前略、タレントからの相談です
藍原さんとともに、会社のフロアの半分をぶち抜いて作られた休憩用スペースに向かう。業務用コーヒーマシンやドリンクバーを完備し、ダメになるソファ、ヨギドーを多数常備している。
ちなみに残りの半分は事務所でゲーム配信を行ったりするためのスペースで、一度見せてもらったときは歴代のマイナーなゲームハードやソフトが一部にずらりと並んでいるのが印象的だった。
常備されている紙コップにコーヒーを淹れて2人席に座る。ちなみに藍原さんはメロンソーダをドリンクバーで入れていた。好きなのかな、メロンソーダ。
「それで、話したいことって言うのは、なんですか?」
「1つ目は、さっきの配信で、灯織さんのことを燃やしちゃったこと。私の無神経な発言でこんな事になっちゃって、本当にごめんなさい」
そういって頭を下げた。
「そんな、頭なんて下げなくていいですよ。むしろタレントさんのネタに使っていただいて光栄です」
冗談めかして言うが、藍原さんは頭を下げ続けている。
「噂を流した張本人の目星はついてますし、公式からこの件に対する声明も出るそうですから」
「ホント…? 怒ってない?」
いたずらがバレた子供のように確か年齢は鞍馬さんと同い年のはずだが、子供みたいだなとつい頬を緩ませてしまう。
「はい。これしきのことで藍原さんを怒ったりなんてしませんよ」
あの噂が出た時点で俺の存在に関する発言をしないように求めるべきだったのだ。初動の対応が遅れてしまった責任はこちらにある。
「そんなことは置いておいて、1つ目ってことは2つ目の話したいことがあるんですよね?」
「うん…」
藍原さんがゆっくりと口を開いた。
「実は…ストーカーに遭ってて」
「…え?」
「実は…ストーカーに遭ってて」
「うんちょっとまってね。思ってた数倍重たい事案だった」
え? ストーカー? ストーカーってあの迷惑防止条例で禁止されてる特定の人物を付け回したり迷惑行為を行ったりするあのストーカー?
「えーっと……マネージャーの五味先輩には、話した?」
「ううん…話せない…」
「……まさか」
「マネージャーから、その、そういった行為を受けていて…」
「…まっじか…」
俺は天を仰ぐ。
「たしかに五味先輩は女癖が悪くて特に藍原さんみたいな小柄女性とかが好みだったけど……ああもうだめだこれフォローできない、あのクソロリコン野郎め…」
会社に入ってからそういうのが減ったと大野先輩が言っていたが、お気に入りを見つけたから他に手を出さなくなったのか
「え…」
あ、いかんいかん。思わず素が出てしまった。思わず引いてしまっているぞ。
「えー、コホン。なるほど、つまり五味先輩にストーカーされてると」
「ああ、うん。灯織さんの素ってそんな感じなんだ…」
「忘れてください……それで、話しにくいかもしれませんが具体的にどんな被害を…?」
「あ、えっと…最近あったのは、スケジュールを確認してくるとき。密着してきて、腰に手を回してきた。」
「なるほど、他には?」
「……プロポーション管理のために、毎日下着姿の写真を送ってこいとか…冗談交じりに…」
そういえば藍原さんは男性が苦手だったんだ…思い出すのも辛いだろう。
証拠に机の上で合わせた両手が震えている。
「分かりました。話してくれてありがとうございます」
これ以上つらい記憶を思い出さないようにしないと。
俺は机に乗った小さな手を自分の両手で包む。
「あ…」
「絶対に約束します。もう藍原さんにこんな辛い思いは、させません」
「……絶対?」
「絶対です」
「ん、約束」
「はい」
そう言って手を離す。呼吸も落ち着いているようで良かった。
「…あ、そういえば」
「まだなにかありました?」
不意に藍原さんが口を開く。
「灯織さんって、ナレーションのお仕事とか、興味ある?」
「ナレーション、ですか? 一応中学で放送委員をやってたことはありますけど…」
「あのね、私が出演した公式チャンネルのナレーション、担当の人が体調崩しちゃって代役が決まってないんだ」
「へー、大変ですね」
「手伝ってくれない?」
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「はい、じゃ、収録しまーす」
なんでこんなことに…?
「えっと、これを読めば良いんですよね?」
「はい。お願いします」
俺は今、藍原さんに連れられて収録ブースの一つにヘッドホンを装着してマイクと向き合っている。
「ふふん、私の見る目に狂いはなかった…」
「いや、本当にありがとうございます。どこから見つけてきたんですかあんなイケボの子」
「親友のマネージャーさん。この番組、今週中に挙げるんでしょ?」
藍原さんとこの番組のプロデューサーが仲良さげに話しているのが見える。なんて言っているのかは分からないが。
ちなみに俺の目の前ではナレーションする予定の動画が流れている。あぁ、俺の知ってる姿の人が何人もいる…
ちなみ内容はホロエコのメンバーにドッキリを仕掛ける企画だ。
ふむ、これはとても重要な仕事だ。俺のナレーションの出来でホロエコ民のホロエコに対する印象が左右しかねない。
「……灯織さん、すごい気迫」
「ああ、まるで鬼が宿っているようだ…」
やってやろうじゃないか。俺の声で推しの魅力を彩ることができるのなら、ファン冥利に尽きる。これ以上の喜びはない
……やっぱお腹痛いんで帰っていいですか?
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