前略、大手Vtuber企業に再就職しました。

「必要なもの、よし!よし!よし!」


1Kの小さな部屋で、俺必要書類を確認する。


あれから2週間、大学時代を思い出しながらエントリーシートを埋め、書類選考、そしてオンライン面接を経て、最終面接にまで残ることができた。


「ふぅー…」


最終面接。それは企業によって質問の形式が変わる最後の関門。


多くの就活生たちは、エントリーシートを見直したり履歴書とにらめっこをして、自分の志望理由などを再度深掘りすることだろう。


しかし、俺はその必要はないと思う。


何故なら、その仕事に本気で就きたいなら、自然と理由が浮かんでくるから。


「よし、行くか」


俺はベッドから立ち上がり、元気よく扉を開けて会場に向かった。



=============



面接会場は、都内の本社ビル。予定時刻の約20分前に到着する。


流れを反芻しながら時間を潰し、本社内へ。


面接に来た旨を伝えると、会場となる部屋に案内された。ノックを3回。


「失礼いたします」


そう言って扉を開ける。部屋の中には椅子と長机、その上にはたくさんのタレントたちのグッズが置かれていた。


(ついにきたか…)


国内最大規模Vtuberタレント事務所、『ホロウエコー』。通称ホロエコの最終面接。


同接数1万越えのVtuberを数多く有しており、業界に先駆けてVtuber業界を開拓、けん引してきたまさにVtuber界の王。


しばらくして、面接官の人たちが入ってくる。


「灯織漣です。本日はよろしくお願いいたします」


「ああ、そんなに堅苦しくしなくても。座ってください」


「失礼いたします」


面接官は、3人。中央に座る人物以外は、恐らくタレントマネジメント部門の責任者とそれに近い人。3人ともラフな服装で現れた。


そして中央が、


「株式会社ホロウエコーの代表取締役を務めています。いけたにじゅんです。本日はよろしくお願いします」


「おねがいします」


「では早速、灯織さん、でしたね? あなたがこの会社を志望した動機を聞かせてくれないかな?」


堅苦しくない話し方。これは律儀に10割の敬語を使い続けても逆効果か。


「はい。私がこの貴社を志望した理由は、多くの夢を持ってこの事務所に入ってくるタレントたち、彼らの支えになりたいと思ったからです」


「具体的には?」


「貴社は他の事務所よりもタレントの自由度を重視しています。前例や、常識にとらわれない、様々な企画を、タレントたちが自分の夢に向かって自由に打ち出せる。私はそんな彼らの力になりたいのです」


面接官、特に池谷さんの目をしっかりと見て自分の意見を伝える。


彼がこの会社を立ち上げた。つまり彼はこの会社そのもの。池谷さんに自分の考えを受け入れてもらわなければ、まず内定することはできない。


「会社名、ホロウエコーは何もない空間である『ホロウ』に『残響エコー』を響かせる。彼らだけの音を私は多くの人に伝わるようにしていきたいと思っています」


「履歴書を見ると、前職は貿易会社に勤めていたようですが、何故我が社に転職を?」


「もともと、貿易会社に勤めたのは、私が『人と人とを繋ぐ』仕事がしたかったからです。人員整理に遭ってからは、再就職先もまた貿易会社に勤めようと思っていました」


頭の中で先日あった老人の姿を思い出す。


「ただ、どれも何かしっくりこなくて。分かりませんか? こう…もどかしさって言うんでしょうか、タレントのやりたいイメージと自分の見ているイメージが微妙に違うみたいな」


「ああ、わかりますよ」


右側の面接官が相槌を打つ。


「そんな時に、ある老人から『自分の人生を見つめ直せ』と言われまして。大学時代、よくVtuberの配信を見ていたことを思い出したんです」


今も鮮明に覚えている。画面の中で輝きを放つ、一人のVtuber。


「それで、自分は『繋がりを作る手助けがしたい』と目的が明確になりました。Vtuberを知るきっかけになった人がいるこの事務所で働きたいと考えるようになりました」


「そのVtuberというのは?」


「1期生のとおやまコダマさんです」


「いつくらいから配信を見るように?」


「大学2年の頃、初配信の時から見てます」


「それは真の古参勢ですね」


「はい、自慢ですけど、彼女に初スパしたのは私です」


「いやめっちゃ古参じゃん」


向かって左の人が思わず素で叫ぶ。すぐに頭を下げようとしたが、それを池谷さんに止められる。


「いや、もうこんな形式ばった物はいい。君の本音が聞きたいんだ」


そして始まったのは、今までないほど密なオタトークだった。


やれ、あのVtuberが最近調子いいだの。


最近は個人勢も勢いづいてきているよね、だの。


いい年したオッサンたちがオタトークをする奇怪な場所になってしまった。


「ふう…キミの考えは十分に理解することができた。最後の質問だ。もし、自分の担当がタレントを辞めたいと言ったら、君はどうする?」


「……タレントの意見を尊重します。それが例え、多くのリスナーや企業に迷惑をかけるとしても」


「ちなみに、内定が決定した場合、いつからここに来れるかね?」


「翌日からでも構いません」


「ありがとう。とても有意義な時間だったよ」


池谷さんがそう言って扉を開ける。


「失礼いたします」


俺は一礼して部屋を出ていく。


さあ、やれることはやった。あとは結果がどうなるかだけだ。



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「いやあ、なかなか熱意のある子でしたね」


漣が退室し、面接官である3人が印象を口にする。


「彼の話し方は、なんというか傍に寄り添っているような話し方だったね。ちゃんと相手が自分の言っていることを理解できるように話す。それも、相手が一番わかりやすい方法で」


「タレントとのイメージのギャップの話が出たときは思わず声が出ちゃいました」


「はは、すごかったね」


「…にしても、この実績なら大手の貿易会社でも十分にやっていけるのでは? なぜうちだったんでしょう」


面接官の一人の質問に代表取締役は真剣に答えた。


「そんなの決まっているだろう。推しへの愛だよ」


真剣な顔でそう答えると、他の二人はなんとも言えずに沈黙を流した。


「…どうしましょうか。会社としては、ああいう子が来るとタレントに危害が加わるかもしれませんし」


その言葉と同時に池谷の脳裏にはある痛ましい事件が思い起こされた。


こことは別の事務所で起こった、マネージャーによるストーカー行為。


「彼の目は、そんな下世話な輩とは違う、本気でタレントを支えようとする意思が垣間見えました。問題を起こすことはないでしょう」


数日後、漣のパソコンに内定を伝えるメールが届くのだった。

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