前略、できるだけ相談には乗ります。でもね?

「灯織さん、少し相談したいことがあるんです」


水無瀬さんの件で学校に伺った翌日、今度は火箱さんが事務所にやってきた。


「相談、ですか?それなら水無瀬さんとかにしたほうがいいんじゃ?」


「志希ちゃんにはできない相談なんです」


「つまり水無瀬さん関連ですか?」


「そうです」


今度は火箱さんから水無瀬さんに関する相談か…まだ別の問題が?


「実は……最近志希ちゃんの様子がおかしいんです」


「様子がおかしい」


「はい、元気がないっていうか、昨日灯織さんが学校に来たときも、若干あたしに遠慮しているように見えたんです」


「ほう…」


さすが親友、気づいていたのか。


「きっかけは多分、クラス替えであたしの周りに他の子達が集まって来ちゃったことだと思います。志希ちゃんと話す時間が少なくなっちゃってるんです」


若干ずれた考察を披露する火箱さん。女子の嫌がらせというものは親友でさえも見抜けないほど陰湿に行われているらしい。


「それで、火箱さんはどうしたいんですか?」


「あたしは志希ちゃんにもっと友達を作ってほしいと思ってます。志希ちゃんも人見知りってところがなければ本当に魅力のある子なんです」


「まあそれは分かりますが」


「というわけで灯織さん、なんとかしてくれませんか?」


「いやなんとかしてと言われましても、イメチェンでもさせればいいんですか?」


生憎とそういった才能は本当に皆無だぞ。


「志希ちゃんも周りの人ともっと仲良くなりたいとは思ってるんです。だからここは一つ、的確なアドバイスを!」


火箱さんが両手を合わせて頭を下げた。


俺も学生時代はいじめられっ子のボッチだったんだけど…


いや、ここは一つ水無瀬さんの件とも絡めておくか。


「……貴女達2人は本当に仲が良いですね」


「え?」


「昨日、水無瀬さんにも全く同じ相談を受けました」


「そ、そうだったんですか」


「ええ、『むーちゃんばっかりに甘えていられない』と。あの様子だと数日以内には新しい友達、できそうです」


「そっかぁ…!よかった!」


自分の心配が杞憂だと知り、火箱さんの声が華やぐ。


「…でも、すこし淋しいですね。昔はずっとあたしの後ろについて回ってきて、可愛い妹みたいな存在だったので。親心、みたいな?」


「なんとなく分かります。俺も親戚に仲の良い、いとこの妹がいたんですが、中学生になって友だちを連れて家に来た時は膝から崩れ落ちるかと思いました」


「灯織さんってもしかしてシスコン!?家に友だちを呼ぶのは普通のことですよ!?」


「今までそういったことがなかったものですから。しかも男友達だったので厳し目に採点しました」


「彼氏かも分かってないのに採点!?思ったより親目線だったよこの人………ちなみに何点でした」


「見た目の爽やかさと運動部に所属しているというスペック、物腰も柔らかで従妹と対等な関係を築いているってことでまあ40点くらいでしたね。ただ従妹を見る目が時折獣のソレだったので警戒度は上げました」


「いやそんな…それって灯織さんの感想ですよね?」


「ちなみに数カ月後に従妹に聞いたら短期間で女性を取っ替え引っ替えしてたらしいので俺の観察眼は正しかったことになりますね」


「怖っ」


若干火箱さんに引かれたので話題を変える。


「火箱さんは水無瀬さんのことを気にかけてますけど、逆に火箱さんは何か悩み事とかないんですか?」


「あたしですか?」


「ええ、俺は水無瀬さんだけのマネージャーじゃないですから。火箱さんのマネージャーでもあります」


「んんー……そう言われると…特にない、ですかね?勉強が少し難しいくらい?」


「高校は学習内容が中学の頃よりもっと濃くなりますからね。当然でしょう」


しかし、それを除けば特にないのか……充実した生活を送ってるんだな。


「……あ、一個、ありました」


「ほう」


「えーっと、少し、というか、結構話しにくいんですけど」


「あー、火箱さんが話したくないなら、別に大丈夫ですよ」


「……えっと」


「あ、言うんですね。はい」


「……あたし、生理が重くて……」


………………


…………


………


……



「ああ、整理、確かに部屋を綺麗に保つのって大変ですよね」


「えっと、そっちのせいりじゃないです」


「………あ、政理のことですか。いいですね、政治に興味を持つのは」


「違います!」


「……ッスーー……そう、ですか。生理が」


あのね?確かに俺は基本的にすべての相談に乗ろうとしてるんだけど…


「そういうのは専門外です…」


男性に生理はないんだよ…いや、一応男性にも生理不順があるらしいんだけど、縁遠いものなんだよ…


「薬とかで対応してるんですけど、学校休んじゃう日もあるんですよねー」


「は、はあ…」


「そういうときって結構憂鬱になりがちなんですよ。ベッドの中で自分の存在価値について考えたり、考えてると悪い考えが浮かんできちゃったり」


「ふむふむ」


「そういう時はウザいだろうな考えながらも志希ちゃんに色々RAINでメッセージ送っちゃいます。そうすると少しだけ気分が楽になるんですよ。その後はいつも志希ちゃんにあの喫茶店で何でも好きなもの奢ってます」


「俺は男なので生理のことは正直良くわかりませんけど、気分が落ち込んだときに誰か自分の気持ちを話せる人がいるっていうのは本当にありがたいことですよね」


「でもやっぱり、無駄話に志希ちゃんを付き合わせるのも罪悪感があって……どうすればいいですかね?」


「う、うーん。どうすればいいんでしょうかね…?」


ここは同じ女性である誰かに意見を仰ぐべきかも。


えーっと、氷見さんはほぼ常に忙しいし、光先輩も確か今はスタジオの整備中…あ、いた。


「ちょっと待っててくださいね。頼れる人を呼んできます」


「頼れる人…?」


火箱さんを置いて、俺は一度部屋を出た。



=====================================



「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!どうしたの灯織くん」


というわけでちょうど今日事務所に来る用事があった砂原さんを呼び出してみた。


「実は新しいタレントの子から相談が来ていて…砂原さんの知恵を貸していただきたいと思いまして」


「なるほどね。灯織くんの頼みなら、もちろん力になるよ」


「よかった。じゃあどうぞこっちの部屋へ」


砂原さんが部屋に入る。


「お、こんにちはー。君が新人ちゃんかな?」


「はい!火箱陽夢です!よろしくお願いします!」


「陽夢ちゃんね。初めまして、砂原ういです。VTuber海原水として活動してるよ」


「う、海原先輩ですか!?あたしもチャンネル登録者100万人目指してるんです!よろしくお願いします!」


「ああ、君が100万人の方ね。先人として先輩として、聞きたいことがあったら何でも聞いていいから……おっと、もともと相談があったんだっけ」


「はい。どうやら火箱さんの生理が重いらしく」


「うん?」


「その時に憂鬱な気分になってしまうんだそうで」


「うん」


「いつももう一人の新人さんであるご友人と話していると少し楽になるそうなんですよ」


「そうだね、そういう時は誰かと話すのがいいと思うし」


「でも友人にあまり迷惑はかけたくないそうなので他のメンタル回復法を探してるんです」


「うん。事情はわかった。でも灯織くん。なんでこんな相談受けてるの?もしかして脅した?見損なったよ?」


「素早い疑問予想結論ありがとうございます。でもこの相談は火箱さんから受けたものですから誓って脅迫なんてことしてません」


「…ホントにぃ?」


「ほ、本当ですよ!灯織さんが何でも相談に乗ってくれるって言うから、思いついたのがこれだったので」


「はぁー……私以外にしてたらセクハラで即解雇だよ灯織くん。まあ灯織くんはそんな事しないと信じているけど」


「ありがとうございます」


「それで、相談のことだけど、こればっかりは代替案を見つけるのは難しいんじゃないかな。生理のときの症状なんて人それぞれだし。それの緩和策なんてそれこそ人それぞれだよ。」


「そうですか……貴重なご意見ありがとうございます」


「でも陽夢ちゃんはその友達にあんまり迷惑をかけたくないんだよね?」


「はい」


「だったら灯織さんに連絡取ればいいんじゃないかな」


「え?」


「え?」


突飛な解決策に俺と火箱さんは素っ頓狂な声を上げた。


「灯織さんなら深夜か早朝じゃない限り返信してくれるでしょ?」


「まあ会議とかじゃない時はすぐに返すようにしてますけど……」


「ならそれでいいんじゃない?灯織さんも担当の子に迷惑かけられる分には気にしないだろうし」


「そ、そうなんですか?」


火箱さんが俺に視線を向けた。


「まあ、必ずしも気にしないというわけではないですけど、そうですね」


「じ、じゃあその時は灯織さんに連絡します」


「うん。灯織くんは聞き上手だからきっと楽しい話し相手になってくれると思うよ」


「ハードル上げますね。俺そんなに話すの得意じゃないですよ?」


「話し相手になるだけでも結構変わると思うし、そんなに気負わなくても大丈夫だよ」


そう言って砂原さんが俺の方をぽんと叩いた。

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