前略、撫でられるなんて聞いてないです

まだ動揺しながらも床に腰を下ろした俺に、砂原さんが持ち込んでいた水筒の中身を紙コップに注いで渡してくる。


「はちみつレモンティーだよ。ボイトレの後とかによく飲んでるの」


「…ありがとう、ございます」


顔を合わせるのが怖いのでうつむいたままコップを受け取る。


「落ち着いてからでいいからね。こういうのは自分のペースで話すことが大事だから」


「…はい」


俺は気を落ち着けてからぽつりぽつりと自分の性分について話し始めた。


「高校の頃に、いじめに遭ってしまって。その時の主犯格がクラスの女子3人だったんです」


「それで、女性恐怖症に?」


「…はい」


「…そんなに酷かったんだね」


「元々、友達が少なかったんです。だから…味方してくれる人も、いなくて。デカい事件が起きちゃったんですけど、その後不登校になったんですよ」


「…うん」


「その時から、女性とかを見るとフラッシュバックが起こるようになっちゃって…しばらく薬とかを飲んで生活してたんです」


自嘲気味に口角が上がる。


「ひどいときは親戚の叔母さんでパニックになったり…本当に迷惑をかけました」


「その、リハビリとか、そういうのは?」


「従妹に手伝ってもらったりして、同じ空間に女性がいてもパニックを起こさないようにリハビリはしましたね」


「そっか…でも、今はある程度大丈夫なんだよね? じゃないと女性タレントわたしたちのマネージャーなんてしないだろうし」


「はい。少しずつ克服していって、女性と話すくらいには回復したんです。それで高校は卒業できたんですよ。まだ、厄介な症状も残ってるんですけど…そこはちゃんと対応できてますし」


「うん…」


経って話を聞いていた砂原さんが、少し離れたところに腰を下ろした。


「まだこういうのって、よくあるの?」


「……こういうの、とは?」


「その、急にパニックになったりすること」


「…たまに。女性に後ろから掴まれたり、強い言葉をかけられたりすると、まだ思い出しちゃって」


「そっか、ごめんね」


砂原さんがゆっくりと話し始める。


「私もさ、高一の頃から不登校だったんだ。周囲に合わせるのに疲れちゃって……でも私は、灯織くんみたいに出来なかったな。結局転校してあの環境から逃げちゃった」


「でも、それがなかったら、今の砂原さんはいなかったかもしれない。それは後悔することじゃないと思いますよ」


「…君はお人好しだね。褒め上手だ」


「努力した人が侮辱や卑下されるのはおかしいと思ってるので」


「そっか、灯織くんは偉いね」


「いえ、俺はまだまだです」


「あーっ! 今自分のこと卑下したでしょ!」


「俺は良いんですよ。まだ未熟なんですから」


砂原さんと話をして、軽口を言えるくらいには回復した。


「ありがとうございます…もう大丈夫そうなので俺はこれで失礼しますね」


そう言って立ち上がる。


「あ、ちょっと待って!」


「? はい、なんですか?」


部屋から出ようとすると、砂原さんに呼び止められた。


振り返るのと同時に、頭を優しく撫でられた。


「な…なんで撫でてるんです?」


「んー? 君が自分を褒めないから。私が褒めてあげようと思って」


「ちょ、止めてくださいよ」


俺が手を払おうとすると、もう片方の手でそれを押さえられた。


「ダメだよ。大人しく私に撫でられる以外に開放される術はないのだ」


なでなで。なでなで。


「灯織くんの髪って結構さらさらだね」


「…そうですかね」


「うん。ずっと触ってたい」


「……そう言えば従妹にもそんなことを言われました。『いつか禿げる』って」


「あはは! ちゃんとケアしてれば大丈夫だよ」



なでなで。なでなで。



「君は偉いね。自分としっかり向き合って、逃げずにトラウマと戦ったんだから」


「そんなことは…」


「はい、撫でる時間5分追加ね」


「そんなぁ……」



なでなで。なでなで。



「その、そろそろ止めてくれませんか? 恥ずかしいです…」


かれこれ15分以上撫でられ続けており、俺の羞恥心は限界に達していた。


「わぁ、ホントだ。顔真っ赤だね。ごめんごめん」


そういって やっと手を離してくれた。


「はあ…じゃあ俺は行きますね。お疲れ様でした」


「うん、おつかれー」


「…あ」


「うん? どうしたの?」


少しいたずらを思いついた。やり返してやろう。


そう思い俺は振り返った先にいる砂原さんの頭を撫でた。


「逃げるのも、立派な行動ですよ。偉かったですね」


「ふぁあぅっ!?」


「あ、びっくりしました? お返しですよ」


「…むむむ、もう! 意地悪なんだから!」


「おおこわい、では俺は失礼しますね」


おどけるようにそう言うと、俺は逃げるようにして部屋を出た。



「……男の子に撫でられるなんてされたこと、ないですよ……うぅ〜」



======================================



「灯織さん、これ」


「ん? あ、差し入れですか? ありがとうございます」


翌日、俺がデスクワークをしていると、事務所に来ていた藍原さんがエナドリを持ってやってきた。


「Mスターの桃色缶、好きだよね?」


「はい。ありがとうございます」


「あ、灯織くん、この歌詞のここの所なんだけどさー」


今度は鞍馬さんが歌詞の確認にやってきた。


「…こはく、今は私が灯織さんと話してる。邪魔しないで」


「え、うん。ごめんね葵ちゃん」


「なんかすみません鞍馬さん。その歌詞は別れの滝ライヘンバッハって読むんですよ」


「へえ〜! ありがとう!」


「むう……」


「やっほー、灯織くんいる〜?」


さらに砂原さんがやってきた。


「はい、いますけど。どうしました?」


「昨日録った動画のデモ見た?」


「あ、いやまだです。ちょっと忙しくて」


「え? なになに? 何の話?」


「気になる…」


砂原さんと俺のやり取りに、担当二人が興味を示した。


「実はですね…」


俺は端的に炎上に対する動画を収録したことを伝えた。


「そうだったんだ…なんかもう、馴染んできてるね」


「うん、ネットでも灯織さんの声はまあまあ評判いい」


「そうなの?」


「うん、女性ファンが増えたってイケジュンが言ってた」


「このまま公式スタッフとしてデビューしたりして」


「いやいや、それはないですよ。配信経験のないマネージャーですよ?」


「最初はだれでもそんなもん。窓ちゃんも始めは配信初心者だった」


「だとしても…いや、そもそも第一、俺は男性です。ホロエコは女性VTuberグループですよ? 男性がデビューしたなんてなったらそれこそ大火事です」


「ふふっ、そうだね。でもまあ、ナレーターとしてはこれからも活躍してもらうことが確定してるからね」


「まあそれはなってしまったので仕方がないですし、藍原さんの頼みだったので後悔はしていませんが」


「へへ…」


「う〜ん、他人のために動けて偉いね!」


そう言って砂原さんがまた俺の頭に手を伸ばし、撫でてきた。


「へえ…!」


「むっ…!」


「ちょっと、止めてくださいよ。タレントに必要とされてるんだから当たり前のことじゃないですか……なんか藍原さん機嫌悪いですか? 鞍馬さんもなんかにやにやしてません?」


「べっつにー?」


「…別に」


「え? なに? なんなん?」


「あははっ!」


「ちょっと! 撫でながら笑わないでください!」


俺がこの状況に困惑する中、砂原さんは面白そうに笑い続けた。



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何やら一区切りついたみたいな終わり方になってしまったけど、まだまだこれから!


今気づいちゃったけど鞍馬さんと砂原さんの口調似てるなぁ…


一応鞍馬さんは配信時もこのままの口調で、砂原さんは配信時にですます調になるっていう設定です。


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作者の梢です。


突然ですが、カクヨムコンに合わせて新作を投稿し始めました。


『サンクスト・ローエスト〜俺が最下位なのには理由がある〜』(仮題)

https://kakuyomu.jp/works/16817330664196342843


異能力、そして近未来的な世界を舞台とした現代ファンタジーです!


興味のある方はぜひ読んでみてください!(ついでに評価も付けてくれると嬉しいな)

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