんだ? そんなことくらい俺に言ってくれても迷惑じゃないのにな。

 それとも、俺は忙しくて美羽の話など聞いてやれないような心の小さい人間だと思われてたのか?

 だとしたら心外だな。そんなことくらいで俺が迷惑だと思うような男に思われてるなんてな……。


 裕星の想像は勝手に膨らんで、美羽の不可解な行動をなんとか解釈しようとしていた。



 美羽に先回りして今日の事を言ってやろう。あいつ驚くだろうな。

 俺に内緒にしてたが、ひょんなことでバレちゃったんだからな……。

 俺が心が広いことを知ったら、きっとこう言うだろうな。


 <裕くん、知ってたの? やだぁ流石さすが裕くんね! 裕くんに迷惑掛けないように黙ってたけど……私の事はなんでもお見通しなのね! 裕くんってホントに素敵! だ~い好き!>な~んて言うに違いない。


 エヘへと鼻の下を伸ばしブツブツ言いながらリビングでメールを打っていると、さっきから水を飲みに降りていた陸が裕星の様子を見ておびえた目をしている。


「とうとう裕星さん、忙しくてオカシクなっちゃったのかな……それとも、美羽さんに逢えない寂しさから気が変になったとか? ヒェ~、どっちにしても触らぬ神にたたりなしだな――」そろりそろりと部屋に引き返していった。



 光太は部屋から出てくるなり裕星に気づいてすぐに声を掛けた。

「裕星、帰ってたのか? 今日は出かけてたんじゃないのか?」


「ああ、出かけたけど今戻ってきた。別に用事もないしな――」と鼻の下をこすっている。

「なんか嬉しそうだな。いい事でもあったのか? 美羽さんはどうしてた? 連絡は取れたのか?」


「……ん? ああ美羽ね、そうそう美羽には逢えたよ。いや逢ったというか見ただけだけどな」

 裕星が光太の顔も見ずニヤニヤしながら言う可笑しな言葉に、光太は首を捻ったが、まあいいかと車のキーを持って出かけたのだった。



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