拝啓、転職することになりました

拝啓、セクハラ問題を対処しました

前略、お母様。23歳で集団解雇の餌食になりました。

「はあ…」


俺は求人広告がまとめられた冊子を元あった場所に戻し、ため息を吐く。


「あんまりピンと来ないなぁ…」


あ、申し遅れました。私、おりれんというものです。訳あって23歳という若さながらこうしてハロワに通っている次第です。


「って、誰に自己紹介してるんだか」


現実逃避するときは心の中で存在しない誰かに話しかける癖は全く治っていないな。と俺はまたため息を吐いてハローワークを出ようとする。


「そこの若けぇあんちゃん。どうした、浮かねぇ顔して」


助けてくださいみなさん。見知らぬ浮浪者の老人に話しかけられました。


「は、はいぃ…お金は持ってませんよ…?」


「はっは、別に金をせびろうってわけじゃねぇさ。若いのがスーツを着てこんなところに通ってたら、気にもなるだろう」


そうだろうか。最近は引きこもりやニートが増えていると聞く。若い人がここを訪れてもおかしくはないと思う。


ただ、思ったより悪い人ではないようだ。


「そ、そうですか。それで、なにか?」


「いや、気になったから声をかけてみただけだ。見かけない顔だったしな」


ひとまず、備え付けの窓際の椅子に座ることにした。


「…えっと、ここには頻繁に来られるんですか?」


「ああ、一つの仕事を長くこなすのは性に合わなくてな。おまけに宵越しの銭は持たない主義なもんで、すぐに金もなくなるから自然とお世話にもなる」


「な、なんかすみません…」


「いいさ、俺は後悔してないし」


そう言いながら、老人は俺の目をまっすぐに見据える。


「いろいろな仕事に就いて、いろんな奴の目を見てきた。あんちゃんの目は後悔に満ちた目だ」


「そ、そうですかね」


「…よかったら話してみねぇか。他人と共有することで、新たな気づきを見つけることもあるぜ」


「…そう、ですね。話してみましょうか」


老人の口車に乗せられて、俺は今までの出来事を語り始めた。



=============



大学での充実した生活を終え、ついに社会人。俺が就職先に選んだのは小さな貿易会社だった。


初任給は15万ほど。小規模ながら忙しく、休日を返上して働くこともあった。


入社してから1年ほど経つと、俺は見事にブラック企業の社畜として、会社の奴隷となった。


一日のほとんどを会社で過ごし、外出といえば外回りだけ。


いつも数人の同僚の社員と寝食を共にした。


『なあ、ワイヤレスマウスでビリヤードしようぜ』


『おい大丈夫か氷織。そんなことしたら会社のマウスが全部ぶっ壊れるぜ!』


『乗った! お前ら、マウス11個持って来い!』


『あ、上司の言い訳どうしようか』


『車内にゴキブリが出たことにすればなんとかなるんじゃね?』


『そりゃいいや! 暴れる口実にもなるしな!』


働き詰めだったが、同僚との仕事は楽しかった。


それが、あの日――


『えー、とても残念なことではあるが、君をこの会社から、解雇することにした』


どうやら、社長が売り上げを誤魔化し、収益の一部を自分の財布に入れていたようで、それがばれてしまったようだ。


社長は脱税で捕まり、新しい社長が就任。大規模な人員整理が行われた。


そしてその餌食になったのが、俺、というわけだ。



=============



「――というわけです」


「なるほど、あんちゃんもまた苦労してんだなぁ」


「お陰様で、絶賛求職中です」


「しかし、貿易会社に勤めてたなら転職先なんていくらでもあるんじゃねぇか? 英語も話せるし、コミュ力も高い。貿易の専門知識もあるから、他の貿易会社でもやっていけんだろ」


老人がコミュ力なんて言葉を使うのに違和感があったが、首肯する。


「はい、俺も最初はそう思ったんですけど、何かピンと来なくて」


そう、俺がここにきているのは再就職先を決めあぐねているからでもあるのだ。


「ご老人は、どういった感じで就職先を探すんですか?」


「俺か? 俺はなぁ…」


焦らすようにたっぷり3秒ほど間を取って、言った。


「ズバリ、夢、だな」


「…夢、ですか?」


歳食った老人が何を言っているのだろうか。


「おい、今『歳食ってこの先人生短いのに何夢とか言ってんだバーカ』とか思ったろ」


「いやそこまでは…」


「これでも毎日1万歩は歩いとるんだぞ。老人を甘く見るな」


「すごいですね…」


「いいか? 俺は人生において一番重要なのは夢だと考えてる。夢こそが人を動かす原動力であり、人は夢を糧にして努力する」


「はい」


「俺は移ろいやすい性格だからよ、夢ってのが叶えた途端に浮かび上がるんだ」


「だからすぐに転職するんですね」


「ああ、一度叶えた夢に魅力はないからな。どうだい、お前さんは」


「夢、ゆめ、ユメ…」


俺の夢……それはもう叶えてしまったのかもしれない。


俺の夢は『人と多くの繋がりを持つこと』


貿易会社を通じて、海外と国内の人を繋いできた。


でも、その夢がもう魅力失ったと言えば、そんなことはない。


寧ろ、まだまだたくさんの人と知り合いたい。


「俺の夢は、前の会社にいた頃から変わってませんね」


「じゃ、前と同じように別の貿易会社に行けばいい」


「でもそれじゃ…」


「そう、なんかしっくりこないんだろ? 俺もよくある。何かを忘れているような、そんな気分になる」


老人は窓の外を見やる。


「そんな時は、さらに記憶を漁ってみろ。見落としが見つかるかもしれない」


「さらに…」


会社員の時…特に手掛かりになる物はなさそうだ。ずっと仕事づくめで、他の事を考える暇がなかった。


じゃあ大学。大学の頃は何に熱中してたっけ…


サバゲーにハマってたっけ。今もまだエアガンとか持ってるな。


後は…VTuber?


「ああ…」


少しずつ、俺の夢の全体像がはっきりとしてきた。


画面の向こうの世界から、異彩を放ち、周囲の人を巻き込み、繋げていく。


俺が今やりたいのは、『誰かと繋がること』じゃない。『繋がりを作る手助けをすること』だ。


「おっ、その顔は、決まったって顔だな」


「……はい。お陰様で、やりたいことが見つかりました」


「そうかそうか。なら、善は急げだ。俺はまだ仕事を探すからよ。またな」


「はいっ!」


俺は老人に別れを告げて、俺は軽快なステップで外に出た。


まだ2月と寒いが、俺の中では春の風が吹き抜けていった気がした。

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