拝啓、公式タレントになりました

前略、兼任することになりました。


あの謝罪配信の翌日。俺たちマネージャーが緊急会議ということで五味先輩の抜けた穴を誰が埋めるかで話し合いが行われた。


「というわけで、誰かやりたい人はいるかね?」


統括の人が有志を募るが誰も手を挙げようとはしない。


まあ、みんな忙しいしね。


「…そうか。大野くん、出来ますか?」


「はい!? 俺ですか?」


突然指名された大野先輩が驚いた。


「ああ、正確には君と、後輩の灯織くんが」


「あ、ああ、漣…じゃないや、灯織が手伝ってくれるのなら行けなくはないです」


「そうですか。じつは本人たっての希望でしてね。次に担当してくれるのは、灯織くんが良いと」


「私ですか?」


藍原さんが俺を指名したのか? まあ、それほど信頼してくれているということなのだろう。


「行けるか?」


「もちろんです」


「じゃあ藍原さんと大野くんと灯織くんが鞍馬さんと兼任するということで」


「了解です」


「あとで藍原さんのスケジュールを送っておくので確認しておいてください」


「分かりました」


その後は各自の進捗と連絡事項を伝えて、解散となった。


「漣、お前は藍原さんの予定を確認しておいてくれ。俺はまだ鞍馬さんの分の仕事を終わらせてない」


「なんで昨日終わらせなかったんですか。残業しましょうよ」


「ウチ残業原則2時間までだから」


「ぬるいですねー、俺が前の会社に居た時は自宅の滞在時間原則4時間まででしたよ?」


「えっ何そのブラック企業」


社畜時代に思いを馳せながら、藍原さんのスケジュールを確認する。


五味先輩は性格がクソだったが、意外にも仕事はしっかりとしていて、決して藍原さんに無理をさせないように予定を組んでいた。


「えーっと? 水木金でダンスレッスンがあるのね」


「あー、水曜と金曜は鞍馬さんも参加するから」


「あ、了解です」


兼任するとなると、両タレントの予定の折り合いも考えなきゃいけないのか。


「ん? 金曜ってグッズの経過報告もありませんでした?」


「ああ、そっちは俺が行っとくから、漣、二人の事よろしくな」


「まじですか…」


カタカタとキーボードを打ち込んでいると、藍原さんから連絡があった。


葵『灯織さん、マネージャーの件はどうなった?』


やはり本人が最も気にしているか。


漣『俺と大野先輩で兼任することになりました。これからよろしくお願いします』


結果を伝えると、すぐに既読がついて返信が送られてきた。


葵『ほんと? うれしいな。よろしくね』


葵『(よろしく! と言う猫のスタンプ)』


漣『こちらこそ、至らぬ点は多々あると思いますが、よろしくお願いします』


漣『(お願いしますと土下座するスタンプ)』


葵『あ、今日のもち様』


藍原さんから猫の写真が送られてくる。自分の手で耳をかいている写真だ。


漣『かわいいですね』


葵『私が上機嫌だから2匹とも上機嫌だった』


ペットは飼い主に似ると言うが、その日の機嫌まで似るのだろうか?


葵『水曜日に会おうね、マネージャー』


漣『はい』


藍原さんにあまり精神的な負担がかかってなくて安心した。


「大野先輩。水曜日のレッスン、楽しみですね」


俺は頬が緩み切っているのを自覚しながら隣の席の先輩にそう言った。


「え? お前はその日前職のときに知り合ったとかいう食品会社の社長さんとコラボの打ち合わせだろ?」


「え?」


俺は自分の予定表を確認する。そこには確かに『灯織 食品会社社長と打ち合わせ』と書いてある。


「……なんとか早めに終わらせないと」


やっべぇよ! 水曜に会うって約束しちゃったよ!


ええと、先方には失礼だけど急な予定が入りそうなので長く滞在できない旨を伝えて、できるだけすぐに終わるようにこちらの話は少し短めにしないといけないな――


「失礼します。灯織漣さんいらっしゃいますか?」


ああもう何なんだよ!? 今忙しいの! 藍原さんとの約束のために予定調整してるんだよ!


「はい。灯織は私です。なにか御用でしょうか?」


そんな心情はおくびにも出さず返事をして用件を聞く。


「社長がお呼びのようなので、社長室まで来てもらってもよろしいですか?」


「はい?」


一瞬何を言っているのか分からず固まってしまう。


「すみません、灯織がなにかしてしまいましたか?」


大野先輩が心配そうに横から口を挟むと、用件を伝えに来た女性は首を横に振った。


「少なくとも怒っているという感じではありませんでした」


「そ、そうですか…おい漣、よくわかんねぇけど、社長が呼んでるなら早く行ったほうが良いぞ」


「はい。後はお願いします」


俺は席を立ち、女性についていく形で社長室に向かう。


女性がノックをすると、「入ってくれ」と我らが社長池谷さんが扉越しに答えた。


「失礼します。灯織さんをお連れしました」


「うん。ありがとう。戻ってくれ」


「失礼いたします」


女性はお辞儀をすると、俺を残して部屋から出ていった。


「…それで、話というのは?」


直接顔を合わせるのは面接の時以来だが、その時よりも緊張する。


「ああ、そんなに構えなくてもいいよ。ちょっとした要望だ。座ってくれ」


「失礼します」


俺が来客用の椅子に座ると、社長も俺の対面に座る。


「実は、ちょっとおもしろいものを見てね」


「面白いもの、ですか?」


社長は自分のスマホを操作すると、ある動画の画面を俺に見せた。


タイトルは『ドッキリ24時! ホロエコメンバーはどんな反応をするのか!』


俺がナレーションを行った公式企画の動画だった。


背中に一筋の冷や汗が伝う。


「いやー、どうやらこの動画のナレーションが一部界隈で話題になっていてね。評判が良いみたいなんだ」


「は、はあ、そうですか」


んなわけないだろ。中学で放送委員だった素人が話してるだけなんだぞ。


「それでね灯織くん。君さえ良ければ今後もナレーションを担当してもらえないかい?」


「はい? どうなったらその発想に至るんですか?」


「いや、ウチは基本ナレーションは公式スタッフの温水ぬくみずさんと窓辺さんがやってるんだが、男性のナレーターとなると外注になってしまうんだよ」


「やってて思ったんですけど、男性のナレーションって大丈夫なんですか? 一部から叩かれそうですけど」


「まあ気に入らないと思う人もいるけれど、あまり拒絶反応を起こす人は少ないよ。というわけで君に動画のナレーションを担当してもらいたいんだが、どうだろう?」


「いやいやいや、無理ですって。あのときは急を要する事態だったのでやりましたけど、俺みたいな素人が動画の質を下げることにも繋がりかねませんし」


「……なるほど。確かに、動画の質を下げるのは良くないな」


「そうでしょう?」


良かった、血迷ったことをしなくて済みそう――


「なら今度ナレーションの短期集中講座をやってもらおう。うん。それなら技術面も問題ないだろうしね」


え?


「時期は…そうだな、今週の水曜日だ。たしか君は食品会社との打ち合わせがあったと思うが……私が出席しよう。後で資料を送ってくれ。確認しておくから」


「はい? え? 社長が打ち合わせに行くんですか?」


「? ああ、なにか問題あるかね?」


「いや問題大アリですよなんで社長が企業とのコラボの打ち合わせに行くんですか」


「先方も社長が出るって聞いたけど? なら私が行っても問題ないわけだ。先方に私が相手すると伝えておいてくれ」


もうダメだこの人、一度言い出したら聞かない人だ。


しかし水曜か…ダンスレッスンに間に合うだろうか


「一日みっちり勉強してきてくれ。我が社のナレーション事情は君にかかっている!」


ダメじゃん。絶対間に合わないじゃん。


「新入社員にやらせることじゃないですぅ!」



こうして俺は大野先輩とともに二人のタレントを兼任、そしてマネージャーとナレーターを兼任(ほぼ確定した予定)することになってしまった。



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作者の梢です。


突然ですが、カクヨムコンに合わせて新作を投稿し始めました。


『サンクスト・ローエスト〜俺が最下位なのには理由がある〜』(仮題)

https://kakuyomu.jp/works/16817330664196342843


異能力、そして近未来的な世界を舞台とした現代ファンタジーです!


興味のある方はぜひ読んでみてください!(ついでに評価も付けてくれると嬉しいな)


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