前略、藍原さんがおこです

「灯織さん、そこに正座」


「は、はい…?」


新しくタレントとしてデビューする火箱さんと水無瀬さんと顔合わせを行い、会社に戻ろうと振り向くと、目の前にいつの間にか藍原さんが突っ立っていた。


「……説明して」


怒りと悲しみがごちゃまぜになったようなオーラを醸し出し、有無を言わせない迫力を纏いながら一言つぶやく藍原さんに逆らえるはずもなく。


「…御意」


というわけで藍原さんに事の経緯を話すことになった。


休憩室で座りながら、なぜか手を重ねられて。


いやタレントがこういったことをやってはいけないと思うんですよ、特にマネージャーに。


「それで?誰、あの子達」


きつく俺の手を握りながら藍原さんがそう質問した。


「話題になってるホロエコ3期生ですよ」


「なんで灯織さんが見送りに行ったの」


「それは俺があの2人の新任のマネージャーになる事になったからです」


本当にまさかだった。俺の他に立候補した人がいないということでそのまま決まってしまったのだ。


ぐぐぐ……と俺の手を掴む力が強くなる。といっても藍原さんはそれほど筋力があるわけではないので痛みなどは感じないが。


「私のマネージャーじゃなかったの」


「……いえ?」


ぎゅうううううう!!!


「す、すみませんすみません」


「……他の子のところに行くんだ。私を置いて」


「いや、藍原さんにはもう大野先輩が…」


「私は灯織さんじゃないとダメなの」


「…そこまで信頼してくれてるのはありがたいですけど…もう決まってしまったことですから。あと手を離してもらっても?」


「……」


手の力が抜け、力なく震え始める。


「……私ね、最近、灯織さんに会えたことが人生で一番の幸運だって思うようになってきたんだ」


「…それは、なんというか、大袈裟では?」


「そんなことないよ。五味さんから助けてくれて、マネージャーとしてサポートしてくれて、本当に幸せだった」


しみじみと藍原さんがそう零す。


「このまま灯織さんがマネージャーをしてくれないかなって、思ってたんだ」


そう言って藍原さんがもう片方の手も重ね合わせてくる。


「……灯織さんがやらないとだめなの?」


「マネージャーも人手が十分にあるわけじゃないですから。ところで手を開放してもらっても?」


「…私は灯織さんにマネージャーをしてほしい。大野さんよりも」


「…それを決めるのは、俺ではないので。それで手を放してくれませんか?」


「……」


「いや急に黙らないでくださいよ…今生の別れってわけじゃないんです。マネージャーの部屋に来てくれればいつでも話せますから。それに公式スタッフとしても関わることがあるでしょうし」


「…」


「俺は藍原さんと、これからも仲良くしたいって思ってます。藍原さんは?」


「…私も」


「なら俺達は友人です。今までは『タレント』と『マネージャー』でしたけど、友人なら気軽に話しかけるのが普通でしょう?」


「…うん。わかった。灯織さんと友達、で、我慢する。ほんとは友達でマネージャーが良かったけど」


「よかった…ところで、そろそろ手を放してもらっても?」


なんと宥めることに成功した。


「……友達なら手をつなぐことくらい普通」


「いや、しないですよ……多分」


友達いたことないからわからない…


「普通。私とこはくも手を繋いでる」


「むう…?なら大丈夫…なのかな?」


「そう、大丈夫。それに何のやましい気持ちもないからますますオッケー。むしろもっと促進していくべき」


「促進するのは流石に駄目だと思います。でも…まあ大丈夫なら。はい」


「やった」


「こんにちはー!!」


元気よく休憩室に鞍馬さんが入ってきた。


「あれ?どうしたの葵。あっ、灯織くんと手繋いでるー!!」


「こ、こはく、いや、エット、キョウノ、ウタノシュウロクハ、ジカンカカルッテ、イッテナカッタッケ?」


「いやーそれが絶好調で!すぐに終わっちゃったから葵とご飯食べようとおもって!」


「ソ、ソウナンダ、アハハ」


オイルの切れたロボットのようにギチギチとぎこちない動作をする藍原さん。


「それで?なんで手繋いでるの?」


「エットネ、ソレハ……」


「――藍原さんが手の大きさを比べたいと言い出したので、繋いでたんですけど」


突然の鞍馬さんの登場に動揺して明確な返答ができないことを見越した俺は、すぐに助け舟を出した。


「そ、そう!やっぱり男の人の手って大きいんだなって…感心してたところ」


「へー!実際どんな感じ?私も比べたい!」


純粋な鞍馬さんはその苦しい言い訳をあっさりと信じ、あまつさえその流れに乗っかろうとした。


「ダメ」


しかしそれを藍原さんが許さなかった。


「え?なんで?」


「ダメ」


「…えっと?」


「ダメ」


急にダメダメbotと化した藍原さんに、鞍馬さんが困惑する。


「ど、どうしたのかな?葵ー?」


「ダメ」


「えーっと」


「……鞍馬さん、もう片方の手が空いているので、それを使ってください」


「あ、うん」


そう言って鞍馬さんが俺の手にピッタリと手を合わせてくる。


「本当だ、おっきいね。なにかピアノとかやってた?」


「そういうのは特に何も。遺伝じゃないですか?」


「へえー」


「満足したなら放して」


「葵も放しなよ?灯織さん、まだ仕事残ってるんだから。それまで放さない」


「ぐぬぬ……」


しばらく藍原さんは唸っていたが、やがて観念したように握っていた手を放した。


「はい、これでいいんでしょ?」


「よくできました。じゃあご飯食べに行こっか」


「うん」


そう言ってタレント二人は席を立つ。


「またね灯織さん」


「……ばいばい。灯織さん」


「お疲れ様でした」


そうして休憩室に一人残された俺は、息を吐きながら机の上に突っ伏した。


「結構大丈夫だったな」


一番苦手な年齢層である女子高生とも倒れずに会話を続けることができたし、女性に長時間手を握られても顔色一つ変えることなく対応することができた。


トラウマは着実に治ってきているのかも知れない。


そうだ、あの子達が異常だっただけ。普通の女子高生は挨拶代わりに殴らないし突拍子もない馬鹿げたことを実行しない。


だからもう大丈夫。女性は怖くない。


「……よし、俺も仕事に戻ろう」


火箱さんと水無瀬さん。2人の明確な夢を感じることができた。


それを支えるのは、他でもないマネージャーの俺になる。


ひとまず桐藤さんに聞いて一枚絵を書くのにどれくらいの時間がかかるのか把握しよう。


それから彼女たちのデビューと同時に公開する歌みたの企画の提案。


デビューが終わっても、しばらくは忙しい日々が続きそうだ。

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