前略、3期生が初配信を迎えます

5月の初旬。今日はついに3期生の初配信だ。火箱さんと水無瀬さんが、それぞれ火宮ひみやゆめ水宮みずみやのぞみとしてデビューする。


「お二人共、今日の夜8時がちょうど初配信ですね」


「時刻まで言ってくることにプレッシャーを感じる…」


「えぇっ、ってことは、あと6時間と13分25秒!?緊張してくる…」


「秒数までカウントしなくていいよ?」


「大丈夫ですよ。先日上げた歌ってみた動画も、ものすごい伸びでしたし」


桐藤さんに無理を言ってイラストを制作してもらい、なんと社長の協力も得ながら1週間前に投稿した2人の歌みた動画は、1週間で50万再生とかなりの反響を呼んだ。


社長も大満足で、「徹夜で働いたかいがあったよ」と笑みを浮かべていた。


「そういえば学校の課題は終わりましたか?」


俺の声に火箱さんの首がガチッ、と固まった。


「な、なんで今その話をするのかな、灯織さんは」


「終わってないんですね…水無瀬さんは?」


「終わらせました!」


「裏切り者!」


「そのときむーちゃんはカラオケ行ってたでしょ」


「火箱さん。課題は持ってきてますか?」


「え、はい。この後カフェで勉強しようと思ってたので」


青春してるねぇ。


「もう打ち合わせすることもないので、ここで終わらせちゃいましょう。わからない所があればできる範囲で教えられますから」


「えっ、そんな、悪いですよ。ただでさえ休日出勤してもらってるんですから」


「ちゃんと休日手当は出るので。前職は出ませんでしたからね」


「ちょくちょく出るブラック企業トークなんなんですか」


「若い世代に受け継いでいく教訓です」


「先生ー、ここの問題がわかりません!」


「どれどれ」


火箱さんが持ってきた課題は数学だった。難しいよね。俺も数学は大嫌いだった。


「そこは連立方程式を使って――」


学生の為、打ち合わせのスキマ時間に勉強をしていることが多い2人だが、頭が悪いわけではないので少しヒントを与えてやるとすぐにペンを動かし始めるのだ。


「そういえば水無瀬さんは得意科目とかあるんですか?」


手持ち無沙汰な水無瀬さんにも話を振ってみる。


「私は…そうですね、文系の科目が得意です」


「志希ちゃん、漢検準1級持ってるんですよ」


「それはすごい」


漢検準1級は日常で使う常用漢字に加えて、なじみの薄い、読み書きの難しい問題が多く出題される。


「ちなみにむーちゃんは理系です。数検2級持ってます」


数検2級は高校2年生レベルだ。これなら学業の試験も楽勝だろう。なんでこの問題を解けないんだろうか。


「合格したのは数年前だし、完璧ってわけではないですからね!?」


「灯織さんはなにか資格持ってますか?」


今度は俺に話が回ってくる。


「前が貿易の仕事してたのでそれに関する資格は一通り」


「そう言われても…英検とかですか?」


「英検じゃなくてT◯EICですかね。確か900点くらいだったかな…」


「志希ちゃん、T◯EICって何点満点?」


「たしか990点だった、と思う。多分結構高い」


「海外の取引先の方と専門的な話をすることもありますから。楽◯とかは社内公用語が英語で、社員全員がT◯EIC800点以上だったはずですよ」


「すごいじゃないですか!なんで前の会社辞めちゃったんですか?」


「知ってのとおりブラック企業でしたから。リストラになってやめさせられたんです」


「え、何その会社、無能…?」


ぼそっと火箱さんがつぶやく。


「もともと新卒の募集要項にT◯EIC800点以上っていうのはありましたから。俺より点がよかった人は何人もいましたし」


「世知辛い世の中ですね…」


「あと持ってる資格といえば…貿易実務検定B級ですね」


「なんですかそれ」


「読んで字のごとく、貿易の実務能力や知識を客観的に評価する検定ですね」


「へー…」


「VTuberとしてこれからも過ごしていくのもいいかも知れないですけど、お二人はまだ若いですから。いろいろなことに興味を持って見てください」


「「はーい」」


うん、この調子なら大丈夫そうだ。


「あ、あとめちゃくちゃ伝えるの遅れたんですが」


「ん?はい」


「なんですか?」


「実は俺、マネージャーだけでなく公式スタッフとしても活動してまして」


「「え?」」


「小波灯という名前で」


「「ええ〜っ!!??」」


俺の突然のカミングアウトに、少女二人は揃って声を上げたのだった。


「えっ、いや、えぇ!?」


「冗談で言ってるとかじゃなくてですか!?」


「はい。ほら」


グイグイと詰め寄ってきた二人に、ヴィッターの専用アカウントを見せる。


「ほ、本物だ…」


「私達のマネージャー、すごすぎ…」


「というわけなので、配信でなにかトラブルがあったら言ってください。配信のソフトも同じのを使っているはずなので対応できると思います」


「おお、頼もしい」


「あ、あの、ということはですよ。コラボとかも出来る…ってことですよね!?」


「あっ!確かに!」


「あー…まあできなくはないですけど……多分炎上します」


うん。多分どころかまず間違いなく、だな。ただでさえ公式番組にナレーションで出演しただけで苦情が届くのだ。


「なのでしばらくはコラボはできませんね」


「でも、いつかはコラボできますよね?」


「まあ、いつになるかわかりませんが」


「とりあえずチャンネル登録者10万人行って銀盾もらったらコラボしてください」


「わ、私も!」


「……まあその頃になれば俺もそんなに反応されなくなるでしょうし…はい。楽しみにしてます」



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「…あー、大丈夫かな、あの2人、失敗しないかな」


『我が息子、心配し過ぎでは?』


『そうだね。一回深呼吸してみよっか』


配信開始10分前。家のパソコンでフィスコードのボイスチャットに入りながら待機していた。


一緒に通話をしているのは、1期生の海原すいさんと、俺にVとしての体を提供してくれた絵師ママ、桐藤カノンさんだ。


「ヒューッ、ヒィーッ、ヒューッ…」


『あれ、死にかけな呼吸してない?』


『死なないで我が息子よ!』


「はぁ…落ち着きました」


『あれで落ち着くんだ』


『さすが我が息子』


『カノンちゃんさぁ、親バカすぎやしない?』


『ん?そお?Vのママとか初めてだから結構舞い上がってるのかも』


「俺がこうして立派なガワで活動できているのもひとえに桐藤さんが素敵な絵を書いてくださったからです。本当にありがとうございます」


『も〜灯織くんも褒め過ぎだよぉ〜』


「あ、そうだ、そろそろ母の日ですし、なにかプレゼントしましょうか?母さん」


『…』


『…あれ?カノンちゃん?聞こえないね』


「電波悪いんですかね?おーい」


『…あっ、えっと、ごめんねぇ。お母さんって呼ばれるのが新鮮で……そうね、ちょっとお高めのバッグとか…?』


『カーネーションとかが定番なんじゃない?』


「あ、そろそろ始まるな」


時刻が配信予定時刻になった。さあ、記念すべき3期生のお披露目といこう。



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[ざわ…ざわ…]

[wktk]

[楽しみー]


配信開始15分前を切った。あたしの配信のコメント欄には約2000人の人達が集まってくれた。


「…ここまで集まるなんて…」


配信待機画面から少しの操作をするだけであたしの声が全世界に発信される。


「ふー…大丈夫」


2000人が何だ、こっちは登録者100万人を目指しているんだ。こんなところで緊張して躓くわけにはいかない。


「よし…最終確認っと…」


一応台本みたいなのは用意しているので、それを最後に確認する。


「ん?」


そのとき、机の上に置いていたスマホが振動して着信を教えてくれた。


相手は……パパだ。


「…もしもし」


『陽夢か。その、元気か?』


数年ぶりに聞く、パパの肉声。


「パパ?えっと、配信があるからあんまり時間ないんだけど」


『ああ、分かってるよ。今待機してるから』


「えっ!?」


思わず聞き返してしまった。


『実はな…お前のマネージャーの、灯織くんがアメリカの私の家にやってきたんだ』


壁に張り付いていて、驚いたよ。と、パパは笑いながら話した。


『彼にお礼を言っておいてくれ。彼が私を叱ってくれたおかげで日本に戻る決心がついた。それにこうして娘と話すことができている』


「…」


『だから…まあ、頑張れよ』


「っ、うん!」


電話を切ると、配信開始1分前。


「ふぅーっ、よしっ」


あたしは配信開始の合図を鳴らした。



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「……だ、大丈夫なのかなこれ。灯織さんとの約束、破ってない?」


私は幼馴染の初配信を見ていてそうこぼした。


コメント欄も若干荒れている。


始めの方はうまく行っていた。自己紹介もこれからの目標もやりたいことも。


ただ、余計な一言が入った。


『あとね、マネージャーさんがめちゃくちゃ優しくて機会があれば一緒にゲームとかしたい』


この発言にコメントが『マネージャーって男の人?』と疑念を募らせるなか、むーちゃんは爆弾を投下した。


『うん、男の人だよ。えっと、小波さん、公式スタッフの』


そしてそれが見事に炸裂。早々に『ファンやめます』や、『タレントの管理どうなってんだホロエコ』、『終わったなあかりん』といったコメントが流れ出し、チャンネル登録者が5万人から3万人にまで一気に減った。


『この前チャンネル登録者が10万人になったら遊んでくれるって約束したから、まずは10万人目指そうと思ってるんだ〜』


むーちゃんは火事現場コメント欄に気づかないまま、さらに燃料を投下していく。


「あわわわわわ……」


[メッセージが削除されました]

[メッセージが削除されました]

[もうやめて!ユニコーンのライフはゼロよ!]


『ん?あれ!?なんかコメントが荒れてるんだけど!』


「あわわわわわ……」


こ、これは、私がなんとかしなければ…!


==========================================



「……」


配信は1時間ずつ。それを見終わった俺は深々と椅子にもたれ、余韻に浸る。


『…灯織くん?さっきからずっと黙ってるけど、大丈夫?』


「…ああ、いえ、やっと始まったな、と」


『そして同時に終わったわね』


「炎上はすでに覚悟してます…もうヴィッター見たくない…」


今頃苦情が山ほど届いていることだろう。


あのとき俺のことを話題に出さないように箝口令を敷かなかったことが憎い…!


『まぁ……頑張って?また頭撫でようか?』


『は?なにそれちょっとうい、アンタなに人の息子たぶらかしてるのよ』


「はは、ありがとうございます。そうですね、これから俺は彼女たちの夢をサポートしていかなくてはならないので……まあ、腹は決まりました」


『夢ちゃんは私と同じ高みを目標にしてるって言ってたね』


『希さんの方も、武道館ライブを行うのは簡単なことじゃないわよ』


「分かってます。でもそれが夢ならそれを実現する手伝いをする。それがマネージャーってものでしょう?」


『あ、あと公式スタッフとしての仕事も忘れないようにね』


『あ、そうよ。我が息子、いつになったら私と一緒に出演するの?』


「まあ、予定が合ったらってことで」


『言ったわね!?母さんとの約束よ!』


『ふふっ、さて、感想でも投稿しますか〜』


『あ、そうね。灯織さんもちゃんと投稿するんですよ?』


「ううう〜……誰か代わりに出してくれません?」


『あはは、無理だよ。しっかり対応してね〜』


海原さんの無慈悲な宣告を受け、恐る恐るにヴィッターを確認する。


すると、出るわ出るわ俺への苦情。


初配信にして湧いてきたユニコーンが、「2人に手を出すなよ」と釘を刺しにやってきていた。


「これ、俺悪くないですよね?」


『うん。完全に灯織さんに非はないと思う』


「はあ…」


俺はため息を付きながら今日の初配信の投稿内容を書き込む。


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小波灯@akari_sazanami


どうでしょう、彼女たちが俺の担当タレントです。すごいでしょ!?すごいと言え


#夢の時間 #hopestream #水宮希 #火宮夢

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はい、炎上確定!

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