前略、歌の収録の時間です

アメリカに向かった週の末。今日は水無瀬さんと火箱さんが収録を行う日である。


本人たちの希望により、ボイストレーニングは基礎的なことをやる回しか入れていない。これから歌みたやオリジナル楽曲を出すに当たり、どのように成長していったかを視聴者に見てほしいからだそうだ。


「というわけで本日の流れは以上ですね。二人はもう録音ブースの方に向かわれました」


「ふーん。それでなんで灯織くんは仕事部屋ここにいるの?」


目の前にいるのは鞍馬さんと藍原さんだ。先輩として。カラオケに行った友人として、この収録を見守るつもりらしい。


「俺は少し資料をまとめる必要があったので。この後すぐ向かいます」


「やっぱり行くんだ」


「当然です。俺はあの子達のマネージャーですから」



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収録ブースに3人で向かうと、意外にもまだ収録は始まっていなかった。


仕事が残っているから、先に収録を始めておいてほしいと伝えていたのだが…?


「あ、灯織さん!それにこはくさんに葵さんも」


「こんにちは水無瀬さん。火箱さんは?」


「お手洗いです。緊張しちゃってるみたいで」


「そういうのって志希ちゃんの役割だと思ってたんだけど」


「私の方は不思議と緊張してないですね。灯織さんのおかげです」


「俺の?」


特に何かをした覚えはないんだが。


「灯織さんが背中を押してくれたから、あの子達に立ち向かうことができました」


ああ、そのことか。


「無事に終わったみたいで何よりです。和解はできましたか?」


「いいえ!決別しました!」


「決別しちゃったの!?」


始めのときは謝ってくれたらそれでいいみたいな感じだったのに!?


「わ、びっくりした」


「灯織くんそんなに驚く事あるんだ」


「全然反省してなかったので。後悔はしてません!」


そ、そうか。本人が後悔してないんだったら別にいいけど。


「それにあの後から人に話しかけるのがそこまで抵抗なくなったんです」


「そうなんだ!すごいじゃん!」


「はい!これも灯織さんのおかげです。本当にありがとうございます」


「それに関しては本当に俺のおかげなんかじゃないですよ。水無瀬さんが一歩踏み出せたから出来るようになったことです。水無瀬さんの力ですよ」


「えへへ……そうですかね?」


跳ねるようなトーンで


「む…」


「ただいまー志希ちゃ――あ、灯織さんたち!やっと来たんだ」


丁度お手洗いから戻った火箱さんが部屋に戻ってきた。


「はい。そういえば火箱さんは最近の調子はいかがですか?」


「それがですね!聞いて下さい!今度パパが、あ、お父さんが日本に帰ってくるんです!」


「そうなんですか。良かったですね」


「陽夢ちゃんのお父さんって有名な人なんだよね?お仕事で?」


「いえ、なんと!アメリカの家を引き払って日本で住むことにしたんだそうです!」


ほほう、ビビリかと思っていたが、なかなか行動力があるようだな。


「もともと後数年したらこっちに戻って来る予定だったそうなんですけど、『あっちはもう任せて大丈夫だ』って」


「良かったですね。本当に」


「ええはい。なんですけど、マ…お母さんから聞いたのか、あたしがVTuberになることを知ってて、配信楽しみにしてるって…」


「本当に親子仲がいいんだねぇ」


鞍馬さんがのんびりと話すが、火箱さんは首を横に振った。


「お、おかしいんですよ。それを聞いてから、ドキドキが止まらなくて…あたし、今まで緊張とかしたことないのに、めっちゃ緊張してます…!」


「大丈夫。気をしっかり持って。深呼吸」


「は、はい!」


藍原さんのアドバイスで火箱さんが深呼吸を始める。


「正直、私は常に緊張してるタイプだから緊張のほぐし方とかはわからないけど」


「わからないんですか!?」


「慣れた」


「や、やっぱり先輩は違うなぁ……」


事情を知っている側からすると、彼女がいつも緊張していたというのは男性恐怖症が原因なので、火箱さんが感じている緊張とは少し違ったものになりそうだが。


「でも、簡単に慣れたわけじゃない。灯織さんが私のことを助けてくれたからなれることができた」


「そうなんですか…?」


「そうですね。俺があなた達を担当する前は、大学時代の先輩と一緒に彼女たち二人のマネージャーをしていたので」


「そ、そうだったんですね」


「というわけで灯織さん。陽夢の緊張をほぐしてあげてほしい」


「俺、そういう専門知識ないんですけど」


「灯織さんは、他の人をよく見てるし、相手の気持ちになって考えるのが得意。だから大丈夫」


そう言われてもな…


ひとまず俺は座っている火箱さんの前に跪く。


「手、出してください」


「は、はい…?」


「触りますね」


断りを入れて差し出された手を取り脈を取ってみると、確かに緊張で心拍が速くなっている。


「緊張してますね」


「はい…」


「火箱さんはお父様にいいところを見せたいんですね」


「え?」


「学芸会や運動会、入学式や卒業式。こういった場は子供が親に自身の成長を見せる絶好の機会です。火箱さんはそういった時にお父様に成長を見せる機会に恵まれませんでしたから、無意識に体が緊張してしまってるんでしょう」


いつかのように、両手で小さな手を包む。


「火箱さん。いいところなんて見せなくてもいいんです。粗削りで十分。貴女がどういった人なのか、それを視聴者やお父様に伝えてあげてください」


「…はい!」


うん、声に緊張した様子もないし、脈も安定してきた。


「さて、そろそろ収録始めましょうか。待ってくれていてありがとうございます」


「灯織さんには、見ていてほしかったので。行こう、むーちゃん」


「うん!」


二人共堂々とブースに入っていくのを見て、俺はゆったりと腰を下ろす。


「いたっ」


と同時に後ろから頭を叩かれた。


「なにするんですか」


「……頼んだのは私だけど…」


振り返ると藍原さんが不満そうに腕を腰に当てていた。


「この、天然すけこまし」


「はい?」


「どうしたの葵!?」


「……ふん」


拗ねた子どものようにそっぽを向いてしまった。


何が気に障ったのかは皆目見当がつかないが、一先ずは二人の収録を目に焼き付けよう。



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かくして未来の仮想歌姫と大人気仮想タレントは誕生した。


しかしながら、彼はまだ気づいていない。彼女たちの名声が上がっていくにつれ、比例して彼を燃やす燃料は増えていくことを。


そして、二人の彼を見る目が、変わっていること。ガソリンをかけられた不発弾の存在に。


少なくとも、今のままでは、彼は一生気付かない。気付けない。


その曇りに曇った眼を晴らすのもまた、あの閃光手榴弾2名なのだが。



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意味深なナレーション入って第2章終わると思った?


残念。総文字数見たらわかると思うけど5万字も行ってない(多分)。


というわけでまだまだ続くよ第2章!

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