前略、ホロウエコー3期生が準備を進めています

「3期生ですか」


「ああ」


俺がいつものように仕事をしていると、先輩であり、共にタレントのマネージャーをしている大野先輩がふと口を開いた。


「もう聞いてると思うが、そろそろマネージャーの割当があるらしい」


「そうなんですね」


3期生がデビューすることは前々から知っていたので仕事を進める。


「いや、聞けよ。それで!お前のことを推薦しようと思ってな?」


「推薦?なんでまた」


「いや、仕事の飲み込みが早いし、あと、タレントの話のネタになるかなと」


「ネタ?」


「デビューする子の一人の夢が『武道館でライブ』だそうで。新人のタレントと新人のマネージャーが二人三脚で武道館ライブまで歩を進めていく……いいドラマになると思わないか?」


「それ別に俺じゃなくてもドラマになるじゃないですか」


「お前はさあ…どうしてこう、自己評価が低いんだ…?」


「謙虚に生きたほうが損は少ないんですよ?」


「お前はもう謙虚じゃなくて卑屈だろーが……なあ、本当にやる気がないのか?」


「やる気はありますよ?ただ――」


「よし!じゃあ早速統括にこの件話しとくわ!」


「あー…」


最後まで話を聞かずに行ってしまった……


「タレントとマネージャーの相性は大事って言おうとしたんだけどな」


まあいきなり確定ってことはないだろう。


俺としても、よほど苦手なタイプの人が相手でない限り、選ばれたら職務を全うするつもりだ。


「おっと、資料資料」


そんなことよりも、目の前にある仕事を終わらせねば。


思い直して次に行われる企画の資料をタレント2人に送信した。



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「というわけで灯織さん。一度会ってみてくれませんか?」


翌日、統括マネージャーにそう言われてしまった。


「会う分には別に構わないんですけど……そもそもこういうのってデビュー前からマネージャーが就いているものなんじゃないんですか?」


「実はそのマネージャーが産休と育休に入ってしまって……急遽代理を立てないといけなくなってしまって」


「なるほど…タレントたちの資料はもらえますか?」


「はい。こちらです」


そう言って2枚の紙が渡される。


「…」


「どうかしましたか?」


「いえ……はい、一応、顔だけは合わせます」


「お、おお、そうですか…」


よりにもよって最も苦手な人達だ。


「顔合わせはいつにしましょう」


「彼女たちの望む日で。新学期ですから学生生活も大変でしょうし」


「分かりました。そう伝えておきます」


……現役女子高校生は苦手だ。



======================================



「はあ…」


「あれ、どうしたの灯織くん」


昼休みに一人で昼ご飯を食べながらため息を吐いていると、それを見つけた砂原さんが声をかけてきてくれた。


「溜息ついてるなんて珍しいね」


「砂原さん、こんにちは。結構キツい仕事が入っちゃって」


「んー?あの灯織くんをしてキツいと言わしめるほどの重労働があるの?」


「ああいえ…俺の性分に関係があって…」


この人は俺が女性恐怖症であることを知っている社内唯一の人間だ。


俺の心中を察したのか、申し訳無さそうな雰囲気が醸し出される。


「もしかして、3期生の新しい子関連?」


「はい」


「ん、んー…えっと、うまく避けられたりしないの?」


「一応、顔だけは合わせようと思ってます。本当に無理そうだったら、統括マネージャーに言って申し訳ないですけど変えてもらいます」


「そっか…無理しないでね。なにかできることがあったら言ってね?絶対に力になるよ」


トップVTuberのありがたい激励をいただく。


「灯織くんは小波くんとしても…その、矢面に立ってくれてるでしょ?だから、いつでも頼ってね?」


「ありがとうございます。そっちの方はそんなに辛くないですし、大丈夫です」


ちなみに俺が公式スタッフとしてデビューしたあと、俺の配信枠の3割が削除済みメッセージになっているが、他のタレントの配信枠の削除済みメッセージは減っているらしい。


掲示板サイトのアンチスレの話題も小波灯一色であり、俺への中傷というマイナスを無視するとアンチがほとんどいない素晴らしいV事務所になっているそうだ。


「ところで今日のお弁当は?」


「昨日の余り物ですね。筑前煮とか」


「おぉ〜、相変わらず美味しそう〜」


「あ、あげませんよ?食べないと午後の業務が死ぬので」


「そんな事しないよ〜…多分」


俺は弁当箱を砂原さんからかばうようにして箸を動かすスピードを上げた。


「冗談冗談!!」


「絶対に渡さない」


「話を戻すけど、3期生ってどんな子達なの?実はまだ会ったことなくて」


「ホロエコ初の現役学生コンビですね。片方は武道館ライブが夢。もう一人はチャンネル登録者100万人が目標と」


「おっきく出たねー…1年で達成した私が言うのも何だけど、チャンネル登録者100万人は運もあるからね。武道館ライブに至っては、全VTuberが達成したことのない目標だよ」


「担当になる人は大変ですね」


「その第1候補が何を呑気にしてるの」


「武道館ライブもチャ登100万も、デビューしてすぐの頃にそれほど意識する必要はないと思いますし。問題は学業とタレント業の兼業が彼女たちに可能なのか。それが大切です」


「おぉ〜、大人の意見って感じだね」


「過剰なタスクは本人のパフォーマンスを大きく削ぎますから。ブラック企業で学んだことですよ」


前職では溢れる仕事に優先順位を付け、高い物を一人が専念して、数人が優先順位の低いものを捌いていた。


「もし担当になったとしたら、そこの塩梅も考えないといけないので大変ですね」


そう言って俺は筍を口に運んだ。


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