前略、担当に被害が出ました
社内での噂を一応は否定し、表向き噂は収まった、と思ったら……
「…誰だよ、こんな事したやつは」
大野先輩が口調を荒らげながらスマホの画面を掲げる。
「鞍馬さんのマネージャーが暴力事件を行ったやつだって。これって漣のことだよな? 誰がやったんだ?」
つい昨日ヴィッターにて投稿されたエクシズがネットで案の定炎上していた。
内容は名前が伏せられているが、橙瞳琥珀のマネージャーが暴行事件を起こした過去がある、というもの。
さらにそれが鞍馬さんの配信直前に投稿されたため、その日の配信は荒れに荒れた。コメ欄の半分が「メッセージが削除されました」で埋まるくらいに。
そのため先輩がこうして怒っているのだ。
「……誰もいないのか」
「まーまー、ここで犯人探しするなんて時間の無駄だぞ大野。さっさと仕事に戻ろうぜ」
「五味…」
「おいおい、同期が心配してるってのに、なんで睨んでくるんだよ」
剣呑とした雰囲気の先輩と対比するように飄々、ややもすれば軽薄な態度を五味先輩がとる。
大野先輩としても一番初めに噂を垂れ流した可能性が最も高い五味先輩を疑っているのだろうが、如何せん証拠がない。
「大野先輩。五味先輩の言う通り、無用な犯人探しはやめましょう。それよりも鞍馬さんのメンタルケアを優先しましょう」
「漣……」
「ほら、渦中の人間もそう言ってるしよ。解散解散」
「っ……」
そんなに唇を噛まないでください。血が出そうですよ。
「…すまん」
「いえ。特に気にしてないので…行きましょう。鞍馬さんと打ち合わせですから」
「…おう」
「背の高い先輩がしょげると、なんか収穫時の稲みたいですね」
ブフッ! と誰かが吹き出した。
「ひでぇな……せめて強風に揺れるヤシの木にしてくれ。俺はビッグな男だからな!」
「寒さに弱そうですね。あ、炎上してる今は強いのか」
「こんな逆境俺と漣ならすぐに解決できる! いくぞ!」
俺との会話で普段の調子を一応取り戻した先輩が、意気揚々と部屋から出ていった。
「先輩、色々忘れてますよ……まいっか」
俺は笑みを浮かべながら荷物を持って大野先輩を追った。
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奴はやりすぎた。
アイツは基本、自分のことには無関心だ。ただ、他の人に迷惑がかかった途端、相手を徹底的に、冷酷なまでに追い詰める。
今回の件で、鞍馬さんの配信が荒れに荒れた。杞憂民やガチ恋勢、アンチ、その他諸々がコメント欄に好き勝手な憶測やおせっかいを書き込み、モデレーターが複数人で対応に当たった。
その時のアイツの顔は今にも死にそうだった。いつものような落ち着きはなく、顔色の悪さと冷や汗の量が普通ではなかった。
あんな顔を見たのは大学のときの1度だけだ。
そして、その後どうなったのかは思い出したくもない。
とにかく、
今まで静観していたアイツが、これから動き出すということ。
それはヤツにとって、死刑宣告に等しいものだ。
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「なにブツブツ言ってるんですか?」
「うわぁぉう!?」
「あははっ! 大野さん驚きすぎだよ」
「れ、漣、鞍馬さん…いつの間に…」
「いや、数分前からブツブツ言ってる大野先輩を観察してました」
「大丈夫? 有給とかとったほうが良いんじゃないかな?」
大野先輩を追って打ち合わせ用の会議室に向かう途中、丁度鞍馬さんと鉢合わせしたので一緒に行くことになり、そのまま部屋に入ると椅子に座った大野先輩が何やらブツブツ言っていた。
「いやいや、せっかく後輩ができたのに、有給取ってほったらかしにする訳にはいかないから。せめて漣が一通り業務をこなせるようにならないとなぁ」
「そうですね。早く一人前にならないと」
「さて、じゃあ打ち合わせを始めるぞー」
いつの間にか鞍馬さんが進行を務めている。それでいいのか…
「今日の議題は、昨日の配信についてだよね?」
「ああ、具体的には鞍馬さんがメンタル面で不調に陥ってないか、あとは対策について考える」
「うんうん。じゃあまず私から灯織くんに質問!」
元気よく鞍馬さんが手を上げて俺の方を向く。
「”本当に”君は何も問題を起こしていないんだよね?」
はつらつとした声の中に、”嘘をついたらタダじゃおかない”という並々ならぬ圧がかかっている。
――いや怖っ!!
つい先日切り抜き動画『先輩に圧をかける琥珀ちゃん』を見ていなかったら本当におんなじ人か疑うレベルの圧だ。
「…はい。噂のような、犯罪行為はこれまで生きてきた中で一切行っていません」
俺は鞍馬さんの頭を見て答える。
「…そっか。なら早く対策を取らないとね」
「ああ、漣はなにか策を持ってたりしないか?」
「そうですね……やっぱりまずはこれ以上デマを増やさないように公式から声明を出すこと、あとは俺の話題、つまり橙瞳琥珀のマネージャーのエピソードを配信で出さないっていうのが必要なのでは?」
「やっぱそうだよな。一応公式からは今日中にこの件に関しての声明が出るはず。あとは箝口令を敷くくらいか」
「まあそれなら大丈夫そうですけどね。会ったことがある人は橙瞳さんと天色さんだけですし」
「あ゛っ゛…!」
俺がそう言ったとき、鞍馬さんが素っ頓狂な声を上げた。
血の気の引いた顔でこちらを見てくる。
「…ど、どうかしましたか?」
「きょ、今日ね、葵ちゃん配信なんだ…」
「え、ええ、雑談配信ですよね?」
仕事をする前に公開しているタレントのスケジュールを確認したから知っている。
「あの子、落ち着いてるように見えて結構ドジするから、うっかり口を滑らせるかも…」
「……いや、まさか」
「…そうです、怖がらせないでくださいよ。流石に藍原さんがそんなミスするわけ…」
「……そうだよね。さすがに葵ちゃんでもそんなことするわけ…」
ブーーッ! ブーーッ!
その時、大野先輩のスマホが震えだした。
あまりにも完璧なタイミング過ぎて、思わず2人の顔を見る。
大野先輩が意を決したようにスマホを取り出す。
「……漣。そのまさかだ」
「…まじですか?」
大野先輩がスマホの画面を俺に見せる。
藍原さんのマネージャー。つまり五味先輩からのメールで、内容は、
『ウチの葵に漣の炎上が飛び火した。なんとかしろ』
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