前略、タレントさんに飛び火しました

「クソ。噂をすれば影が差すってか?」


「どっちかって言うと噂をすればなんとやらが近いんじゃないんですか?」


「そんなこと言ってる暇なくない!? ヴィッターまあまあ荒れてるよ!」


「というか質問です。よくわかってないんですけど、なんで橙瞳琥珀のマネージャーの炎上が天色さんに飛び火するんですかね?」


ふと俺が疑問に思ったことを告げる。


「いいか漣、炎上ってのはなにも本人が叩かれるだけじゃないんだ」


「葵のリスナーさんは…なんていうか過保護というか…」


鞍馬さんが言いにくそうにとあるエピソードを教えてくれた。



――半年ほど前、とある男性配信者が藍原さんにコラボの依頼をしてきたらしい。


その配信者はお世辞にも評判がいいとは言えず、いわゆる炎上系配信者と呼ばれる部類に分別されていた。


しかしホロエコ側は運営監視の下このコラボを承諾。


そして実現したコラボだったが……


その配信者は天色さん/藍原さんのリアルでの容姿について、終始ねちっこく質問し続けた。


この界隈でVTuberのリアルの…中の人の、特に容姿に関しての話題はタブーとなっている。自分の顔がコンプレックスで顔を隠して配信をしたいといった人も中に入るからだ。


しかしその配信者はそれを無視し続け、挙句の果てにはVTuberのことを「顔がブスなことを隠してリスナーに媚へつらってる乞食」と発言した。



発言してしまった。



コラボを終えた翌日。1人の男性の個人情報がネットに公開された。


その男性の学歴、職歴、年収、生活習慣、果てには学生時代にヤンチャして残した非行歴が筒抜けになった。


もちろん、その弾性というのは先日天色さんとコラボした男性配信者のことで、その後「とある一部のネット民」が袋叩きにしたことで炎上に発展。引退に追い込んだという。


「そのとある一部のネット民は、自称ハッカーとか、自称弁護士が多くてな。いや、自称でもなかったのかあれ?」


「えーっと、つまり……藍原さんのリスナーさんは1と?」


「うん。そういうこと」


「ふむ……とりあえず退職願と遺書書いていいですか? あと遺品整理したいので帰らせてもらっても?」


「死んじゃだめだよ!?」


「あぁ、そこまでする必要なはない。少なくとも遺書はな。運営の発表で少しは収まってくれると良いんだが…こういう場合、聞く耳を持たない奴が居るからな」


「うんちょっとまって? 大野さん、最悪灯織くんがやめちゃうってこと!?」


「最悪、その可能性はある。とにかく、配信が終わったら鞍馬さんはすぐに藍原さんに連絡を取ってくれ。俺と漣は社長と話してくる」


「うん。わかった!」


とりあえずの方針が決まったため、俺たちは会議室から出て動き出す。


その前に鞍馬さんが俺の服を掴んで引き止めた。


「灯織くん。葵はね、さっきの炎上騒動のせいで男性の人と話すのが苦手になっちゃったんだ」


「そうなんですか…」


それは…共感できるかもしれないな。


「前のコラボのとき、葵が珍しく灯織くんについて色々聞いてきたんだ。こんなこと滅多にないから、その、負担を重くするようで悪いんだけど、今度話しかけてみてくれないかな」


俺からは鞍馬さんの表情が見えないが、心配するような声音だった。


「はい、わかりました。今度、世間話でもしてみますね…俺、女性と話すの苦手ですけど」


「そうなんだ…! よろしくね」


「漣、行くぞ」


「はい」


俺は大野先輩と一緒に取締役室に向かった。



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「来るとは思ってました。さあ、事情を説明してもらっても?」


「はい。かくかくしかじかで」


「ふむ。うまうままるまるだと」


「そういうことです」


「漣!? 池谷さんも乗らないでくださいよ!」


「いや、場を和ますためにね?」


「やったわけですよ」


「なんなん? この2人めっちゃ仲ええやん…」


気を取り直して、今回の件についての説明を行う。


「なるほど……つまり今回の件は一切事実無根だということだね?」


「はい


「わかりました。公式のアカウントでそう発表しておきましょう」


「ご迷惑をおかけします」


「いや、迷惑なのは噂を流した元凶です。それの対応もすぐに――」


「その件は俺に任せてください。新人ですが、自分の問題は自分が解決します」


「……わかりました。なにか協力してほしいことがあったら、何でも行ってください」


「はい」


「漣……池谷さん相手にここまで堂々と話せるなんてお前すごいな…」


「度胸だけはあるつもりですから」


「じゃあ俺は鞍馬さんのところに行ってくる。漣は一回デスク戻って書類整理しといてくれ」


「わかりました」


取締役室を出て、俺は先輩と別れ自分のデスクのある部屋に向かう。


「…あ」


ちょうど部屋の扉のところに、人影が張り付いていた。


「こんにちは藍原さん。どうかしましたか?」


件の藍原さんだった。


「……すこし、お話したいと思って」


「五味先輩なら今は居ませんよ」


「ちがう」


「?」


そういうと藍原さんは俺に指を指してきた。


「私は、灯織さんと、お話がしたい」


「……なるほど、ちょっと待っててくださいね」


俺は自分の机に荷物を置いて、また藍原さんも所に戻る。


「お待たせしました。どこで話しましょう」


「じゃあ、休憩室で」


「では行きましょうか」


「うん」


トコトコと歩く少女の背を追って、俺もまた歩を進めた。

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