一方その頃、大海原のタレントは…(砂原うい視点)

「ふんふ〜ん」


砂原ういは小気味よくスキップで廊下を歩く。同じ手足が前に出ていてスキップとは言えないかもしれないが、ともかく鼻歌を歌い上機嫌で歩いていたのだ。


「こんにちは」


「あ、こんにちは〜」


すれ違った社員さんに挨拶をしつつ、向かった先はマネージャーのいる仕事部屋。普段ここで自分のスケジュールを管理してくれているマネちゃんには頭が上がらない。


「こんにちは〜。マネちゃーん」


「あ、ういさん。どうしたんですか? 今日は特に何もなかったはずですが」


「ちょっとやってみたい企画があってさ。大筋だけ書いてみたから見ておいてほしくって」


「なるほど、そういうことなら」


この会社では企画をタレントが主導で進められるのが魅力。ぶっ飛んだ企画でも案外通ったりするからやってみたいことは積極的にマネちゃんに伝えてみよう!


「ところで、灯織くんは?」


私は先日お世話になった灯織くんの姿を探す。葵ちゃんとこはくちゃんのマネージャーをやっているからこの部屋で働いているはず。


「灯織くんなら今日一日お仕事でいませんよ」


「そうなの? ちぇ、ちょっかいかけようと思ったんだけど」


「やめてあげてください」


「冗談だよ〜。晴れて公式スタッフになることが決まったらしいし、先輩から金言でもと思ったんだけどね」


いないなら仕方ない。


「失礼しま〜す。大野さ〜ん、これ企画ね〜」


そのとき、部屋に元気な声が響く。


「あ、こはくちゃん」


「おー、ういちゃん。どうしたの?」


私の後輩にあたる鞍馬こはくちゃんだった。


「ちょっとマネちゃんに企画書渡そうと思って」


「そうなんだ。私もおんなじ」


「葵ちゃんは?」


彼の親友である藍原葵ちゃんの姿は見えない。四六時中一緒というわけではないが、収録の時とかも常に一緒にいるのでこはくちゃん一人は割と珍しい。


「今日は家だと思うよ」


「そうなんだ。ところで灯織くんどこにいるか知らない?」


一応ダメ元で聞いてみる。


「ちょっとわかんないかな…あ、でも今日一日窓ちゃんと居るとかって大野さん言ってた。公式スタッフの研修かなにかで」


「おっ? ほんと? ナイス〜」


「なにか用事?」


「公式スタッフになる彼に先輩からの金言って感じかな」


「はは。私達が考えるようなことなら、灯織くんも既に考えてそうだけど」


耳よりな情報を手に入れた私は窓ちゃんの居るであろう場所に向かうことにした。



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「おっ、いたいた…」


窓ちゃんがいつも座っている席、その横で即席で作られた席に灯織くんが座っていた。


どうやら別の社員さんと話しているみたい。


社員さんはとても熱心に話しているが、灯織くんの方は目に見えて興味がないようだった。


しばらく話して、社員さんから灯織くんが開放される。


それを見て私も話しかけに行くことにした。


「灯織く〜ん」


「ん? ああ、砂原さん。どうかしましたか?」


彼は先程の虚無顔と180°変わってにこやかにそう聞き返してくる。


「んーとね、ちょっとここじゃ話しにくいかな」


公式スタッフのことをまだ社内で知っている人は少ない。結構重要機密なので、こういった場で大っぴらに話すのは気が引ける。


「分かりました。ちょっと出ますか」


二人で部屋を出て廊下に出る。


「窓ちゃんは?」


「火ノ川先輩は人にぶつかってコーヒーが服にかかっちゃったので今着替えてます」


「え、ほんと? 結構落ちにくいよ?」


「まあ漂白剤使えば目立たない程度には出来ますし…」


「おっちょこちょいだな…一応頼りになる先輩だから、頼ってあげてね? 本人も初めて出来る後輩にテンション上がってるだろうし」


「それはもう。勉強させてもらってます」


「なら良かった。あとは……タレントとの距離感には気をつけてね。男性に慣れてない子もいるだろうから」


「それなら安心してもらっても大丈夫だと思いますよ。俺も女性が苦手なので」


笑って言うことかな? 私じゃなかったら引かれてるよ。


まあ灯織くんなら一人ひとりの距離感を見極めることも出来るだろうからね。


「ならよし! じゃあお仕事頑張ってね!」


「あ、はい。砂原さんも配信頑張ってください」


廊下で歩きながら二人で話していたのだが、丁度曲がり角の階段に差し掛かったところだった。


けたたましい音とともに、一歩前を歩いていた灯織くんが黒い物体にぶつかる。


「うわっ」


咄嗟のことで受け止めきれなかった灯織くんが横に転がり、物体は私の横をすり抜けて走っていってしまう。


「灯織くん、大丈夫!?」


「ええ、俺は別に…何だったんですかね?」


「急いでたみたいだけどね…?」


廊下を走るのは危ないのになぁ。


そんなことを考えていると、またドタドタと階段を降る音が響く。


「窓ちゃん?」


そこには顔を赤くした窓ちゃんが涙目で階段を降りてきている。


「さ、さっき人通りませんでした!?」


「は、はい。多分女性の人にぶつかりました……何かあったんですか?」


灯織くんがそう尋ねると、窓ちゃんが顔をさらに赤くする。


「と、盗られたんです。下着を!」


「「…は?」」


私と灯織くんの困惑の声が被った。



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下着泥棒とか今時いるんですかね?

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