前略、なにかが変わった売れっ子タレントです

「灯織くーんリンゴジュースをくれー」


「はい、こちらに」


ボイトレを終えてへとへとになっている鞍馬さんに先程買ってきたリンゴジュースを渡す。


「さっき砂原さんに会いましたよ」


「ういちゃんいたの?」


「ランニングマシンで走ってました。なんか悩んでる様子だったので話しかけてみたんですが、案の定炎上の件で頭を悩ませてるみたいで」


「あー…」


「正直こんなことで炎上するのかって思うんですけど、俺が原因でもあるので少し申し訳ないです」


「あれはもう仕方ないよ。ネットのそういう人達と関わるのはV、というよりも配信者の宿命みたいなものだから」


「まあ、そうですけど」


「ぷはーっ! リンゴジュース美味し! 灯織くんも飲む?」


そう言って鞍馬さんが飲みかけのリンゴジュースを差し出してくる。


「いえ、大丈夫です。てかあんまりそういう事しないほうが良いですよ」


「え? あー、ごめんごめん、葵といっつも飲み物シェアしてるからさ」


おい、そういうのは配信で言ってもっとてぇてぇを共有してくれ! 濃度が高すぎて尊死してしまう!


「な、仲がいいんですね…ゔっ」


だめだ、体が耐えきれない…!


俺は膝から崩れ落ち、肩で息をする。


「灯織くん!? どうしたの? 体調悪い!?」


「あ、ああ…尊い…」


それが俺の最後の言葉だった。


「死んじゃダメ~っ!」


「ひでぶっ!?」


思いっきり鞍馬さんにはたかれ、変な声を出して意識が覚醒する。


「ハッ! …俺は一体…?」


「ハッ! ご、ごめんね! 思いっきり叩いちゃった! 大丈夫!?」


「あばばばばば」


鞍馬さんに肩を掴まれガクンガクンと揺さぶられる。


「く、鞍馬さん、近いです。離れてください」


「あっ、ごめん!」


ぱっと肩を離されて開放される。


「急に倒れるからびっくりしたよ」


「てぇてぇの波動を直接食らったので仕方ないです」


「なにそれ〜」


くすくすと笑う鞍馬さん。


「ほら、立って。道案内よろしくね。私が行くと迷っちゃうから」


「そろそろ道順覚えてもいいと思うんですけどね」


「なんでか覚えられないんだよね〜」


立ち上がった俺と鞍馬さんが部屋を出て廊下を歩く。


「そういえば、ういちゃんになにかアドバイスしてあげた?」


「ん? なんでアドバイスしたって分かるんですか?」


突然の質問に俺が驚きの声を上げると、鞍馬さんが胸を張って答える。


「この1ヶ月。私もただ灯織くんと一緒にいたわけじゃないよ? 君は私の悩み事にちょくちょく的確なアドバイスを送ってくれるからね。何か悩みがあるんだったらすぐに一緒に考えてくれるでしょ」


「まあ、それが仕事ですし」


「それで? なんて言ったの〜?」


「近い近い、近いです」


この人俺が女性苦手なの知ってるよね? まあ鞍馬さんの感じはそんなに苦手じゃないんだけどさ。


「一応、ファンとの関係性について見つめ直してみてはとは言いました」


「おー、至極真っ当な意見」


「そのくらいしか言えることがないですしね」


結局、変えられるのは自分だけなのだ。


「これでうまく収まると良いね」


「砂原さんはこういった炎上の経験は?」


「うーん…ない、かなぁ? 他の男の配信者さんがういちゃんの名前出して叩かれたことはあったけど」


「こわっ、それだけで…」


おっそろしい。


そんなことを思っていると、会社の出口に到着した。


「とりあえず次の予定は――」


俺が鞍馬さんに予定を伝えようとすると、背後からドタドタと慌ただしい音が響く。


「うん? あれ、ういちゃん?」


「へ? 砂原さん?」


振り向くと、鞍馬さんの言った通り砂原さんと思しき髪の長い女性がこちらに向かってくる。


「灯織くーん!」


「へ? 俺?」


ズサァッ! と眼の前で停止した砂原さんが、俺の手を掴む。


「君のお陰で私のやるべきことが見つかった気がする! ありがと!」


「は、はあ、それはどういたしまして」


砂原さんは先程と違い、決然とした様子で話す。


「それで、今度手伝ってほしいんだ! こはくちゃん。灯織くん借りてもいい?


「へ? や、まあ、私が決めることじゃないけど…予定とかも確認しないといけないし」


「じゃあ後でマネージャーに言って予定確認させるから!」


そう言って砂原さんは走って帰ってしまった。


「あの人、感情が高ぶるとあんなふうに喋るんですね…」


「うん…嵐みたいな人だったね…」


さしずめ砂嵐のような怒涛の勢いだった…。


「…とりあえず、また追って連絡します。配信がんばってください」


「あ、うん。お疲れ様〜」


鞍馬さんもこれ以上会社でなにかすることはないので、自宅である社員寮に戻っていった。



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「確かに手伝うとは言いましたけど…」


翌日。俺は会社のスタジオに呼び出されていた。


他でもない、砂原さんからだ。


「昨日の今日で呼び出すとは…行動力の塊ですかあなたは」


「へっへー、思い立ったら即行動がモットーだからね」


照れくさそうに砂原さんが笑う。


「まあ手伝いますけど。何すれば良いんですか?」


そう言うと砂原さんが得意げに胸を反らして言った。


「私は考えました。もともとリスナーの人達とは対等にやっていくのが普通だった。でも今、一部の人達は私に勝手なイメージや妄想を押し付けている。その結果が今回の炎上に繋がった」


「そうですね」


「だからね、私はこれを機に厄介ファンを撲滅します!」


そしてとんでもないことを言い出したのだった。



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こうやって灯織くんが活動してマネージャーの仕事をする時間が減ると葵ちゃんの機嫌が悪くなってるんだよなぁ…と考えてよくニヤついてます。



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作者の梢です。


突然ですが、カクヨムコンに合わせて新作を投稿し始めました。


『サンクスト・ローエスト〜俺が最下位なのには理由がある〜』(仮題)

https://kakuyomu.jp/works/16817330664196342843


異能力、そして近未来的な世界を舞台とした現代ファンタジーです!


興味のある方はぜひ読んでみてください!(ついでに評価も付けてくれると嬉しいな)



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