第2話 他の男の影?

 フーッと一息吐くと、裕星はギュンとハンドルを切って外に出た。

 突然ひらけた青い空が眩しくてサングラスの奥で目を細めた。

 ──久々に美羽にプレゼントを買うのも一苦労だな。

 裕星は自分が買い物をしている時の姿を考えたら可笑しくなってきた。


 美羽は喜んでくれるだろうか? 今も孤児院で一生懸命頑張っている頃だろう。

 大好きな子供たちの面倒を見ている美羽は、休みなく働いて裕星と逢えない時間を紛らしているのだろうか……。

 ──それとも、俺と逢わなくてもあいつは平気なのか?


 妄想しながら裕星は段々不安になってきた。


 ──今までだってあまり俺に「逢いたい」とは言ってきたことが無かったな……。

 忙しい俺に気を遣って言わないのだろうと思っていたが、案外逢った時も冷静で、それほど寂しそうにも見えなかった。このままでいいのだろうか?


 裕星は自分の投げかけた疑問で自爆したようにどんどん深みに入り込み、美羽の事が心配で仕方なくなってしまった。


「俺なんかいなくても、あいつは一人でもやっていけるのか? そうだ、今までだって一人でやってきてたんだもんな――」

 裕星の膨らんだ卑屈な気持ちは、今さっき買ったばかりの美羽へのプレゼントでさえ慰めにはならなかった。

 一度あいつに直接聞いてみよう。今まで一度もあいつの気持ちを聞いてなかったし……。



 裕星が合宿所に着くと、もう光太と陸が先にリビングでゆっくりしていた。


「裕星さん、遅かったね? どこに行ってたの?」

 陸が玄関まで出てきてくれた。

「ああ――ちょっと寄り道して買い物してた」


「裕星、そう言えばさっき美羽さんが来たよ」光太がさらりと言った。


「美羽が? なんで? 俺には連絡がなかったけど――」

「――そうか? でもさっき……なあ、陸」 

「うん、ほんの少し前だよ! でも何だか急いで帰っちゃったよね」


「……一体何の用だったんだ?」

 裕星は考え込んだ。本人に聞けばいいことだが、なぜか裕星に連絡も無く合宿所に来たと言うのが気に入らなかった。


 ──フン、どうせついでの用事でもあったんだろう。


「光太、美羽は何か言ってなかったのか?」

「ああ、俺はてっきり裕星と待ち合わせでもしてるのかと思ってたよ。でも、美羽さんも裕星の事を聞いてこないし、変な様子だったな――。裕星ももう少し彼女のことを気にかけてやったらどうだ? 忙しくても彼女に寂しい思いをさせるのは別の話だろ?」


「ん、ああ――後で本人に確かめるよ。だけど、光太に俺達のことをそこまで心配される筋合いはないけどな──」

 裕星はそう言ったものの何だか釈然としなかった。

 美羽の不審な行動がせないでいると、美羽からちょうどタイミングよくメールが入った。




『裕くん、今日は練習どうだったの?

 晴れてて暑かったね。私は孤児院で子供たちと泥遊びをしてまっくろになっちゃってたよ。今度お休みがあったら海に行きたいね』


 ──は? それだけ?

 全く今日合宿所に来たことに触れてもいないじゃないか。

 あいつは一体何をしに来たんだ……。こうなったらあいつが自分で言うまで知らないふりをしておこう。それでも言わないのなら、こっちにも考えがある。

 裕星は半ばヤケになって意地を張った。



 美羽は部屋で書物を調べていた。

 さっき都内で一番大きい図書館に寄って借りてきたのだ。


 裕星のいるラ・メールブルーの合宿所には、以前裕星がマンションの部屋から本を数冊抱えて合宿所の部屋に持って行った事があり、その中に大切な美羽の日記帳が間違って含まれていなかったか確認するためだった。


 日記帳には学生の頃からの他愛もない毎日の出来事がつづられていた。

 しかし、その中に一番重要なことが書いてあったのだ。


 ──これがハッキリするまで裕くんには言えないわ。

 もし言ってしまったら、今ライブの準備で忙しい裕くんを困惑させてしまうだけだもの……。とにかく自分の力だけでどこまでできるか分からないけど調べてみよう。


 美羽は今とんでもない事態に遭遇していたのだった。



 何日間か快晴の暑い日が続いていたかと思ったら、今度は梅雨に入ったのかと思うほどの雨天続きになった。今日も少し肌寒く、その気温差で風邪を引きそうになって、裕星はせっかくしまい込んだセーターをゴソゴソ出して着込んだ。

 ライブの構成はおおよそできた。後は曲をどう演出するか、どうやって客を楽しませられるかを考えるだけだ。新曲の作曲も出来たし……。

 ――そうだ、美羽に連絡してみようか?


 裕星はケータイを掴むと、早速美羽にメールをした。

 『美羽、今日は日曜だから孤児院の仕事は休みだろ? 暇だったら外に出てみないか?』


 しばらく待っていると、ポロロンと裕星のケータイが鳴って、美羽からの返信が届いた。


『裕くん、おはよう! 今日は雨だね。裕くん風邪ひかないでね。私はお休みなんだけど、ちょっと調べ物をしたいので、ごめんなさい、今日は行けないな』


 ──ハァ〜? 何だとぉ?


 裕星は予想外の美羽のそっけない答えに少し怒りを感じた。


 ──何が調べものだ! 俺と逢うよりも大事なことを調べてるっていうのか? 一体なんなんだ、最近の美羽は!


 怒り心頭とはこのことだった。事情を何も話してくれない美羽に少し苛立っていた。


 ──ヨシ! こうなったら徹底的にこっちだって調べてやる! 美羽の跡を付けて何をやってるか見てやろう!

 ただし、これはストーキングじゃないからな! ただ美羽が心配なだけだから……。


 自分に言い訳しながら、裕星はジャケットをサッと羽織って車のキーをカチャリと掴み取ると、ベンツを教会に向かって走らせた。




 車を教会の裏に停めて様子を伺っていると、ちょうど美羽が傘を差して門から出て来るところだった。なぜか綺麗に化粧までして誰かと待ち合わせでもしてるのかと思われるような装いだ。


 ──あいつ……一体どこに行くつもりだ? あんなに綺麗な格好までして、どこのどいつと逢うんだよ!

 もしかして――もしかして、男なのか? 嘘だろ? まさか、俺以外の男と逢うというのか? それも、もうそういう仲なのか?


 裕星の妄想は止まらなかった。他人が見たら笑えるほどの狼狽うろたえぶりが自分では全く分かっていない裕星は、コンコンと運転席の窓を叩く音で我に返った。


 制服の警官が窓の中を伺うように覗き込んでいる。


「はい、何ですか?」

 裕星は窓を下げて答えると、「ちょっと今通報があったのですが、君どうしてここに車を停めてるのかな? ここは駐車禁止区間だよ! それにちょっと職務質問しても良いですか?」


 裕星は今やっと自分が不審者扱いされていることに気付いた。

「あ、いえ、俺は怪しい者じゃありません! こういう者です」

 慌ててサングラスを外し、胸ポケットから免許証を出した。

「海原裕星と言います。ここに知り合いがいるので待ってるんですよ」と平静を装った。



 警察は裕星の免許証を裏表よく調べながら、ハイと裕星に返すと、「失礼しました! いや、この近所の方から不審な車が停まっているとの通報がありまして、中にサングラスをした不審者が乗っていると言うものですから……。海原さんとは大変失礼しました! お気をつけて」と敬礼をして行ってしまった。



 ──フザケるなっ! なんで俺が不審者なんだよ! 免許証を胸にしまいながら前を見ると、もう美羽の姿は無かった。うわ、しまった! 見失った! あいつ、一体どっちに行ったんだ? 仕方ない少し辺りを回ってみるか――

 裕星はベンツを動かし、ソロリソロリと教会の近くを走らせた。しかし、美羽は何処に消えたのかとうとう見つからなかった。

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