前略、預かり知らぬところで燃えてました

「はん…?」


思わず鼻から抜けるような声が漏れたのは研修を受けてから数日後の昼休みだった。


休憩室をフル活用し、クッションに埋もれながらスマホでホロエコのつぶやきを見漁っていると、どうやら砂原うい/海原水さんが炎上しているのを発見した。


炎上していると言っても、どうやら一部のガチ恋勢や、処女厨と呼ばれる『VTuberに男の影ができるのを絶対に許さない人達』が火炎瓶を投げ込んでいるようなのだが、その理由が分からず画面をスクロールする。


「どれどれ。件の配信を見てみるか」


炎上し始めたときに行っていた雑談配信のアーカイブを見つけ、ワイヤレスイヤホンを付けて炎上の火種となった発言を探す。


『こんすい〜、ホロエコ1期生海原水で〜す。今日はね、最近あったことを話したり雑談をしていきま〜す』


始まったのは何でもない普通の雑談配信。ダンスレッスンがきつかったとか、同期の子とご飯を食べに行ったとか。


コメント欄も荒れている様子はない。


しかし、とある話題になった瞬間にチャット欄の動きが加速した。


『あ、あとね、この前初めてあっちゃんと研修担当になったんですよね〜』


『ナレーションの研修でさ、ウチの事務所って男性ナレーターいないから外注で頼んでたんだけどこの前の公式番組で男の人がナレーションしてたでしょ。あの人の研修を担当したんだ〜』


本人は至極のんびりと話しているが、それに比例してチャット欄が荒れ始めた。


『は? 男を研修したとか許せんのだが?』


『見損ないましたファン辞めます』


『ていうかホロエコに男は必要ない』


等々、批判的なコメントが目立つようになってきた。


もちろんこの話に対して肯定的な意見もあったのだが、やはり目についてしまうのはアンチコメだ。


『あ、あれ? 何かコメント荒れてる…なんでですかぁ!?』


一番の先輩である海原さんでも困惑するほどの些細な炎上の火種。


それは女性タレントがただただ一男性社員に研修を行ったという俺からしたら取るに足らないもの。


会社で働くようになったら日常茶飯事となる光景が、炎上の火種だった。


「これがユニコーンとガチ恋勢の恐ろしさか…」


こんなにも過敏だとは。


「あ、そろそろ仕事戻るか」


午後は鞍馬さんのボイストレーニング。さあ張り切っていこう。



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「あ、灯織くん。お疲れー」


「こんにちは鞍馬さん。今日もがんばってください」


「うん。頑張っちゃうよー!」


ん? なんだろう、鞍馬さんがどこか無理しているというか、空元気を出しているような声音だ。


「鞍馬さん、なにかありましたか?」


「えっ? ううん、特になにもないよ?」


「そうですか…? 若干無理に元気な子を出そうとしているのかもと思ったんですけど」


「……ば、バレちゃったかぁ…」


観念したように鞍馬さんが頭をかいた。


「何かあったら遠慮せず言ってください」


「いや、今回のは私になにかあったわけじゃなくて、灯織くんが心配だったというか」


「俺が?」


「いやさ、この前のういちゃんの配信が燃えちゃったでしょ? で、その原因が…まあ灯織くんと関係があったから。落ち込んでないかなーって」


「なんだ、そんなことですか」


大したことではなかったため俺は安堵する。


「大したことじゃないです。それより砂原さんの方は大丈夫なんですか?」


「ちょっとショックだったみたいだけど、このくらいでへこたれてたらやってられないって言って逆に張り切ってたよ」


「そうですか。よかった…」


「うん。私は大丈夫だよ。元気百倍!」


鞍馬さんがむんっ、と力こぶを作ってアピールする。


「じゃあ、ボイトレいってきまーす」


「はい。飲み物はリンゴジュースでいいですか?」


「うん! いつもありがとう!」


「いえいえ。これくらいしか出来ないので」


そう言って俺はリンゴジュースを海に自販機に向かった。



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「えっほえっほ、えっほえっほ」


昨日の配信の後、私は嫌なことを忘れるときのルーティンである運動をしていた。


こういうとき事務所にジムがあると便利である。


ランニングマシンの上で5kmほど走ったところでマシンを止める。


「ふぅーーっ…」


汗を流すと一緒に嫌なことも流れてしまうような気がしてスッキリする。


「お疲れ様です」


隣からタオルが渡される。


「気が利くねぇ。ありがとう」


渡されたタオルで髪を拭く。


渡されたタオルを見る。


タオルが渡されてきた方を見る。


「こんにちは砂原さん」


「わっひゃあ!?」


「うおっ」


驚きのあまり後ろにひっくり返りそうになるのを、目の前に居た灯織くんが手を掴んで引き止めてくれた。


「ご、ごめん灯織くん」


「いえ、驚かせてしまってすみません」


「なんで灯織くんがここに?」


「鞍馬さんがボイトレをしていて、自販機に飲み物を買いに行こうと思ったら普段見かけない人が居たので声をかけようと思ったんです」


「そうだったんだ」


数日ぶりに彼の顔を見ると、少し申し訳なくなる。


「ごめんね」


「? 炎上の件を言っているのであれば気にしてないので大丈夫ですよ。むしろ砂原さんのほうが心配です。無理してませんよね?」


「だ、大丈夫だよ。今日だってちゃんとご飯食べたし」


「ならいいんですけど。というか元気がなくてもご飯は食べてください」


あの炎上はさして気にも留めていないようだ。普通、不特定多数の人に誹謗中傷されたら不快に思ったりするはずなのに。


「いやー、炎上したことには驚きました。まさかそんな些細なことで燃えるなんて」


私の考えとは裏腹に灯織くんは感心したように話す。


「やっぱりファンの人達にも独占欲とかそういうのがあって、さらに個人が特定されにくいネット上だからその感情が暴走しやすい。だから炎上したんですかね」


「あ、あーそうだね。私のファンはそういった人達が多いかも」


「まあそれも海原さんへの愛情の裏返しだと思えば…炎上してもまあ、俺としては当然と思いましたね」


「そ、そっか」


「逆に、そういう人たちは我が強いので手綱を握ってないと振り回されそうだなとも思いました」


「…うん、そうだね、振り回される…」


今までリスナーやファンの人達にはすごく助けられてきた。


活動に行き詰まったときにはみんな積極的に企画のアイデアをくれたし、励ましてくれた。


でも、その献身的な性格が、同時に過剰なまでの保護意識になってしまったのかもしれない。


「だから……配信をやったことない俺が言うのも気が引けるんですけど、またこんな事が起こるなら一度ファンとの関係を見直してみたらどうですか? あの人達も、砂原さんの言葉なら耳を傾けてくれますよ」


「…うん、そうだね。一回考えてみるよ」


「じゃあ俺は戻ります。程々にして切り上げてくださいね」


そう言って灯織くんは踵を返して部屋を出ていった。


「…なんか主人公にヒントを与える謎の仙人みたいだったなあ…」


早速その仙人様の教えに従い、私が望むファンとの関係性について考えてみる。


まず私は配信を始めた頃のファンとの関係性について思いを巡らせた。



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作者の梢です。


突然ですが、カクヨムコンに合わせて新作を投稿し始めました。


『サンクスト・ローエスト〜俺が最下位なのには理由がある〜』(仮題)

https://kakuyomu.jp/works/16817330664196342843


異能力、そして近未来的な世界を舞台とした現代ファンタジーです!


興味のある方はぜひ読んでみてください!(ついでに評価も付けてくれると嬉しいな)


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