前略、すでに絡みは始まっていたようです

長期休止はやるべきじゃねぇ…少なくとも私には…


これからは休止中もちまちま執筆を進めていこうと思います。


というわけで3週間ぶりの更新です



=====================================



「カラオケ、ですか」


「うん。今度4人で行こうと思ってるんだ」


翌日、俺のもとにやってきた鞍馬さんがそう報告してきた。


「二人の歌みた、そろそろ収録でしょ?どんな歌い方をするのか知りたいし、私と葵ならアドバイスも送れるだろうから」


「すでに先輩と絡みがあるというのは素晴らしいことですね。でも、なぜ俺に報告を?」


「んとねー、それで、灯織さんも一緒にどうかなって」


「は?」


間の抜けた声が口から漏れた。


「いや、俺必要なくないですか?タレント同士で気兼ねなく行ってもろて…」


「葵が一緒に行きたいって」


「俺カラオケとか行ったこと無いですよ?」


「大丈夫だよ。私達が居るから」


「あと単純に外聞が悪いです。公式スタッフとはいえ男性とタレントが密室に居るのは色々問題があるので」


「あー…そっか。たしかになぁ」


うーん、と鞍馬さんが腕を組んで考え込む。


「それに俺も忙しいっちゃ忙しいんで、休日出勤あるかもです」


「ありゃー残念。今回はお預けだね」


「はい」


「また落ち着いたらみんなで行こうね」


「はい。あの、二人のことをよろしくお願いします」


そう言って頭を下げる。


「…もうすっかりあの子達のマネージャーだね。根詰めすぎないでね?」


「俺よりも若い子たちが頑張っているのに根を詰めないわけには行きませんよ」


「仕事人間だなあ……じゃあ分かった。何かあったら教えるから」


「ありがとうございます」


「じゃあねー」


鞍馬さんが部屋から出ると、俺は書きかけの報告書をまとめ上げた。


「最近の興信所は高いけどよくやってくれるよなぁ」


To 灯織漣、From 学校長、社長っと。



=====================================



「というわけでカラオケに行くぞー!」


「おー!」


「おー」


「お、おー…!」


数日後、私は葵と新人二人を連れ、都内のカラオケにやってきていた。


二人ともはじめましてだが、陽夢ちゃんの方はコミュ力が高くすぐに打ち解けてくれた。


志希ちゃんも口数が少ないタイプだったけど、葵と馬が合うのか一緒に話すようになった。


「6時間くらいでいいかな」


「みんなで歌うし。その位が十分」


個室に入ると廊下を流れる流行曲が遮音され、逆に隣の部屋からの声が聞こえやすくなる。


「不思議だよね。部屋の中のほうが隣の部屋の音が聞こえるの」


「そういえば、身バレとか大丈夫なんですか?アタシたちはデビュー前ですけどお二人は界隈だと有名人ですし」


「そう言った事は今までないかな。よくカラオケに行くって話は配信でもするけど、東京にはカラオケが山ほどあるからね」


「みんなそんなに気にしないでしょ。大丈夫」


そう言って葵が手早く曲の設定をし始めた。


「さ、誰から歌う?入れた曲は泥団子Pの『花畑に除草剤を撒け』」


「えらく風刺的ですね…」


「歌えないなら私が歌うけど」


「あ、じゃあお願いします」


「わかった」


私はタンバリンやマラカスを二人に渡し、葵の歌い始めを待った。


「”全世界の『可哀想』な人たちに捧ぐ〜――中指の代わりに叩きつける言葉〜”」


うんうん。歌詞が歌詞で少し燃えたこともあった問題曲名曲だけど、葵の落ち着いた歌声が、『激しい軽蔑』の歌詞を『冷徹な軽蔑』に変えていて一部のファンからもとても評価が高そう。


葵は自分の歌声を変化させるのは苦手だけど、その分終始安定した歌声を披露できる。


「――”今世紀の『可哀想』な僕へ送る〜――親指の代わりに叩きつける言葉〜”」


「すごーい!!やっぱりプロの歌は違うなぁ」


「すごいです、本当に…!」


「ぶい、先輩の矜持。次は……やる?」


葵がマイクを向けたのは陽夢ちゃん。彼女は緊張からゴクリと唾を飲み込んだ。


「や、やります」


選曲したのは近年有名になってきたバンドの一曲。


「”Handover! 君は、もう、僕のものじゃないから〜”!」


うん、イメージ通り元気のいい歌だね。自分の個性が先行しすぎて歌詞の意味が霞んじゃってるけど、それはこれから治っていくだろう。


「”僕は、手を伸ばし続ける、君の、笑顔に届くまで〜”!」


「うまいうまい」


「ね、独学でここまで歌えるのはすごいと思うよ」


「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」


「じゃあ、次は私が歌おうかな。志希ちゃん、どうする?」


「あ、それで、いいです」


「よーし。十八番オハコでテンション上げてくよー!」


画面をタップして挿入したのはあの歌。


「”あかねさす君の頬、僕には見えないけれど――”」


「この歌は…!」


「まさかの既出歌みた曲!?」


「よっ、ホロエコの歌唱王」


1ヶ月ほど前に歌みたで投稿した『茜』。恋愛ソングには苦手意識があるけど、この歌だけは鮮明に情景を浮かべながら歌うことができて、今では持ち歌一軍に昇格した。


「――ふう…あ、もう終わっちゃったか」


あっという間にこの歌を駆け抜けた私は、マイクを下げて志希ちゃんの方を向く。


「はい、最後は君だよ」


「…あ、は、い……」


あれ、さっきまで楽しんでる雰囲気だったのに意気消沈してる………なんで?


「……葵、私が歌ってる数分で何があったの…?」


「………無自覚わからせ屋め…」


「え?」


「い、いきまーす!」


自らを奮い立たせるように志希ちゃんが声を出して、曲を歌い出した。


「”無慈悲な法の槌を叩きつけ、愚者の思いを踏み躙れ”」


……この子、すごい。


いつもの、悪いけど引っ込み思案で気弱な性格の子から発せられるとは考えられないほど圧力に満ちている。ギャップがすごい。


それに歌唱力も。歌詞のフレーズ一つ一つが無力な人間へ絶望を刻みつけるようにはっきりと歌っている。


陽夢ちゃんと同じで、独学でここまで仕上げるのは才能以外にも努力が必要だ。


「えぐ…」


「…」


「うまいなー志希ちゃん」


「き、緊張したぁ〜!」


歌いきってマイクを下ろした志希ちゃんの顔は真っ赤だ。


「一曲歌うたびに緊張してたら体力持たないよ〜。まずは人前で歌うのに慣れることが武道館ライブ成功の第一歩だね」


「は、はい!」


そこから私達は6時間カラオケで熱唱した。


二人とも親密になれたと思うし、特に陽夢ちゃんの方から悩みを聞くことができた。


早速、灯織さんに連絡しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る