前略、カフェで質問会をします

「よいしょっと」


「ご注文は」


「チャイティーで。あと、後から二人女性が来ます」


「承知しました」


俺がいるのは初配信時の打ち合わせにも使った喫茶店。火箱さんと水無瀬さんが話したいことがあると連絡があり、休日にこうして赴いている。

ちなみに相談内容はマネージャーとしてではなく、一人の友人として聞きたいことがあるということなので私服で馳せ参じた。この後予定もあるしね。


「あ、もう灯織さんいるじゃん」


「灯織さん、お待たせしてごめんなさい」


前回よりも早く二人が喫茶店に到着した。


「お二人も十分早いですよ」


前回と違い、今回は二人も私服で来ていた。


火箱さんはデニム生地のショートパンツに赤のTシャツとショルダーバッグという服装で、黒のポシェットとキャップをアクセントに全体的にボーイッシュなコーデである。本人の積極的な性格と相まって活発で元気良い印象を受ける。


一方の水無瀬さんは水色のスカートに無地の白シャツ、その上にカーディガンを羽織っており、革のポシェットを方にかけていて、大人びた落ち着いた印象を受ける。


「どうですか?私も志希ちゃんも、結構気合を入れてオシャレしてきたんですよ」


「ええ、とても似合ってますよ」


「具体的には?」


「火箱さんは赤の服が目を引きますね。活発さが溢れ出ていてとても可愛らしいです。ワンポイントでキャップを選んでるのも個人的には好きですね」


「ひ、灯織さん。私は…」


「はい。水無瀬さんは青系統で揃えていてとても落ち着いた印象を受けますね。こういう服装って高校生の子とかが着ていると少し背伸びしている印象があるんですけど、それもまた初々しくてお似合いです」


「……ちょっと、タンマ」


「しょ、少々お待ちを…」


「はい?」


俺が二人の服装を褒めたところ、急に距離を取ってコソコソと話しだした。


「――ヤバくない?」


「うん。――ちょっと――」


あっるぇ?もしかして引かれた?キモがられたか?


昔従妹から『女子は服装の細部まで褒めると喜ぶものなんだよ、にいに』と言われたのでいつもやっていたようにやっただけなんだが?


チラチラとこちらを伺い見てくるような視線を感じる。


あ、終わったらしい。二人で手を握り合いながら俺の向かいの席に座った。


そして店員さんが注文を聞きに来る。


「ご注文は?」


「灯織さんは何を頼んだんですか?」


「チャイティーです」


「じゃあ、私はそれで」


「アタシはホットケーキと〜、アイスティーで」


「承知しました」


店員さんが去っていく。


「それで、今日相談したいことなんですけど」


あ、なかったことにする感じ?


「はい。なんですか?」


「くっ、顔がいい…」


「え?」


火箱さんがなにか言ったように聞こえたが、気のせいだろうか?


「灯織さんのことが、知りたくて」


「俺のこと、ですか?」


「好きなものとか嫌いなこととか」


「なるほど?でもそれだったらフィスコで聞けばいいのでは?」


「ほ、他の先輩方からも聞いてほしいと」


「なおさらフィスコでいいんじゃないですかそれ」


自己紹介文でも書いて全体のトークルームに流すべきだったか?


「いや、やっぱりこうやって実際に会って話を聞かないと分からないこともあるじゃないですか」


「ふむ……まあ、そうですね」


というか、聞きたいことが一つできた。


「俺にいくら質問をしても構わないんですけど、お二人に頼んできた先輩方は一体誰ですか?」


「遠山さん、桐藤さん、海原さん、あとこはく先輩と葵先輩です」


「俺のこと知ってる全員ですか」


丁度そこで二人が注文した料理が運ばれてきた。


「一応、聞いてきてほしいこともメモしてあるので」


「わかりました。じゃあ早速始めましょうか」


「はい。えーと、遠山さんから。『付き合ってる人はいますか?』」


思わず顔をしかめた。何だその質問


「…これ、答えなきゃダメなんですか?」


「ダメです」


「絶対ダメ」


心無しか二人の圧も強い気がする。


「…いませんよ。ついこの間まで仕事に忙殺されてプライベートの時間なんてありませんでしたから」


「ほう……学生時代に交際した経験も?」


「ないです」


「そうなんですね…意外です」


火箱さんがアイスティーで唇を湿らせ、次の質問に入った。


「これはアタシからの質問です。『好きなものは?』」


「結構ベタですね。好きなものは…食べ物ならポテトサラダ、他のものだと、ゲームとかVTuberとか、ですかね」


「なるほどなるほど…」


「じゃあ嫌いなものは?」


「女性」


「え?」


しまった。反射的に答えてしまった。


「え、あの」


「すみません誤解です。ちゃんと説明するのでそんなに動揺しないでください」


慌てて弁明する。


「昔いじめられてたのがトラウマなんですよ。今はだいぶ回復したのでこうして話せますけど」


「そう、なんですね」


「…」


「いや、ほんとに気にしなくてもいいので。次の質問、いきましょう!」


俺が努めて明るい声を出し、悪い流れを断つ。


「…はい!えーっと、次はこはく先輩からですね。『VTuberになってよかったことを教えて』」


「ファンの人の声が生で届くことですかね。リアルタイムでリスナーの人の心情とかを知ることができて嬉しいです」


「…VTuberというよりも、歌手みたいなこと言いますね」


「そうですか?お二人にもわかるでしょう?」


「まあ、そうですね。リスナーの方が喜んでるとこっちまで嬉しくなりますし」


「さて、続いての質問は?」


「次は桐藤さんからです。『次の衣装、モチーフ何がいい?』だそうです」


「気が早くないですか俺の母は」


VTuberの新衣装なんてチャンネル登録者が〇〇人行った、とか活動何周年とかの節目の時に作るものだろう。しかも俺はただの公式スタッフだ。そういうものとは無縁のものなのではないだろうか。


「今の灯織さんはスーツ姿ですけど…」


「次の衣装と言われましても…思いつきませんね」


「んっ!」


パンケーキを頬張った火箱さんが手を挙げた。


「んぐっ…執事服」


「ああっ、それいいね…!」


「執事服ぅ…?羊の着ぐるみでいいじゃないですか」


「ダーメーでーすー。アタシと志希ちゃんに新衣装が実装されるタイミングに合わせましょうよ」


「これまた燃えそうな…」


「海原さんは『もう大丈夫そう?』だそうです。なんのことですか?」


「恐怖症のことですよ。このことを知っていたのは砂原さんとマネージャーの先輩だけでしたから。よく心配してくれてるんです」


「…そう、だったんですね」


ん?水無瀬さんの言い方は…悲しんでる感じではないな。なんだろ。


「…次が最後の質問ですね。葵先輩から、『好みの女性を教えてほしい』だそうです」


「は?」


「…わーお、最後の最後に爆弾が飛んできましたね灯織さん」


面白がっている場合じゃないぞ火箱さん。まだ配信してないから良かったけど。


「それで。どんな女性が好きなんですか?」


「いや、そういうのは考えたことがないです。恐怖症もありましたし、考える暇もありませんでしたから」


「むむ……じゃあ簡単に考えましょう。どんな女性と一緒にいると楽しいですか?」


「どんな、って言われても…」


「例えば…お母さんとか、あとは、学校の同級生とかにいませんでした?」


「うーん、母は少し違いますし、学生時代にそういった人もいませんでしたねぇ」


そもそも大学からは女性と話すことをほとんどしなかったからな。


「んー…まあそれだけで言えばお二人と話しているだけでも十分に楽しいですよ」


「え?」


ポロリと火箱さんが口に持っていこうとしていたパンケーキが皿の上に落ちる。


「わっ!」


隣で水無瀬さんが持っていたチャイティーのカップを揺らし中身をこぼした。


「うわ、大丈夫ですか?火傷とかしてないです?」


急いで水無瀬さんの前の机を紙ナプキンで拭く。


「ご、ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃっただけです」


「なら良かったですけど…」


腰を下ろして先程の結論を述べることにする。


「基本的に話してて楽しくない人としかこうして話さないので、あんまり参考にはならないかもですね」


「そ、そうですね。葵先輩にもそう伝えておきます」


時計を見ると、そろそろ良い時間だ。悪いがお暇させていただこう。


「すみません。このあと予定があるのでお暇させていただきます」


「あ、そうなんですね…どちらに?」


「そろそろ母の日でしょう?桐藤さんになにか贈り物をしようと思って」


「そう、ですか。いってらっしゃい」


「はい。先に会計を済ませておくので、二人はごゆるりとくつろいでいてください」


そう言って俺は席を立ち、会計を済ませて店を出た。

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