前略、GOサインが出たのでカチコミに行きます

氷見さんが電話で連絡すると、すぐに我らが池谷社長が会議室に顔を出した。


「状況の説明を」


「さっきの会話、録音していたのでそれ聞いて下さい」


俺が音声データを起動すると、社長がそれに耳を傾ける。


聞き終わったあと、社長が厳かに口を開いた。


「約500人。この数字がなにか、灯織くん、分かりますか」


「年間の学生の自殺者ですか?」


「なんで知ってるんですか…?」


「……」


「灯織さん?なにか言ってください?」


「光ちゃん、人にはね?誰だっていいたくないことの1つや2つ、あるものなんだよ?」


「砂原さんまで…目に光がないですよ…?」


「私は、自殺というものが人の死において一番愚かな行為だと思っています。前途有望な若者なら、なおさらです」


社長が続ける。


「水無瀬さん。私はあなたをタレントとして雇用する前に、一人の大人です。大人が子供を助けるのは、当然のこと。……灯織君」


「はい」


「今すぐ、彼女の学校の校長に、話し合いの場を持つためのアポを取ってください。それと彼女の親御さんに連絡は?」


「もう終わらせてます」


「流石ですね。さて、水無瀬さん」


「は、はい!」


「あなたはどうしたいですか?我々は徹底的に戦うことができますそれこそ裁判にすることもできる。でもあなたが事を荒立てたくないのであれば、我々はそれに従います」


「……私は…」


俯いていた水無瀬さんが顔を上げる。


「私は、大事にしたくはありません。あの子達に謝ってもらいたいだけです。それに、あの子達もむーちゃんと仲良くなりたくて私に矛先が向いただけ、一緒に仲良くしてほしい、それを伝えられる場が欲しいです」


水無瀬さんは本当に優しい人だ。


「…分かりました。灯織君、任せてもいいかい?」


「お任せください」


俺が彼女なら、加害者を同じ目に合わせるだろう。


しかし、俺は彼女のマネージャーである。


「少し席を外します」


スマホを持って俺は部屋を出た。



======================================



「本日はお時間を取っていただきありがとうございます」


数日後、無事アポを取ることができた俺は、水無瀬さんと火箱さんの通っている私立の女子校の校長室に腰を下ろしていた。


「やはり校舎の清潔感というのは大事なものですね。女子校ならそう言った部分も生徒を呼び込むの重要な部分なんでしょうか?」


「そうですねぇ、清潔感というのは大事なアピールポイントですから」


私立というだけあって、結構きれいな校舎だ。公立だとなかなか修繕工事とかができないからな。


「それで、お話というのは」


「おっと、失礼しました、本日伺ったのは、こちらの学校で行われているいじめ紛いの行為について、学校側が認知しているのかということです」


「…いじめ、ですか?失礼ですがあなたのお仕事はたしか…」


いじめ、と聞いて校長が緊張するのが伝わる。


「改めまして、Vtuberタレント事務所、ホロウエコーにてマネージャーをしています、灯織漣です。本日は我が事務所のタレントの一人が、学校でいじめのような行為を受けていると報告を受けてお伺いさせていただきました」


「いじめ、と言われましても、我々は毎年アンケートを取っています。そこでは何もそう言った声はありませんでしたが」


「ええ、そうでしょうね。このいじめ紛いの行為は新年度になって行われたとのことですから」


「…では、その生徒の名前は?」


「2年生の水無瀬志希さんです。彼女はこれからほんの数週間でウチのタレントとして正式デビューが決まっているんですが、このようなことになってしまい…」


「そ、それが事実だとすれば、生徒の人格も歪んだものになってしまうかも知れませんな。早急に対応を…」


おおっと、この人この手の話を嫌がってるな。あからさまに空気が変わった。


「ええ、ぜひとも担任と本人たちによる事実確認を行ってほしいですね。できるだけ早く」


若干言葉に圧を持たせる。学校は忙しいとはいえこういった調査に手を抜く可能性が無きにしもあらずだしな。


向かいに座る校長に顔を近づける。


「どうか、正確で、抜かりのない、調査を、お願いしますね?」


「は、はいぃ…!」


「今日はお忙しい中時間を頂戴くださりありがとうございました。では、これで失礼します」



======================================



校長室を出て社長に連絡を取る。


「あ、もしもし、はい、一応調査と話し合いの場を設けるように言いました。あとは水無瀬さんの努力次第、ですかね。何もできないのが少し歯痒いですが」


「ええ、これから戻ります。では」


電話を切って昇降口に向かおうとすると、その脇で声が聞こえた。


「ねー、まだ学校来てるの?」


「アンタが居るからウチたちが陽夢ちゃんと話せないじゃん」


聞き覚えのある単語。すぐに録画アプリを起動し、音を殺して近づいた。


「ほんとに邪魔だからさー、今日は一人で食べててくれない?」


「あ、そろそろ行かないと、陽夢ちゃん待ってるよ」


「それもそうだね〜、じゃ、一人で食べてて〜」


近づく事に心臓が早鐘を打つ。汗が体から吹き出すような錯覚を覚え、蓋をした記憶の瓶が開け放たれそうになる。


『アンタさぁ、飯食える身分だと思ってんの?』


『あ、君の餌はゴミ箱に捨てておくね〜、アタシったらやっさし〜』


「……っ!すぅー…」


精一杯の勇気を振り絞って、わざと大きな足音を立てて、踏み出した。


「あの!職員室って!どこですかね!?」


俺の表情はさぞ気持ちの悪いことになっていたに違いない。変に強張って上手く笑えていないはずだ。


ほら見ろ、水無瀬さんを囲んでいた子たちもポカンとした様子だ。


「…えっと、あの」


「職員室は、2階です」


「そうですか…!ありがとうございます!皆さんはご昼食ですか?さぞ美味しいんでしょうね!楽しんでください!」


「は、はい……ねえ、もう行こ?」


「う、うん」


「お、おー」


囲んでいた3人が唖然としながらその場を去ると、俺は床にへたり込んだ。


「うぷっ…」


胃の中のものが逆流してきそうになるが、気合で抑え込む。


「や、やあ、水無瀬さん。お元気そうで…はないですね。うごご…」


「灯織さんのほうがお元気じゃないじゃないですか!大丈夫ですか!?」


何とかせり上がってきたものを飲み込み、酸で喉が焼かれたことで軽く咳き込む。


「ゲホ、ええ、大したこと、ないです」


「大したことあるじゃないですか!」


「大丈夫、録画は、録りました」


「そういうことじゃないです!」


水無瀬さんは俺の背中を不器用に擦って楽にさせようとしていた。


「はぁー……最近の学生のいじめっていうのは、結構陰湿なんですね…」


「すみません、お見苦しいところを…今日来てくれたんですね」


「ええ、そういえば、あんな事言われてましたけど、お昼はもう食べましたか?」


「いえ、まだ…」


そう言って水無瀬さんは傍に置いていた弁当箱を見やった。


「じゃあ、一緒に食べませんか。今日は俺が、火箱さんの代わりということで……うごご……」


「と、とりあえず、トイレに行ったらどうですか?」


「ああ、ごめんなさい、そうさせてもらいまうぼぼぼぼぼぼぼぼ」


俺は急いで近くにあったトイレに駆け込む。







ちょっと、最後までカッコつけさせてくれよ!

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