前略、担当が助けを求めてきました


喫茶店で打ち合わせをして数日後、デビューの準備は水面下で進んでいる。


二人とも既にフィスコードのホロエコサーバーには入っているし、歌ってみたの段取りも進んでいる。


俺は一息ついて窓を見やった。


「…雨、酷いな」


外は4月にしてはずいぶんの大雨だ。たしか線状降水帯が発生してるらしい。地球温暖化もここまで来たか。


「……少し、散歩するか」


前職のときから、気分転換に社内を歩き回るのが癖になっている。今日はエントランスに行ってみようかな。


ちなみにこの前は会社内のありとあらゆるゴミ箱を漁りに行った。後悔はしていない。


「ふんふーん」


「……おい、あの新人」


「…誰かついて行ったほうがいいんじゃないか?」


「嫌だよ、異常者と思われたくない」


先輩方がなにか言っているが、気にせずに部屋を出た。


「わっ…びっくりした」


「砂原さん。なにかご用が?」


扉を開けると、丁度目の前に砂原さんが突っ立っていた。


「あ、いや、特に用はなかったんだけど、なんとなく通りかかったから」


「そうなんですね」


「灯織さんは?どこか行くの?」


「気分転換にエントランスまで歩こうと思いまして」


「おじいちゃん?」


「いつの間に俺は老いぼれに?散歩は好きですけど」


自然と2人で並んでエレベーターに向かう。


「そういえば、3期生の子のことなんだけど」


「火箱さんの方ですか?」


「そうそう。あの子、すぐに私の方に連絡取ってきたんだよね」


コミュ力行動力共に高い火箱さんならありえなくはないだろう。


「あの子、大切にしてあげてね。私と同じか、それ以上に輝ける子だよ」


「トップVの砂原さんをしてそう言わしめるとは」


「もう片方の子は、人と話すのが苦手そうだから……少し、昔の私と似てるかも」


「3期生の通称が海原ジュニアになりそう」


「あはは、そうだね。そう思うくらい私と共通する点が多いかも」


1階に着く。エレベーターを降りてエントランスに出ると、相変わらずの雨が俺達の目に飛び込んできた。


「そう言えば今日はずっと雨だってね」


「外回りの人たちは大変ですね」


バケツを引っくり返したような大雨だ。これは傘をさしても役に立たないだろう。


「…ん?」


ふと、砂原さんが外を見た。


「どうしました?」


「いや、傘をささずにこっちに歩いてくる人が見えるから…」


「いやそんなまさか。この大雨ですよ?」


「そんなことないよ。ほらあそこ!」


砂原さんが指さした先には、たしかに人影が。


「本当だ。というか…」


人影が自動ドアを開けて社内に入ってくる。


その姿を見た途端俺は駆け出した。


「灯織くん!?」


「大丈夫ですか!?水無瀬さん!」


水無瀬さんが力が抜けたようにびしょ濡れの体を地面につく。


「水無瀬さん?大丈夫ですか?」


再度声を耳元でかけながら、ジャケットを脱いでびしょ濡れの体が冷えないように羽織らせる。


「……」


水無瀬さんは何も言わない。寒さからか、小刻みに体が震えている。


でもどこか、昔の俺に似ているような気がして――


「…砂原さん。今すぐ、氷見さんと火ノ川先輩を呼んできてください。あと小会議室の使用許可を氷見さんに取ってもらってください」


「え」


「早く」


「…う、うん」


待っている間、俺は震える水無瀬さんのバイタルチェックを行う。


「すみません。手首、触りますね」


脈は正常だ。ただ体は冷えていて低体温症になっている可能性がある。なにか温かいものなどで体を温めないと…


「水無瀬さん……無理をしなくていいので、立てますか?」


俺の声に水無瀬さんがヨロヨロと立ち上がる。


そういえばと今気づいたが、水無瀬さんは学校の制服を着ていた。


「…もしかして、学校から直接、来たんですか?」


本当に微かに、水無瀬さんが首を縦に振る。


「……そうですか」


「灯織さん!呼んできたよ!」


ちょうどその時砂原さんがスタッフ2人を引き連れてやってくる。


「大丈夫ですか灯織さん!?」


「氷見さん!会議室は使えますか!?」


「こちらの会議室なら空いています!」


「分かりました。水無瀬さん。歩けますか?」


そう聞いてみるが、ここまでずっと歩いて来たのだろうか、足が震えていて動かない。


「すいません。失礼しますね。…よっと」


人目についてしまうので、仕方ないが彼女を抱えて会議室まで運ぶ。


「低体温症かも知れません。とりあえずなにか拭くものと、あと着替えがあればいいんですけど…」


「あ、着替えなら私の貸すよ」


「タオルだったら、私のロッカーに入ってますね」


砂原さんと火ノ川先輩がそれぞれ物を取りに行く。


「…じゃあ、私は温かい飲み物を買ってきますね」


そう言って氷見さんも部屋から退散し、俺と水無瀬さんだけが残された。


「…水無瀬さん。俺はあなたの身に何があったのか、わかりません。でも、それを一人で抱え込まないでください」


頭に手を置き、髪を梳くように撫でる。


「俺はあなたのマネージャーです。あなたのために、できることは何でもします。だから、話してくれませんか?」


昔の俺も、こうして一人で抱え込んで、最終的には壊れてしまった。


でも彼女には頼ることのできる周囲の人達がいる。


「……助けて」


SOSは受け取った。


「任せてください」

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