前略、下着泥棒が出ました

「……なるほど、窓ちゃんのブラを盗んだ馬鹿がいると」


数分後、とりあえず呼び出された氷見さんが額を抑えながらそうつぶやいた。


「はい。着替えていたらロッカーの中の替えの下着がないのに気づいて…入口を見たら長い髪の女性がこちらを見ていたので、その人かと…」


「その人は階段を駆け下りて灯織くんにぶつかり、この廊下を走っていったよ」


「灯織さん、その女性の特徴とかは分かりますか?」


「……すみません、咄嗟のことだったので、なんとも…」


全く警戒していなかった…そんな大変なことになっていたなら、その場に組み伏せるくらいはできたのに…


「犯人を見つけようにも、監視カメラとかは設置されてませんからね…」


「出来ることはない、ですね…」


「ごめんね窓ちゃん」


砂原さんが申し訳無さそうに頭を下げた。


「…いえ、いいんです。あの替えのやつも新品でしたし、高いわけでもないので」


「どこのブランドのやつ? 今度おすすめの教えよっか?」


「ちょっと待ってください砂原さん。男の目の前で下着の話されても困るんですが」


「えー? 灯織くんってこう言うの興味なさそうだし別にいいと思うんだけど」


「倫理的にですよ。たしかに興味ないですけど」


「でも灯織さんって『下着は他人に見せるものでもないから何でも同じ』とか思ってそうです」


「氷見さん、あなたまでこのボケに乗るともう収集がつかないんですよ……いやまあ当たってるんですけど」


「当たってるんですか?」


「待ってくださいなんで火ノ川先輩まで興味有りげなんですか。ストップ! この話終わり!」


「ちなみに灯織くんの好きな色は?」


「え? えーっと、黒ですかね」


「じゃあ今度黒の下着買って――」


「ライン超えーーー!!!!!」


「ぐふうーーっ!」


俺は思わず手刀を砂原さんに叩き込む。


「はあ、はあ……許さん、俺にこんな手荒なことをさせるなんて…絶対に許さないぞ下着泥棒め…」


「いや泥棒は関係ないですよね? 灯織くんも落ち着いてください!?」


「…灯織さんが慌てるの、珍しいですね。もしかして下ネタ苦手ですか?」


「……いえ、苦手じゃないです。ただ、人の往来があるところでそんな話をしないでほしいだけです。おかしいでしょう、常識的に」


「…それもそうでしたね。では、私はういさんこのバカを返してきます。なにか情報があったらお知らせするので。では」


「あ、はい……じゃあ灯織さんも、戻りましょう」


「…はい」


俺は火ノ川先輩と席に戻る。


「…すみません、力になれなくて」


「いえ、灯織さんが気にすることじゃないですよ。それよりもお仕事やっちゃいましょう。手伝ってほしいことがたくさんあるんですから」


火ノ川先輩が無理に明るい声を出しているのが分かる。


「…ほんと、すみません」


俺は書類を手に取りながらそう呟くことしかできなかった。



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「はぁ…」


仕事終わり。俺は今日の一見をまだ引きずりながら廊下を歩いていた。


時刻は午後7時。ホワイトなこの会社は殆どの社員が既に退社している。ただ、俺が仕事を休んでいた間大野先輩が仕事を全部やってくれていたのだが、1つ仕事が終わらなかったらしい。明日に残すのも嫌なので、俺が代わりにやっておくことにした。


「資料資料っと…」


資料を取りに一室に向かう。なんで紙媒体でしか保存してないんだろう。この会社の唯一悪いところかもな。


とはいえ誰もいない静まり返った廊下はどこか懐かしい。


前は深夜まで会社にいることが普通だったので、肝試しみたいな雰囲気を楽しんでいたこともあったので、昔に戻った気分だ。


と、その時。




ボソ……ボソボソ………




「……」




ボソボソ……ブツブツ……




何者かの話し声が、隣の部屋から聞こえてきた。


いや、肝試しみたいとは言った、しかし幽霊と会いたいわけじゃないんだけど…


どうする。このまま通りすぎるべきか…


いや、もしかしたら本当に幽霊かもしれないし…


そんなときは…


「よし、一回資料取りに行って、帰っても声が聞こえたら確認しよう」


妥協案で不安を払拭だ!


そうと決まれば善は急げ。俺は急ぎ足で書類を取りに向かった。



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ブツブツ……ボソボソ……




「聞こえるな……」


正直、ホラーゲームとかなら怖くはない。しかしリアルで得体のしれないものの存在を感知すると、言いようのない不快感と恐怖感が湧き上がってくるのはなんでだろうか……


「…行くか」


意を決して扉を開ける。


「……」


扉を開けると、中には誰もいなかった。


いや、そんなことはない。部屋の電気が消えている中、デスクの1つに明かりが灯っていた。


弱い明かりが、巨体を映し出す。


多分昼休みに俺に話しかけてきた人だ。早口で詰まることが多く、何を言っているのかわからなかったが。


残業でもしているのだろうか。にしては独り言が多い気がする。


もう少し近づいたら何話しているか分かるかも。


そう思って音を立てずに近づく。


ん? なにか握りしめてる…なんだ?






























「はぁはぁはぁ……まどちゃんまどちゃんまどちゃんまどちゃん……ぼきゅの、ぼきゅだけの窓ちゃん……はぁはぁ…かわいい……ふふふふふ……すぅーーーーーーーはぁーーーーーーー…ぶひぃ……窓ちゃんのにおい、おいしいなぁ……くんかくんかぺろぺろ。あぁ、やっぱり窓ちゃんはシンプルなブラジャーだよねぇ…解釈一致……窓ちゃんが派手なレースの下着を持ってるはず無いもん……」























「………」














変態だぁあああああああああああ!!!!!!!!!










一人会社に残って残業していると思ったら、女性の下着の匂いを嗅いで変態行為している不審者あああああああ!!!!!


ど、どうする? 声をかけるか? いや、だめだろ。


というかなんで火ノ川先輩のブラ持ってるの!? 先輩は女性が持っていったって言ってたのに……


とりあえず写真撮っておこう。


設定からシャッター音を消し、ブラを持った社員がしっかり移るように調整して、パシャリとな。


「ふうふうふう……大丈夫だよ、窓ちゃんの横に現れた男からぼきゅが守ってあげるから……でゅふっ……あの男、急に現れやがって……窓ちゃんだってきっと迷惑に思っているに違いないんだ、待っててね窓ちゃん……正直窓ちゃんのブラはぼきゅが大切に使あげたいけど、それだと足がついちゃうからね……じゅふふふふふ……助けてあげたお礼に今度はおぱんちゅをいただこうかな………」


音もなく部屋から出る。


「やばいものを見てしまった」


え? 何あれ、存在していい生物か? 本当に人間?


「戻ろう戻ろう。俺は何も見ていない、俺は何も見ていない」


よし、記憶の彼方に消し去ってしまおう。俺は書類を取りに行っていただけで何も見ていないし寄り道もしていない。


ただ……更にきな臭くなってきた。あの男が自分の変態行為のために先輩の下着を盗んだのならそれで終わりだ。でも先輩曰く長い髪の女性が持っていったという。


つまり女性とあの男はグルってことだ。


失礼だけどあの男の変態行為に付き合うような女性が居るとは思えない。


よって何らかの利害が一致しているものと思われる。


その時、俺は火ノ川先輩の周りでトラブルが多発してることを思い出した。


あの社員は先輩の下着を手に入れるために。


女性は先輩に嫌がらせをするために、協力していたのではないだろうか。


「さて……だとすると不穏な単語が聞こえてきたな」


あの社員は俺から火ノ川先輩を守ると言っていた。


何かしら問題を起こすのかもしれない。


「まあ、証拠は撮ってある」


なんとかなるだろう。



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翌日、いつものようにデスクに着くと、備え付けのチェストが若干開いていることに気づいた。


「……いや、まさか、まさかね」


一瞬嫌な想像をしてしまったが、多分前にちゃんと閉じなかっただけだろう。


そう思ってチェストを開ける。


中には、昨日見たブラジャー……


「まじかよ…」


俺は天を仰ぎ、しばし逡巡。


続いて氷見さん、火ノ川先輩、砂原さん、そして社長に集まってもらえないか連絡した。



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正直あの社員のセリフ書いてる時が一番つらかった。羞恥心的な意味で。

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