前略、担当が事情を説明してくれました。
水無瀬さんのSOSを受けてから、火ノ川先輩と砂原さんが着替えとタオルを持ってきてくれたので、一度外に出て着替えが終わるのを待った。
その間に俺は水無瀬さんのお母様に連絡を取り、彼女の無事と状況を伝えた。事情を聞き、こちらでも対応すると。
「…はい、突然すみません。後ほど説明させていただきます。はい。ただ、本人が少し不安定な状態なので……あまり詮索せず、いつものように接してあげてください」
『そ、そんな、娘を保護していただいただけでも、感謝してもしきれません。学校から連絡があって、鞄とかも置いて行ったみたいで、どうしようかと』
「少し事情を聞くので、帰りが遅くなるかも知れません。私が送らせていただきますので、その際は連絡させていただきます」
『はい、はい。お願いします』
お母様との通話を切る。
「灯織くん、入ってもいいよ」
「ありがとうございます」
砂原さんがちょうど顔を出し、俺は部屋に入る。
水無瀬さんは砂原さんがいつも持参しているはちみつレモンティーを飲んで落ち着きを取り戻していた。
「さて……早速だけど、聞かせてもらってもいいですか?あなたに何があったのか」
「…はい」
俺が対面に座ると、水無瀬さんが少しずつ話し始めた。
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2年生になって、クラス替えが学校でありました。
知っての通り、友達のほとんどいない私は運良くむーちゃんと同じクラスになって、去年と変わらず生活を送ることができました。
クラスが変わって、1週間もすればクラス内でグループができます。
知っての通りむーちゃんは校内で人気者です。クラスの中でも特に大きな中心グループに誘われていたんです。
ただ、むーちゃんは遠回しに断りました。クラスラインの方には入ったんですけど、そのグループのラインには入らなくて。付き合いも、学校で会話するくらいで、それほど深入りしなかったんです。
でも、そのグループのリーダー、みたいな子は、去年別のクラスで中心人物だったんです。
失礼かもしれませんが、性格は高圧的で、自分の思い通りにならないと気がすまないような子で。
ある意味むーちゃんから拒絶されたその子は、怒りの矛先を私に向けてきました。
多分、いつも一緒にいる私を排除すればその位置に自分が入り込めると考えたんだと思います。
初めのうちは私とむーちゃんが話しているときに割り込んで来たりとか、逆に休み時間中ずっとむーちゃんと話して私を近づけなかったりと、まだ耐えられるものでした。
ただ、1週間前からその、嫌がらせの規模が大きくなってきてしまって……
教科書がゴミ箱に捨てられてたり、リーダーの子の取り巻きに囲まれてじっと見られたり……
数日前は、『アンタが陽夢の隣に居るのなんて似合わないわよ』って…
それで、ずっとその言葉が頭から離れなくて。私はむーちゃんの傍にいて良いのか、とか、私がずっとむーちゃんに甘えちゃってただけで、独りよがりな、一方的な友情なんじゃないかって…
悪いことばかり考えてると、底なし沼に沈んでいくように悪い考えしか浮かばなくなってきて…
そんな口撃がずっと続いてて……体にも不調が出てくるようになったんです。
今日もその子達のいじめみたいなのが続いていて…
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「それで……それで気づいたら学校を飛び出して、ここに歩いてきてしまったんです」
そうして水無瀬さんの話が終わった。
「……」
「…ひどいね」
「…えと、これ、私達が聞いていてもいいんですか?」
「…私が学生の頃にはそういった生徒ごとの対立はバチバチにやり合ってましたが…今はそんなに陰湿なんですね…」
過去、心に傷を負ったことがある俺と砂原さんに対して、そう言った経験をしたことがないであろう公式スタッフの2人は戸惑いの声を上げていた。
「…話してくれてありがとございます。辛かったですよね」
「いえ……あの、このことはむーちゃんには伝えないでおいてくれませんか?」
「え、で、でも、陽夢ちゃんにも伝えたほうが…」
「砂原さん。水無瀬さんの意見を尊重しましょう。火箱さんに余計心配をかけるわけにもいきませんから」
「……分かった」
「……水無瀬さん。体の不調っていうのは?」
「夜に眠れなくなってしまったり、寝ても頻繁に起きてしまったりとかです」
「……そうですか」
不眠症気味みたいだ。
「まあ…不眠症ならまだ対処のしようがあるので…」
「でも、逆に言えばそれほど志希ちゃんの精神にダメージが入ってるってことだよね」
「どうするんですか?」
砂原さんと氷見さんがマネージャーである俺を見る。
「正直、いじめに対する対処はなかなか難しいんですよ。ニュースでもよくやっているでしょう?教育委員会の腰は重いし、常に過剰とも言える仕事量に時間を忙殺され、向き合うべき生徒と向き合うことができない担任。周囲の生徒も同調圧力から声を上げることは少ない。一番最悪なのは教育委員会や学校が事実を隠蔽または黙認することです。助けを無視された学生に残っているのは、一生消えない傷を残しながら学校から逃げるか、自ら命を絶つか」
「…饒舌ですね。灯織さん」
「ッ……すみません。とにかく、水無瀬さんが俺達第3者の人間に助けを求めてくれたのは不幸中の幸いです。俺達がここから動けばいいんですから」
「もしや、裁判ですか?」
「いえ、そんな事しませんよ。そもそも裁判になると水無瀬さんの負担が逆に増えてしまうことになりかねませんから。まあ、水無瀬さんがやりたいと言うなら俺は反対しません」
「いえ……私に対する嫌がらせをやめてほしいだけです」
明らかにいじめであることを「嫌がらせ」程度で済ませるのに、水無瀬さんの優しさと言うか、器の大きさを感じる。
「とりあえず、社長を呼びましょう。あの人の鶴の一声がないと、後々責任とかでめんどくさいことになりますから」
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