前略、娘さんを任させていただきます
昨日付で俺は火箱陽夢、水無瀬志希という二人のタレントのマネージャーとなることが正式に決まった。
「ホントは俺も一緒に仕事していきたかったんだけどな。まあ頑張れよ」
大野さんがそう言って激励をしてくれてとても嬉しかった。
ちなみにこの件で
そもそもこの前、公式スタッフとしての雑談配信をしていたときに
『あかりんは何の仕事やってるの?』
という質問にバカ正直に
『マネージャー業ですね。タレントさんのスケジュールの調整とか送迎、あとはコラボグッズの打ち合わせとかに出たりしてます』
と答えてしまい無事
『新人スタッフ担当のお知らせ、ヴィッターの公式アカウントからも発表しておきました!』
とかいうまさかの背後からガソリンを投げ込まれるという事件が起きてしまった。
まあ起きてしまったら仕方のないことなので通常比5倍に増えた苦情マロを眺めながら俺はヴィッターに何を投稿するか文面を考える。
そして考えた末に生まれたのがこれだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
小波灯@ホロエコ公式スタッフ@akari_sazanami
まさかの背中からガソリンをかけられた男
ところで最近の女子高生ってどういうのが好み?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺も大概である。こんな物を世に出したら過去最高に燃える。
というか最後の一言に関しては本当に悩んでるんだよな。今度火箱さんと水無瀬さんの親御さんにご挨拶をしに行かなければならないのだから、菓子折りの一つくらい持っていかねば無作法というもの。
こういうのは無難にお菓子で済ましてしまうべきか、それともなにか流行りに乗ったもののほうがいいのか。
「うーん」
かれこれ1時間は悩んでいる。どうするべきか。
「……もう聞けばいいのでは?」
幸いなことに2人の電話番号は既に知っている。そこに電話をかければ彼女たちの親御さんの好きなものを知ることができるだろう。
「そうと決まれば電話電話〜」
まずは水無瀬さんの方に連絡をとる。今の時刻は午後4時。部活とかに入っていなければ下校していてもおかしくないけれど…
『……はい、もしもし』
「もしもし、マネージャーの灯織漣です。突然連絡して申し訳ありません」
俺が名乗ると同時にドタっと大きな音が通話越しに聞こえた。
「あの、大丈夫ですか?」
『は、はい!ちょっと驚いてしまって…えっと、なにかありましたか?』
「いえ、実は予定通り今度そちらにお伺いしようと思っているんですけど、ご両親の好きなお菓子とかがあれば教えていただきたいと思いまして」
『あ、えっと……母は「萩の月」が大好きで…私も好きです』
「…なるほど、萩の月ですか…」
『あ、ちなみにむーちゃんのお母さんは「
「かるかん……まんじゅう……なるほど、ありがとうございました」
『はい、お役に立てたなら…何よりです』
「ではまた後日。失礼します」
電話を切る。
「萩の月に軽羹饅頭…」
宮城県と鹿児島県の定番お土産だ。ちなみに訪問は2日後を予定している。
その2日間で通常の業務をこなしつつ、どうやって東北と九州に出向いて買いに行けばいいのだろうか。
「…いや、ここは俺の人脈を駆使する時だ」
俺は早速2つの連絡先に電話をかける。なんとかなりそうなので、さらにもう1つの連絡先にお願いをした。
そして2日後…
「なあ漣、お前宛に2つ小包が届いているんだが…」
「あ、ありがとうございます。良かった、間に合って」
「中身は?」
「宮城の萩の月と鹿児島の軽羹饅頭です」
「遠っ!?」
「前職のときに両者の会社さんと関わりを持ったことがありまして。あとコネがある運送会社になる早で飛ばしてもらいました」
もちろん報酬には色を付けておいたが。
「わざわざ挨拶にそんな物いるのか?」
「当たり前じゃないですか。未成年の、それも一人娘のマネジメントを任されるんですから、相応の菓子折りを持っていかないと」
「そういうもんなのかなぁ…」
「少なくとも俺はそう思っています。よし、じゃあ行ってきます!」
会社から出て目的地に向かう。今回はなんと2人の自宅に呼ばれているので、粗相のないように振る舞わねば。
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「初めまして、陽夢の母の
「この度火箱さんのマネージャーを務めさせていただきます。灯織漣です」
火箱さんの家はモダン建築の一軒家で、お母様の陽海さんはルビーのような赤紫の髪をお持ちの方だった。
「こちら、よかったら娘さんとお食べになってください」
そう言って軽羹饅頭を手渡す。
「あらあら、わざわざありがとうございます。どうぞ、お上がりになって」
「失礼します」
持ってきたスリッパを履いて部屋の中に入る。
光が取り込めるように2回まで吹き抜けになっていて、電気をつけなくても明るくなっている。
「素敵なお家ですね」
「そう言ってくれると嬉しいです。夫が設計したものなんですよ」
「旦那様は建築家なんですか?」
「はい。今はアメリカでその腕を奮っているそうです。お陰で陽夢と顔を合わせる機会も少なくて…」
なんと火箱さんのお父様は世界を股にかける建築家だった。
「それは忙しいでしょうね」
「ええ、陽夢の運動会や学芸会の発表も、ほとんど顔を出せなくて…」
「そうなんですね。前にあった感じだと、火箱さんは特に気にしなさそうですけど」
「いえいえ、そんなことは全然。陽夢はお父さん大好きでしたから、『なんで見てくれなかったの!』って喚いちゃって志希ちゃんを困らせて」
「へえ」
意外だ、水無瀬さんが少し臆病だったこともあって火箱さんのしっかりした性格が強調されていたが、彼女でも年相応な部分はあるのかもしれない。
「では、そろそろ本題に移らせてもらってもよろしいですか?」
「確か、娘の活動方針について、でしたよね?」
「はい。先日の顔合わせの際、火箱さんの目標をお聞きした所、『チャンネル登録者数100万人』という目標を掲げていらっしゃいました」
「あの…私はそう言った物に疎いのでわからないのですが、どのくらいすごいことなのでしょうか」
「現在私達ホロウエコーが活動拠点としている配信プラットホームで考えると、チャンネル登録者数1万人が全チャンネルの3%、10万人が0.04%、100万人となると0.02%ですね。チャンネルの総数が大体5100万と言われているので、100万超えは10000人ほどですね」
「はあ……よくわからないですが、とてもすごいことなんですね」
「そうですね。気軽に目指していい目標でないことは確かです」
俺は机の上に出されたお茶を一口いただく。
「ただ、これは荒唐無稽な話ではなく、火箱さんの強みを活かして活動を続けていけば届くのも夢ではないと思っています」
「そう、なんですか?」
「彼女は幅広い活動を行っていきたいと話していました。なので我々としてはオリジナル楽曲の制作や公式のバラエティ企画の参加などを積極的に行っていく方針です。なにか疑問に思ったことはありますか?」
「…えっと、バラエティ企画というと、なにかこちらで留意しておかないといけないことはありますか?」
「そうですね、例えば『ホロエコしゃべりまくり!』という企画はタレントのプライベートにも踏み込む企画になってます。なので家族の話をされたくなければ、NGを出していただければこちらでそう言った話題を出さないように指示します」
売れるために何でもすればいいというわけではない。自身のブランディングを維持することも売れるために必要なものだ。
「そういったNGは娘さんと話し合って決めてください」
「はい。分かりました」
そこからしばらくイベントや送迎などの説明を行った。
「――今日お伝えしたいことは以上です。なにか気になる点はありましたか?」
「いいえいいえ、丁寧な説明でとてもわかりやすかったです。お若いのにすごいのね」
「そうでもありませんよ。慣れれば誰でもできます」
「そうなの?」
「はい。特に気になることがないなら、そろそろ御暇させていただきますが」
「もっとゆっくりなさってもいいのに。お忙しいんですか?」
「このあと、水無瀬さんのお宅にもお伺いして説明をする予定なので」
「あら、そうだったのね。だったら水無瀬さんも呼んで一緒に済ませてしまえばよかったわね」
「あー、それもそうでしたね」
「ちょっと待って、今呼んで見るから」
「いえそんな、ご迷惑をかけるわけには…」
「こんなの迷惑のうちに入らないわよ。それに旦那と違ってイケメンなんだから、役に立てるだけでおばさんは嬉しいってものよ」
そう言って俺の制止を気にも留めず電話をかけた。
「水無瀬さん?今私のところでマネージャーさんが説明してくれているんだけど……そうそう、ぶいちゅーばーの。一緒に話を聞いてお茶でもしない?…はーい、待ってまーす」
決まってしまったようだ。
「すぐ向かうそうなので、少し待っていてもらえる?」
「あ、はい」
決まってしまったものは仕方がないが。
「灯織さんは高校生の時はどこの部活に所属していたのかしら?」
突然そのようなことを陽海さんから聞かれた。
「えっと…高校では特に何もしてないですね」
「あら、じゃあ大学かしら?姿勢がとてもきれいね」
「そうですか?大学では…まあ、武道を習っていたので、それでですかね」
「武道って言うと、柔道とか、剣道とかかしら?あっ、合気道なんかすごいわよね、小さい人が自分より遥かに大きい人をばったばったと投げ倒していくんだから。ヤラセなんじゃないかって思っちゃうわ」
「あはは…たしかに合気道は不思議な動きをしますが、人体の構造を深く理解して作られているので、ヤラセなんかでは決してないんですよ」
そんなふうに時間を潰していると、インターホンが来客を告げた。
「あら、来たみたいね」
そうして部屋に入ってきたのはくすんだような銀髪――スカイグレーというのだろうか――を持つ女性が入ってきた。
「初めまして。水無瀬さんと火箱さんのマネージャを務めさせていただくことになった、灯織漣です」
「ご丁寧にありがとうございます。志希の母の
望美さんはそう言って深々と頭を下げた。
「では、早速説明をさせていただきますね」
「はい、お願いします」
「私ももういちど聞かせてもらおうかしら」
そうしてもう一度同じような説明をする。
水無瀬さんは武道館でのライブを目標としているので、ゲームやバラエティの配信をしながらも歌関連の活動に比重をおいていく方向であることを伝えた。
「――という感じです」
「……ありがとうございます。不出来な娘ですが、よろしくお願い致します」
「いえ、たしかに引っ込み思案な感じはしましたけど、自分のしたいことをきちんと伝えられる子でしたよ」
「そうなんです…あの子はほんっとうに気が弱くて…陽夢ちゃんの後ろをひっついて離れないんですよ」
「うちの陽夢も、志希ちゃんにはずいぶんお世話になってるけどね」
「お二人共仲がいいんですね」
「ええ、私達、なんてったって小中高大と同じ学校を出た仲ですし」
「親世代から幼馴染だったんですか」
そりゃあ仲がいいわけだ。
「灯織さん。改めて娘のこと、よろしくお願いします」
「はい。お任せください」
望美さんと陽海さんに心配をかけないためにも、より一層彼女たちのことに気を使っていかなければならない。
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