トラウマは蘇る

私の子供の頃は寂しがり屋だった。


いつもお母さんかお父さんについて回っていて、親戚のおじさんおばさんにはよくからかわれた。


小学校に入ってからは一人にならないようにみんなと合わせることが多かった。


アニメのキャラのストラップをみんなで買うときも、本当は他の別のサブキャラが好きだったけどみんなが好きなメインキャラに合わせた。


中学校に入ってからは女子の中でカーストが出来てきたのもあり、更にそれが顕著になった。


他人に合わせ続ける生活が楽だったかと言えば嘘になるだろう。


自分の本当にしたいことや好きなことを隠し、他人に合わせることは私の心を強く押さえつけた。


結果として高校の1年の夏に通信制の学校に転校し、普段は自室に籠もる日々を続けた。


そんなときに私の心の支えになってくれたのが動画配信サイト、アスチューブ。とりわけライブ配信を行っている人に目を奪われた。


トークスキルやプレイスキル、自分の才能や自分の『好き』を発信する姿に感銘を受けた。


画面の中では配信者の『好き』を中心にリスナーが集まって群れをなしている。


このキャラクターのこういうところが好き、とか、このゲームのここが面白い、とか。


リスナーも賛成一辺倒じゃなくて、こういうところも面白い、とか、他にもいいキャラがいる、とか。


そこに上下関係なんてなく、まるで長年の旧友のように会話をするその雰囲気に憧れた。


そうした配信者に支えられながら、私は高校を卒業し、大学に進学。


それと同時にホロエコのタレントオーディションを受けた。


友人に声が可愛いと褒められたこともあるし、何よりVTuberという新しいまだ浸透していない文化で自分の『好き』を表現したかった。


オーディションは緊張したが、なんとか合格してホロエコ1期生『海原水』としてデビューすることになった。


名前は自分の本名を少し入れ替えただけだが、大海原のようにいろんなリスナーと繋がりたい私にとってはぴったりな名前だと思い気に入っている。


そして待ちに待った初配信。私はまだほとんどいなかったリスナーのみんなと2つ約束をした。




『私のすることを否定しないこと。嫌いになったらすぐに見るのをやめること』


『あくまで私とリスナーは対等な関係で、お互いを尊重すること』




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「厄介ファンの撲滅って…具体的にはどうするんですか?」


「それなんだけどね……これやると私だけじゃなくて灯織くんも燃えちゃって被害が出ることになりそうなんだよね。それでもいいかな?」


「そういうのって一番初めに伝えることですよね? まあいいですけど」


「いいの!?」


「タレントさんの炎上を収められるならまあ。ただ、俺を使ったら更に炎上しませんか?」


「うん。それが怖いんだよね〜、だから真面目な謝罪会見に灯織くんが記者役として質問をしてほしいんだよ。私が厄介ファンの言いなりにならないって、しっかり拒絶の意志を示すためにね」


「なるほど? それならまあ、大丈夫ですかね?」


「一応マネちゃんとイケジュンからも許可もらってるし。灯織くんが良いなら、始めるよ?」


「え、ちょ、台本は?」


「台本はねぇよ〜」


「ねぇんですか!?」


俺が思わず叫ぶと、砂原さんはコロコロと本当に鈴の音を転がしたように笑った。


「冗談冗談。台本はヴィッターの炎上コメから選んでほしいかな」


「なるほど。確かに疑問文でキレてる人いますもんね」


「うん。野次っぽく言ってくれない?」


「わかりました」


そのあと大体の段取りが決まり、いざ収録となる。


フリー音源のカメラのフラッシュの音とともに、砂原 / 海原さんのアバターがこれまた謝罪会見のフリー素材に登場する。


「この度は、私の不用意な発言で一人の男性社員を炎上に巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした」


そして研修で行ったことなどを事細かに説明し、質疑応答の時間に入る。


ここからが俺の仕事だ。


「一角新聞の小童こわらべです。今後の男性社員との関係性についてどうお考えでしょうか。またマネージャーはちゃんと女性なのでしょうか」


「普通に会社の人って感じです。また、私のマネちゃんは女性です」


「童帝ニュースの洞庭ほらにわです。タレントと関わる全ての社員を女性にすべきだと思うのですが。どのようにお考えですか?」


「それは不可能だと思います。そもそもタレント全員のマネジメントやスタジオの準備を行えるほどの女性社員がいるかわかりませんし」


その後も何個かを質問風にしたやつを俺が記者風に読み上げて海原さんが質問に答えるのを繰り返した。


「では、そろそろ時間が迫っているので。ここまでとさせて――」


そして打ち合わせ通り、海原さんが締めに入ろうとするが、俺がここでアドリブを入れる。


「あ、ちょっと待ってください。最後に一つよろしいですか」


「え、あ、はい。どうぞ」


「先程、あなたは活動を続けていくと言いました。あなたはこれからの配信を、『どういった人に見てもらいたいですか?』」


「ぇ…」


困惑したように海原さんが俺を見る。


「今から言うのはカットしてください。…海原さん、実は前に海原さんの初配信を見させてもらいました。最後に貴女がリスナーに一番知ってほしいことを伝えてくれませんか?」


「……うん!」


「じゃあ、いきますよ。――あなたはこれからの配信を、『どういった人に見てもらいたいですか?』」


「――はい。私は、私の『好き』を応援して、私の『好き』に付き合ってくれる人に配信を見てもらいたいです」






収録を終了。


なんとかうまく行ったかな。あとはリスナーがちゃんと見てくれると良いんだけど。


そんなふうに思っていると、海原 / 砂原さんはどこか晴れやかな雰囲気でこちらにやってきた。


「灯織くん、最後にあの質問をしてくれて、ありがとう」


「いえ、砂原さんの好きが伝わると良いですね。少々強引な気もしますけど」


「いやー、あれくらいしないとダメだよ。厄介ファンはアロンアルファのようにすぐ粘着して離れないからね」


「参考になります。では俺はこれで」


そう言って俺は背を向けて部屋を出ようとする。


「あ、ちょっと待って!」


その時、まだ話すことがあったのか背後から砂原さんが俺の方を掴む。




『ちょっと、待ちなさいよ!』




その瞬間、俺の脳の奥底にこびりついた思い出したくもない記憶が溢れかえり――


「っ!?」


「きゃっ!?」


思わず乱暴に砂原さんの手を払ってしまった。


「ご、ごめんね、急に肩掴んで。びっくりさせちゃったかな?」


「だ、大丈夫です…」


そう返答したものの、今にも吐いてしまいそうなくらいの目眩、凍えてしまいそうなほどの悪寒が全身を貫いている。


「なんか顔色悪いけど、大丈夫? 少し休憩したほうが」


そう言って顔を覗き込んでこようとしてくるが、俺は後退りしてそれを回避する。


「大丈夫ですから! 近づかないでください!」


「えっ……」


「ぁ…す、すみません。でも、本当に、大丈夫ですから」


少し乱暴な言葉づかいになってしまったが砂原さんから距離を取ると、しゃがんで耳を塞いで心を落ち着ける。


「大丈夫…俺は大丈夫…もうアイツらはいない…大丈夫、大丈夫……」


ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着ける。


「……ふう。すみません砂原さん。お見苦しいところを」


「…うん、大丈夫。人には誰しも嫌なことがあるからね。君にも、私にも…」


「砂原さん?」


砂原さんが俺の方を向いて懐かしむようにそう呟いた。


「ねえ灯織くん。よかったら話してくれないかな。君の事について」



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作者の梢です。


突然ですが、カクヨムコンに合わせて新作を投稿し始めました。


『サンクスト・ローエスト〜俺が最下位なのには理由がある〜』(仮題)

https://kakuyomu.jp/works/16817330664196342843


異能力、そして近未来的な世界を舞台とした現代ファンタジーです!


興味のある方はぜひ読んでみてください!(ついでに評価も付けてくれると嬉しいな)

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